軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

松坂城の料理勝負終盤。師範の試合。料理がうまいのはもちろんしっかり説明と下の者にどいう教えるのかを問う。数名の師範と師範代が誕生

最後に行われるのは、師範の試合だった。

ここだけは、庭の空気が明らかに違っていた。

見習いの部は、若さと勢いがあった。

師範代の部は、城の料理人と伊勢松坂屋の腕比べだった。

だが、師範の部は、ただうまい飯を作ればよいというものではない。

この者を、各地に出してよいか。

この者に、人を教えさせてよいか。

この者の飯が、伊勢松坂屋の名を背負えるか。

それを見る場だった。

鳥羽、伊勢、松坂、津、白子、関、亀山。

各地から勝ち上がってきた師範代たちは、みな顔つきが違っていた。参加費も千文。

軽い気持ちで立てる場ではない。

客もまた本気だった。

第五部の客は四百文を払っている。竹串五本を握りしめ、一品一品を慎重に食べていた。

「これは……うまいな」

「うまいけど、選ばなあかんのか」

「五品食えるいうても、全部に入れたいわ」

「いや、師範決めやろ。軽く串入れられへん」

客同士が、小声で相談する。

焼き魚の火入れ。

鶏の天ぷら甘酢漬け。

魚の揚げ酢漬け。

つみれ汁。

混ぜ飯。

牡蠣の旨みを使った汁。

どれも強い。

食材の力だけではない。料理人の腕が、はっきり出ていた。

周囲で見守る伊勢松坂屋の料理人たちは、羨望の目で見ていた。

「あの人、師範なるんちゃうか」

「いや、白子の魚も強いぞ」

「津の汁物、地味やけど串入ってるな」

「松阪の鶏甘酢、客の顔が変わってる」

やがて竹串の集計が終わる。

だが、竹串だけでは決まらない。

博之は最初からそう言っていた。

「竹串は大事や。客の舌は大事や。けど、それだけで師範は決めへん」

候補者たちは奥へ呼ばれた。

奥座敷には、博之、松阪のお殿様、木下秀吉、お花、ヨイチ、古参衆、それから城側の料理を

見てきた数人が座っている。

師範代たちは、客の前で飯を出すことには慣れてきている。

だが、お殿様と秀吉の前で、自分の飯を試食されるとなると話は別だった。

特に任せ印から勝ち上がってきた者などは、顔に冷や汗を浮かべていた。

博之は笑った。

「ここまで勝ち上がったんや。腹くくれ」

最初に出されたのは、焼き魚だった。

皮は香ばしく、身はふっくらしている。塩は強すぎず、それでいて飯を呼ぶ。

添えられた酢の小鉢が、魚の脂をすっと切っていた。

お殿様が一口食べて頷く。

「うまい」

秀吉も箸を止めた。

「これは、見事ですな」

博之も食べた。

「うまい。ほな、説明してくれ」

「説明、でございますか」

「そうや。この魚は、本来どう焼くのが一番ええのか。今日はなぜこの焼き加減にしたのか。

客の腹具合、季節、飯との合わせ方。それから、この焼き加減を下の者にどう教えるのか。

そこまで話してくれ」

候補者は一瞬戸惑った。

だが、逃げなかった。

「本来は、もう少し皮を強く焼いて香りを立てます。ただ本日は、客が何品も食べますので、

焦げを強くしすぎると後に残ると思いました。ですので、皮は香ばしく、身は柔らかく残しました」

「うん」

「下の者に教える時は、まず皮の音を聞かせます。脂が落ちる音と、身が締まる匂いを覚えさせます。

串で押した時の戻り方を見せ、塩を振る前と後で焼きがどう変わるか、同じ魚で比べさせます」

説明は少したどたどしい。

だが、自分の手で掴んだ言葉だった。

博之は頷いた。

「ええな。飯もうまい。説明も、自分の言葉で言えてる。師範や」

候補者は固まった。

次の瞬間、深く頭を下げた。

「ありがとうございます!」

庭へ伝わると、外から歓声が上がった。

もちろん、全員が通るわけではない。

次の候補者の鶏の天ぷら甘酢漬けは、飯そのものは抜群だった。

衣は軽く、酢だれも丸い。だが説明になると詰まった。

