作品タイトル不明
朝から料理番が嬉々として小鉢を持ってくるから博之が閃いてしまうwww師範代御前を作ろうwww
翌朝も、やはり品評会のような朝餉だった。
博之が顔を洗い、座敷へ出ると、小鉢がいくつも並んでいる。
京菜の炊いたもの。
鶏の酢だれ漬け。
野菜の天ぷら。
焼き魚のほぐし身。
薄味の汁。
味噌を塗った焼きおにぎり。
博之は膳を見て、しばらく黙った。
「……またか」
お花が少し笑った。
「皆さん、大旦那様に見ていただきたいのです」
「いや、分かる。分かるんやけどな。俺もいい加減、飽きてきたというか……
飽きを通り越して、ひらめいてしまった」
ヨイチが帳面を開く手を止めた。
「またですか」
お花も呆れた顔をした。
「旦那様、朝から新しい仕事を増やさないでください」
「いや、これはええぞ」
博之は小鉢を一つ指で示した。
「こうやって、みんながちょこちょこ自慢の飯を出してくるやろ。これをちゃんと形にしたらどうや」
「形、ですか」
「師範代御膳や」
料理番たちが顔を上げた。
「師範代御膳?」
「そう。師範代ばっかり集めて、小鉢を六品ぐらい並べる。焼きおにぎりか混ぜ飯をつける。
器は瀬戸物や信楽焼で揃える。見た目も整える。で、二百文」
ヨイチが眉を動かした。
「二百文ですか」
「うなぎ並みに高いけど、師範代の飯が少しずつ六品食えるなら、客は来るやろ」
博之は料理番たちに聞いた。
「お前らが客なら行くか?」
一人の若い料理番が、少し考えて頷いた。
「師範代の料理が六品、少しずつ食べられて、飯もついて二百文なら……行きたいです」
「しかも、器まで揃っていたら、ちょっと特別感があります」
「普段の飯とは違いますね」
博之は満足げに頷いた。
「やろ」
お花が少し考え込む。
「でも、師範代全員を常に動かすのは難しいです。炊き出し、料理教室、見回り、
催しの見立て役もあります」
「そこや」
博之は指を立てた。
「だから、毎日大量にはやらん。昼と夕、それぞれ二十食限定や」
「二十食限定」
「そう。昼二十、夕二十。これ以上はやらん。師範代は名誉職に近い扱いや。普段の仕事もあるし、
拠点の見回りもある。あいつらを御膳だけに張り付かせたら、本末転倒や」
ヨイチがすぐに帳面に書き始めた。
「師範代御膳。昼二十食、夕二十食限定。師範代は名誉職。通常業務、見回り、炊き出し、
料理教室との兼ね合いを優先」
「そうそう」
博之は続けた。
「それと、御膳で稼働した分は、給金を別払いにする」
料理番たちが少しざわついた。
「別払いですか」
「そらそうやろ。名誉やから無償でやれ、はあかん。名誉は名誉、働いた分は働いた分や。
昼の御膳で一品担当したなら、その分の手当を出す。夕も同じ」
お花が頷いた。
「それなら師範代になった人たちにも張り合いが出ますね」
「うん。名誉だけやと続かへん。けど、銭だけにすると品がなくなる。だから、師範代御膳に
入れること自体は名誉。実際に稼働した分は別払い。これがええ」
ヨイチが言った。
「師範代手当ですね」
「そうやな。師範代御膳手当」
「単価は後で決めましょう」
「そこは帳面見ながらやな」
博之は、御膳の中身を考え始めた。
「小鉢六品や。魚、鶏の酢だれ、野菜の天ぷら、京菜の炊いたもの、みそ田楽、つみれか小さな汁物。
そこに焼きおにぎりか混ぜ飯」
「汁物は小椀ですか」
「小椀やな。腹いっぱい食わせるというより、いろんな味を少しずつ楽しむ。京都向けや」
「湯浴みや寝床付きは?」
お花が聞くと、博之は頷いた。
「それは上の構成やな。御膳だけなら二百文。湯浴み、寝床で少し休める、師範代御膳付きなら五百文」
「うなぎ屋の湯浴み付きに近いですね」
「そう。ただ、京都では派手にやりすぎん。郊外の寺や店で、上客や旅人向けに小さくやる。
昼二十、夕二十。これで十分や」
料理番たちは、明らかに目を輝かせていた。
「師範代になれば、御膳に一品出せるんですね」
「出せる可能性がある」
「名前も出ますか」
「出してもええな。今日の魚は誰、今日の鶏は誰、みたいに」
夜市が少し顔を上げた。
