軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

朝廷への挨拶が済んだ次の日。飯の品評会と各種挨拶。距離の取り方に苦労する

翌朝、博之が目を覚ますと、すでに部屋の外が妙に騒がしかった。

「……なんや」

寝ぼけたまま起き上がると、お花が障子の向こうから声をかけた。

「旦那様、朝餉の支度ができています」

「普通の朝飯やろな」

「普通です」

その言い方が怪しかった。

案の定、膳の前に座ると、小鉢がいくつも並んでいた。

京菜の炊いたもの。

薄味の汁。

焼きおにぎり。

干し魚をほぐした飯。

野菜の揚げ物。

酢だれを少し利かせた鶏。

博之は箸を持つ前に、深くため息をついた。

「また品評会やんけ」

京都郊外の寺の料理番たちは、揃って頭を下げた。

「大旦那様に、少しだけ見ていただければと」

「昨日も聞いたぞ、それ」

ヨイチはすでに帳面を開いている。

「品目は少なめです」

「それも昨日聞いた」

お花が笑いをこらえながら言う。

「皆、せっかく大旦那様が来られているので、見てもらいたいのです」

「京都まで来てもこれか」

そう言いながらも、博之は箸を取った。

汁をすすり、少し目を細める。

「これはええな。京向けや。薄いけど、弱くない」

ぽん、と任せ印。

焼きおにぎりを食べる。

「これは少し固い。旅人向けならありやけど、寺ではもうちょっと柔らかくてもええ」

見習い印。

酢だれの鶏を食べる。

「これはありやな。鶏の重さを酢が切ってる。飯と漬物をつけたら一膳になる」

ぽん、とまた任せ印。

料理番たちの顔が、ぱっと明るくなる。

博之はぼやいた。

「朝飯食ってるだけやのに、なんで焼印押してるんやろな」

ヨイチが淡々と答える。

「旦那様が制度を作ったからです」

「はい」

朝餉が終わる頃には、博之の胃もそこそこ重くなっていた。

だが、休む間もなかった。

寺の者が控えめに頭を下げる。

「大旦那様。すでに何人か、ご挨拶を願う方が来られております」

「もう来てるんか」

「はい。朝廷へのご挨拶と寄進の件が、内々に伝わっているようで」

お花が小声で言う。

「一千万文相当ですからね」

「派手に言うてへんのに」

ヨイチが静かに言った。

「京都では、派手に言わなくても伝わります」

「怖いな」

博之は、座敷を整えさせた。

ただ、心の中では一つ決めていた。

誰にでも銭を出すわけではない。

誰にでも市を開くわけではない。

誰にでも催しを持っていくわけではない。

見るべきは二つ。

伊勢松坂屋に利があるか。

京都に利があるか。

そのどちらかがあるなら、話を聞く。

どちらもないなら、丁寧に断る。

最初に来たのは、小さな寺の取次だった。

「伊勢松坂屋様が、京都でもいろいろなされると聞きまして」

「いろいろ、というほどではありません」

博之は丁寧に頭を下げた。

「官途をいただいた礼と、寄進の筋を通しに参りました。あとは、郊外で炊き出しや施しを少し。

まずはそれだけです」

「しかし、一千万文ほど寄進されたとか」

「それは朝廷への礼と、今後京都界隈で飯や買い付けをする上で、筋を通すためのものです。

大膳亮としていただいた名に対する礼でもあります」

相手は少し拍子抜けした顔をした。

もっと気前よく、寺にも銭を出すと言うと思っていたのかもしれない。

博之は続けた。

「皆様とのお付き合いは、まだこれからです。何かをするにしても、お互い利があるか、

あるいは京都にとって利があるかを見ながら、順々に進めたいと思っています」

相手は少し考え、それから言った。

「では、うちの寺でも小さな市を開くのはいかがでしょう。近くに職人や町人もおります。

銭が落ち、食べるものが回るなら、こちらとしても助かります」

博之の顔が少し和らいだ。

「それは、話としては分かります」

夜市が筆を取る。

「場所、人の流れ、近隣の商人との関係、炊き出しの可否。そこを見て、小さく試すならありですね」

「はい。いきなり大きくはやりません。まずは炊き出しと小市を一度。そこで人が

どう動くか見ましょう」

相手は深く頭を下げた。

「ありがたく」

次に来た者は、少し違った。

「当寺は、大きな寺と親しくしておりまして。そちらへ口を利くこともできます」

博之は、にこやかに聞いていた。

「なるほど」

「伊勢松坂屋様としても、京都で動くには大きな寺との縁が必要でしょう」

「それはそうかもしれません」

「ですので、まず当寺へそれなりのご寄進をいただければ、こちらから」

博之は、そこで軽く首を振った。

「いや、それは少し違いますね」

「違う、とは」

「私たちは、口利きだけが欲しくて動いているわけではありません。もちろんご縁はありがたいです。