「ええと……酢を丸くして……」

「どう丸くした?」

「蜂蜜を、少し……」

「少しとは、どれぐらいや」

「その……手の感覚で」

博之は責めなかった。

ただ、静かに言った。

「飯はうまい。これは間違いない。けど、師範は自分だけが作れたらええわけやない。

人に伝えなあかん」

候補者は悔しそうに唇を噛んだ。

「もう一回、師範に挑戦してくれ。お前の飯は師範級に近い。けど、今日はまだ師範代の上や」

「……はい」

「落ちたわけやない。次の課題が見えただけや」

そうして、飯のうまさ、客の竹串、場での安定感、教える言葉を見ながら、数人の師範が誕生した。

続いて、師範代を決める審査に移った。

ここでは師範ほどの説明までは求めない。だが博之は言った。

「師範を目指すなら、いずれは今日ぐらい話せなあかん。今はたどたどしくてもええ。

自分の飯を、自分の言葉で説明する癖をつけろ」

任せ印から勝ち上がってきた者たちは、身振り手振りを交えながら必死に語った。

「ここで味噌を焦がしすぎると苦くなります」

「魚は身を崩さないように、最後に汁をかけます」

「酢は先に立たせると嫌がられるので、甘みを先に感じるようにしました」

言葉は不器用だった。

だが、その姿に、場は少し温かくなった。

その中に、城の料理人もいた。

特に、細かい仕事をしていた者である。

根菜の炊き合わせ。澄んだ汁。魚を崩さず仕上げた小鉢。派手さはないが、

箸を入れるたびに丁寧さが分かる飯だった。

博之は、その料理人を見て言った。

「文句なしの師範代やな」

城の料理人は目を見開いた。

「私が、でございますか」

「うん。細かい仕事がきっちりしてる。うちの派手な飯にはない強さや」

お殿様がにやりと笑った。

「次、良かったら師範に出るか?」

料理人は迷わず頭を下げた。

「もちろん出ます」

「師範になったらどうする?」

お殿様がわざとらしく聞くと、周囲が笑った。

「お前、伊勢松坂屋に引き抜かれたらあかんぞ」

料理人は慌てた。

博之も笑った。

「引き抜きませんよ。お城の料理人として、その細かい仕事を城の料理人たちに教えたってください」

お殿様も頷く。

「そうや。文字にするだけでは難しい。できるだけ場に立って、後ろから指示してやれ。

火の入れ方、切り方、出汁の見方。見せて教えるんや」

「はい」

そこで博之が続けた。

「あと、下級武士の方々にも、時々でええから振る舞い飯を作ってあげてください」

「振る舞い飯、でございますか」

「そうです。難しいもんやなくてええ。鍛錬の後とか、城の雑務で汗をかいた後に、

握り飯と熱い汁を出す。味噌を少し濃いめにして、菜っ葉でも根菜でも、

干物の身をほぐしたものでもええ。とにかく、腹に入って、塩気があって、体が戻る飯です」

お殿様が目を細めた。

「下級武士向けか」

「はい。殿様の膳ほど整える必要はありません。でも、下級武士の方々が

『城の飯もありがたいな』と思える飯があると、城の中の空気も変わると思います」

秀吉が頷いた。

「それは効きそうですな。武士も腹が減れば働けませぬ」

博之はさらに言った。

「たとえば、濃いめの味噌汁に握り飯。干物のほぐしを少し添える。

あるいは、崩れた魚や余った野菜を使って、具の多い汁にする。

見た目は地味でも、汗をかいた者にはそれが一番うまい時があります」

お殿様は笑った。

「よし。時々作れ。振る舞い飯や。若い者や下級武士に食わせたれ」

「承知しました」

「殿様の飯だけうまくしても、城は回らんからな」

博之がそう言うと、お殿様は大きく笑った。

「それを飯屋に言われるとはな」

「飯屋ですから」

その日、松坂城の庭では、数人の師範と、新たな師範代が誕生した。

歓声が上がり、竹串の音が鳴った。

それは単なる料理対決ではなかった。

飯を作る者が、飯を語る者へ変わる日だった。

そして城の料理人もまた、殿様の膳だけではなく、下級武士の日々の飯を

考え始める日になったのである。