軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

京都から文が届く。いよいよ京都へ向かう。その前に港の九鬼水軍に挨拶と牡蠣料理の実験。

京都から文が届いた。

松阪の上司を通じて、朝廷へ「官位をいただいた礼を申し上げたい」「あわせて寄進もしたい」と

伝えてもらっていた、その返事である。

ヨイチが文を読み上げた。

「ご挨拶、差し支えなし。寄進についても受ける、とのことです」

座敷の空気が、少しだけ引き締まった。

博之はしばらく黙ってから、ぽつりと言った。

「……行けるんやな、京都」

お花が静かに頷く。

「いよいよですね」

「ただ、真っすぐ行くわけやない。道中で拠点を見て、荷を入れ替えて、施しもして、

催しも挟む。京都に行くというより、京都までの道を見に行く感じやな」

ヨイチはすぐに筆を取った。

「返書には、道々の拠点に立ち寄りながら参るため、少し日数をいただく、と書いておきます」

「頼む。現金だけをどんと持っていくのも怖いから、布団、小物、瀬戸物、飯の元、

そういうもんも混ぜて運ぶ」

「承知しました」

そこで博之は、ふと思い出したように顔を上げた。

「まず松坂の港へ行こか」

「港ですか」

「うん。船を借りる相談もしたいし、九鬼にも筋を通したい。それと……牡蠣、

取れるなら集めといてもらってくれ」

お花が首を傾げる。

「牡蠣ですか」

「昼飯がてら、ちょっと試したい」

ヨイチが無表情で言った。

「京都準備の途中に、牡蠣の実験ですか」

「準備や。港飯の準備や」

「かなり苦しいです」

「飯屋やからな。港へ行ったら港の飯を見るやろ」

数日後、博之たちは松坂の港へ向かった。

九鬼水軍のまとめ役は、いつものように笑って迎えた。

「なんや旦那。とうとう京都へ出るんか」

「出ますけど、まだ帰ってきますよ」

「帰ってこんかったら松坂が困るわ」

「道中、拠点を見ながら行きます。荷も入れ替えますし、寄進や催しも挟むつもりです」

「真っすぐ行かんのやな」

「真っすぐ行ったら、見えへんもんが多いですから」

船の相談をひと通り済ませた後、博之は本題のように言った。

「それで、牡蠣はありますか」

まとめ役は目を瞬かせた。

「牡蠣?」

「はい。昼飯がてら、ちょっと料理を試したいんです」

「京都の話しに来たんやないんか」

「京都の話もしました」

「飯屋やなあ」

しばらくして、港の者が殻付きの牡蠣をいくつか運んできた。大きさはまちまちだが、

試すには十分だった。

まとめ役はそれを見ながら言った。

「牡蠣は、浜焼きが一番うまいんちゃうか」

「それもやります。でも、分からんから色々試したいんです」

「何するつもりや」

「牡蠣の浜焼き、牡蠣の天ぷら、牡蠣の鍋。」

まずは浜焼きだった。

殻付きの牡蠣を火にかけると、じわじわと口が開き、磯の香りが立つ。

まとめ役が得意げに言う。

「ほら、これが一番やろ」

博之も一つ食べ、頷いた。

「うまい。これは間違いない」

「なら、それでええやないか」

「いや、浜焼きは港で食うにはええ。でも、城下町へ持っていく飯としては、もう一工夫したい」

次は牡蠣の天ぷら。

殻から外し、水気を拭き、軽く塩を振る。粉を薄くはたき、衣をつけて油へ落とす。

じゅわ、と音が立った。

揚げたてを、まずは塩で食べる。

博之は目を細めた。

「……これはありやな」

お花も一口食べて、少し驚いた顔をした。

「外は軽く、中は濃いですね」

九鬼のまとめ役も食べて黙り込む。

「浜焼きとは違うな」

「違うでしょ」

「これは酒が欲しくなる」

「港飯やな」

さらに鍋を試すことになった。

鍋に水を張り、酒を少し、味噌を少し溶く。ねぎを入れ、牡蠣を入れる。

火を通しすぎないように、博之は鍋をじっと見た。

「牡蠣は煮すぎたら固くなる気がする」

「旦那様、妙に真剣ですね」

「怖い食材やからな。うまいけど、扱いを間違えたら腹を壊すかもしれん」

