作品タイトル不明
豚汁屋を1週間回す。形になってくる。小屋の主人に1か月分の家賃を払う。ヨイチが孤児を連れてくる。役割分担
三日目の夜。
鍋を洗い、火を落とし、ようやく一息ついた頃だった。
俺は懐から銭袋を取り出し、そのまま小屋の主人のところへ向かった。
「旦那、ちょっとええか」
「おう、どうした」
気さくに応じる男に、俺は袋を差し出す。
「とりあえず、これ。ひと月分、三百文」
男は袋を受け取り、重さを確かめると、目を丸くした。
「……おいおい、ほんまにこんなに一気に払うんかい」
「しばらくここでやらせてもらうつもりや。先に払っといた方が、お互い楽やろ」
男はしばらく黙っていたが、やがてニヤリと笑った。
「……気に入ったわ。しっかりやれよ」
「任せとけ」
「服も変えたみたいやしな。最初に見たときとは別人や」
「そりゃどうも」
軽口を返すと、男はさらに声を落とす。
「この調子でうまくいきそうやったらな、他にも話はつけたるで」
「他にも?」
「もうちょい広いとこや。鍋も増やせるし、店も広げられる。寝るとこも、もっとまともなん探したる」
――ありがたい話だ。
「頼めるか?」
「儲かるならな。こっちも儲かるからさ」
男は笑いながら手を振る。
俺も軽く手を振り返して、その場を後にした。
――悪くない流れや。
そう思いながら、小屋に戻る。
そこから先は、ただひたすら回した。
四日目、五日目、六日目。
同じ量を仕入れ、同じだけ売る。ヨイチも少しずつ慣れてきて、客の捌きも安定してきた。
一週間が過ぎた頃には、完全に“店”として回っていた。
そんなある日のことだった。
夕方の仕込みをしていると、ヨイチが少し遠慮がちに口を開いた。
「……旦那」
「なんだ」
「ちょっと、ええか」
振り返ると、ヨイチの後ろにもう一人、子供が立っていた。
年の頃は十歳くらい。やせ細って、目だけがぎらついている。
――またか。
内心でため息をつきながらも、表には出さない。
「どういうことや」
「……こいつ、どうしても腹減っててさ」
ヨイチは視線を外しながら言う。
「一人だけでも、面倒見たいねん」
しばらく沈黙する。
鍋の音だけが響く。
――やりすぎたら崩れる。
頭では分かっている。
だが、ヨイチの顔を見る。
最初に拾ったときと、同じ顔だ。
「……一人だけやぞ」
そう言うと、ヨイチの顔がぱっと明るくなった。
「ほんまか!」
「ただし、条件は同じや。働けるなら、食わせる」
後ろの子供に目を向ける。
「名前は?」
子供は少しだけ戸惑いながら答えた。
「……まだ、ええ」
無理に聞かない。
「じゃあ、まずは薪や」
銭を取り出し、ヨイチに渡す。
「こいつに教えろ。一緒に買いに行け」
「うん」
「一人でできるようになったら、お前はこっちに入れ」
ヨイチは大きくうなずく。
「そしたら、飯の作り方教える。手伝いも増える」
さらに続ける。
「その先や。読み書きできへんやろ」
ヨイチは首を振る。
「ほな、そのうち寺や。住職に頼んで、教えてもらう」
「……そんなことまで?」
「投資や言うたやろ」
少しだけ笑う。
「お前が使えるようになったら、店任せられる。二軒目も出せる」
ヨイチの目が、大きく見開かれる。
「……俺に?」
「ああ。右腕になれたらな」
しばらくの沈黙のあと、ヨイチはぽつりと呟いた。
「……なんか、頑張れそうな気がしてきた」
「そう思うならやれ」
俺は鍋をかき混ぜながら言う。
「広げていけば、お前が救いたいと思うやつも入れられる」
少し間を置く。
「ただし、考えろ」
「……何を?」
「全部抱えたら潰れる」
鍋を指す。
「入れすぎたら溢れるやろ」
ヨイチは真剣な顔でうなずく。
「……うん」
「あと女は別や」
少しだけ苦笑する。
「わしも男やからな。年頃の女混ぜたら、いろいろ面倒や」
ヨイチがぽかんとする。
「……そうなんか?」
「まあな」
肩をすくめる。
「でもな、将来は考える。ちゃんとした形でな。そうした方が結びつきは強い」
ぼんやりとした未来の話だ。
「飯は絶対食いっぱぐれさせん。それだけは守る」
はっきりと言う。
ヨイチは、少し考えてから、ゆっくりとうなずいた。
「……なんとなく、わかった」
「それでええ」
そのやり取りを、後ろの子供も黙って聞いていた。
やがて、三人で鍋を囲む。
湯気が立ち上り、匂いが広がる。
最初の一口を、子供が勢いよくすすった。
顔が少しだけ、緩む。
その様子を見ながら、俺は思う。
――まあ、悪くない。
まだ小さい。だが、確実に広がっている。
鍋の中身と同じように。
少しずつ、だが確実に。