「名前を出すなら、責任も重くなります」
「それでええ。師範代は顔になるんや」
博之は真面目な顔で言った。
「ただし、師範代御膳は単品勝負やない。膳全体の調和や。焼き魚がうまいだけではあかん。
隣に鶏の酢だれがあるなら、塩をどうするか。野菜の天ぷらがあるなら、油をどう切るか。
飯と合わせてどうか。器に乗せて見た時にどうか。そこまで見る」
料理番たちは、少し緊張した顔になった。
単に竹串を集める飯とは違う。
客を驚かせる飯とも違う。
一つの膳として整える。
それは、別の難しさだった。
お花が言った。
「京都には合いそうですね。少しずつ、整ったものを味わう。寺社や公家筋にも出しやすいです」
「そうや。都の真ん中で大きく鍋を出すより、郊外で上品に始める方がええ」
ヨイチが確認する。
「ただし、師範代を御膳に取られすぎないよう、日替わり、交代制ですね」
「うん。師範代は見回りもある。炊き出しもある。料理教室もある。若いもんを見る役割もある。
だから、御膳は“選ばれた日に一品出す”くらいでええ」
「御膳担当は、その日の通常業務を軽くする必要があります」
「そうやな。片手間で出す飯ではない」
「その分、給金別払い」
「そこはきっちりやる」
お花が少し笑った。
「名誉と実益ですね」
「そう。名誉だけでは腹は膨れん。実益だけでは誇りが育たん。両方や」
その言葉に、料理番たちは深く頷いた。
そして、盛り上がったところで、京都郊外の料理番が遠慮がちに言った。
「あの、大旦那様。そろそろ、今朝の飯の評価を……」
博之は、はっとした。
「ああ、そうやった。朝飯の途中やったな」
お花が呆れる。
「完全に御膳の話になっていました」
「すまんすまん」
博之は改めて箸を取った。
ただ、師範代御膳の話で機嫌が良くなっている。評価が少し甘くなりかけた。
「この京菜の炊いたやつ、ええな。薄いけど出汁がある。任せ印でええやろ」
ぽん、と焼印が押される。
「鶏の酢だれも悪くないな。昨日の話を取り入れてる。これも任せで」
ぽん、と押しかけたところで、ヨイチが咳払いをした。
「旦那様」
「なんや」
「甘くなっています」
「そうか?」
「明らかに甘いです」
お花も頷いた。
「今の鶏は方向性はよいですが、酢が少し強いです。京向けなら、もう少し角を取るべきです」
夜市も続けた。
「野菜の天ぷらも、衣は軽いですが油切れがまだ甘いです。寺社向けに出すには整え不足です」
博之は箸を止めた。
「……確かに」
料理番たちも、緊張した顔で頭を下げる。
博之は少し気まずそうに言った。
「すまん。今ちょっと機嫌よくて甘く見た。京菜は任せでええ。鶏の酢だれと野菜天ぷらは、
見習いや。方向はええ。けど、もう一段整えよう」
「はい」
「こういう時に甘くした方が嬉しいかもしれんけど、後で困る。特に師範代御膳をやるなら、
基準はもっと厳しくなる」
ヨイチが帳面に書く。
師範代御膳案。
昼二十食、夕二十食限定。
小鉢六品、飯付き、二百文。
湯浴み・寝床付きは五百文。
器は瀬戸物・信楽焼で整える。
師範代は名誉職。通常業務、見回り、炊き出し、料理教室を優先。
御膳稼働分は給金別払い。単品評価ではなく、膳全体の調和を重視。
評価甘め注意。
博之はその最後を見て顔をしかめた。
「評価甘め注意って、また書くんか」
「必要です」
「恥ずかしいな」
「制度を守るためです」
お花が笑った。
「旦那様、ひらめきはよいですが、焼印は慎重に」
「はい」
朝の品評会は、結局また長くなった。
だが、その中で、京都郊外の店に新しい形が見えた。
師範代御膳。
昼夕二十食ずつの限定。
師範代が一品ずつ腕を出す、名誉ある膳。
働いた分はきちんと給金を払う。
ただの高級飯ではなく、師範代たちの技と誇りを見せる場。
博之は焼きおにぎりをかじりながら、ぽつりと言った。
「京都に来ると、飯が上品になるな」
ヨイチが答える。
「旦那様の思いつきは、上品でも仕事を増やします」
「そこは変わらんか」
「変わりません」
お花が笑い、料理番たちもつられて笑った。
京都郊外の朝は、また飯の話で始まった。