けれど、まずはその場所で何ができるかです」

相手の顔が少し固くなる。

博之は穏やかに続けた。

「まずは炊き出し一度から始めましょう。人が集まるのか、困っている人がいるのか、

近隣が喜ぶのか。それを見てからです」

「それでは、少々小さすぎるのでは」

「小さく始める方が、長く続きます」

ヨイチが無言で帳面に「口利き先行、保留」と書いた。

次の者は、もっと露骨だった。

「当寺は創立二百年の由緒がございまして」

「それは立派なことです」

「当方と組めば、文人や都の顔役とも口ができます」

「なるほど」

「ですので、まずは相応の寄進を」

博之は、今度は少しだけ笑った。

「由緒はそちらのものです。こちらがいただくものではありません」

相手は言葉に詰まった。

「私たちは飯屋です。飯を出し、物を運び、困っている人へ回す。文人との口があることは

ありがたいですが、それだけで大きく寄進するわけにはいきません」

「しかし」

「余裕がおありなら、まずはそちらで困っている寺や人を教えてください。

そこへ一度、飯を持っていきます。それが本当に京都に利するなら、次を考えます」

その相手は、思っていた返事と違ったのか、少し不満そうに帰っていった。

お花が小さく息を吐いた。

「旦那様、意外ときっぱり断りますね」

「京都やからな」

「松阪より慎重です」

「怖いもん」

ヨイチが頷く。

「よい判断です。ここで“口がある”だけに銭を出すと、際限がなくなります」

「そうやろ。飯と布団と市は出す。けど、名前だけでは出さん」

その後も、何人かが来た。

小さな寺の者。

町の顔役に近い者。

公家筋の家司の使い。

商人の取次。

そして、少し遅れて、三好方に近い顔役らしき者も現れた。

その者は、表向きは穏やかだった。

「伊勢の大膳亮殿が、都へ大層な寄進をされたと聞きまして」

「礼を尽くしただけです」

「飯と物流に通じておられるとか」

「飯屋ですので、飯を止めないために道を作っているだけです」

「船も作られると」

博之は、ほんの少しだけ間を置いた。

「荷を動かすためです。米、味噌、布団。騒乱の時には、人も動かせるかもしれません」

「なるほど。三好の都にも、そういう飯の道は役に立ちましょうな」

「都にとって利があることなら、できる範囲で考えます。ただし、私は武家の道具に

なるつもりはありません」

座敷が静かになった。

相手は、少しだけ笑った。

「はっきり仰る」

「飯屋なので、難しい言い回しが苦手で」

「その割には、慎重であられる」

「怖がりなんです」

お花は横で黙っていたが、内心では少し冷や汗をかいていた。

ヨイチは、表情を変えずに記録している。

三好方の顔役は、それ以上深く踏み込まず、

「いずれ、都で大きく飯を出される時は、声をお聞かせください」

とだけ言って帰っていった。

博之はその背中を見送ってから、深く息を吐いた。

「怖いな、京都」

お花が言った。

「今のは、かなり探られていましたね」

「船の話まで来てるんやな」

夜市が帳面を閉じる。

「一千万文、船、炊き出し、京都店。噂はすでに回っています」

「目立たんようにしてるつもりなんやけどな」

「無理です」

「即答やめて」

昼近くまで、挨拶は続いた。

その中で、博之の方針は少しずつ固まっていった。

京都に利があるなら、小市を開く。

困っている者がいるなら、炊き出しをする。

伊勢松坂屋にとって道ができるなら、買い付けや店を考える。

ただし、口利きだけ、由緒だけ、名前だけでは大きく動かない。

住職が、少し感心したように言った。

「大旦那、よく踏みとどまられましたな」

「踏みとどまってましたか」

「ええ。都では、よい話ほど足が速く、甘い話ほど底が深いものです」

「怖いこと言いますね」

「本当のことです」

博之は茶を飲んで、少し疲れた顔で笑った。

「飯出してる方が楽やな」

お花がすぐに返す。

「午後は炊き出しです」

「それはそれで大変やけど、分かりやすい」

ヨイチは帳面に今日の方針をまとめた。

京都での協力基準。

一、伊勢松坂屋に利があること。

二、京都に利があること。

三、困っている人へ飯や物が届くこと。

四、口利き・由緒のみでは大きな寄進をしない。

五、まずは炊き出し一度、小市一度から始める。

六、武家の道具にはならない。

博之はそれを見て、頷いた。

「それでいこう」

京都郊外の寺の一室で、伊勢の大膳亮は、少しずつ都の人々に見られ始めていた。

善意を期待する者。

銭を期待する者。

口を売ろうとする者。

商いの匂いを嗅ぐ者。

三好方のように、力の使い道を探る者。

その中で、博之はできるだけ飯屋の顔を崩さないようにしていた。

飯を出す。

物を回す。

しかし、飲み込まれない。

京都での本当の難しさは、ここからだった。