鍋が煮え、椀へよそう。

牡蠣の旨味が汁に出ていた。

ヨイチが一口飲んで、珍しく目を少し開いた。

「これは、汁物としてかなり強いです」

「やっぱりか」

まとめ役も椀をすすった。

「うまいな。浜焼きとはまた違う。汁に牡蠣の味が出とる」

そこで博之は、椀の中の汁をじっと見た。

「……これ、汁がもったいないな」

「汁ですか」

「牡蠣の旨味、ここに出てるやろ。これを飲むだけでもええけど、米入れたらどうや」

お花がすぐ反応した。

「粥のようにするんですか」

「そう。鍋の後に米を入れて、少し炊く。牡蠣の汁を米に吸わせる。牡蠣鍋の雑炊やな」

ヨイチが筆を止めた。

「雑炊ですか」

「鍋を食べた後、汁が残る。その汁に米を入れて、最後まで食う。旨味を捨てない。

港の者にも、城下の者にも受けるかもしれん」

まとめ役が笑った。

「旦那、汁まで銭にする気か」

「違います。旨味を無駄にせんだけです」

「同じやろ」

「まあ、似てるかもしれません」

さっそく鍋に飯を入れた。

白い米が、牡蠣の汁を吸って少しずつ膨らむ。

味噌と酒、牡蠣の濃い旨味が米に絡む。ねぎの香りも立っている。

博之は少し火を強めさせた。

「ここで一回、少し煮立たせよう」

「煮立たせるんですか」

「うん。米に汁を吸わせる。で、最後に卵や」

お花が卵を二つ持ってきた。

博之は小鉢に卵を割らせ、軽く溶いた。

「卵二つ。多すぎず、少なすぎずやな」

「入れますか」

「まだや。ちゃんと煮立ってから、細く回し入れる」

鍋がふつふつと煮立つ。

米が牡蠣の汁を抱え、少しとろみが出てきたところで、博之は溶き卵をゆっくり流し入れた。

黄色い筋が、鍋の中にふわりと広がる。

「すぐ混ぜすぎるなよ。卵に火が通るまで少し待つ」

湯気の中で、卵がやわらかく固まり、米と汁になじんでいく。

火を少し落とし、最後に軽く混ぜる。

牡蠣の旨味の強い汁が、卵でまろやかになった。

博之は小椀によそわせ、少し冷ましてから食べた。

一口。

その瞬間、目を細めた。

「……これや」

お花も食べて、静かに頷いた。

「牡蠣そのものより、やさしいですね。でも旨味はしっかりあります。卵が入ると角が取れます」

ヨイチも口にする。

「鍋よりも、こちらの方が多くの人に食べさせやすいかもしれません。米で伸ばせますし、

卵で味がまとまっています」

「やろ」

九鬼のまとめ役は、椀をすすってから笑った。

「これはうまい。酒の後にもええな。いや、浜焼きもええけど、この締めは強いぞ」

「港の締め飯や」

「牡蠣をたくさん使わんでも、汁に味が出れば米で伸ばせる。卵を入れたら、子どもや

年寄りでも食いやすい」

ヨイチがすぐに言った。

「そこは大事です。牡蠣は量に限りがあります。鍋だけでは高くつきますが、

最後に米と卵を入れれば人数を増やせます」

「せやろ」

博之は満足げに頷いた。

「浜焼きは港の贅沢。天ぷらは酒の肴。鍋は上客向け。雑炊は最後に皆で食う飯やな」

お花が言った。

「寺社や炊き出しには向きますか」

「牡蠣そのものを大量に配るのは難しい。でも汁と米と卵なら、少しは使えるかもしれん。

ただし鮮度が怖いから、港限定やな」

夜市は帳面に書き始めた。

「牡蠣料理。港限定。鮮度重視。浜焼き、天ぷら、鍋、鍋後の牡蠣雑炊。雑炊は残り汁に米を入れ、

煮立たせ、溶き卵二個を回し入れ、火を通してなじませる。師範代以上の管理必須」

「めっちゃ細かく書くやん」

「危ない食材ですから」

「それはそうやな」

まとめ役は、愉快そうに笑った。

「京都へ行く前から、また土産話が増えたな」

「そうですね」

「旦那は、どこへ行っても飯を見る」

「飯屋ですから」

「船を作る飯屋やけどな」

「最近そればっかり言われます」

港に笑いが広がった。

だが、博之は真面目な顔で牡蠣鍋の残りを見ていた。

「これ、白子や鳥羽でも試したいな。津でもいける。牡蠣が取れる場所なら、

港の看板飯になるかもしれん」

夜市が即座に帳面を開く。

「白子、鳥羽、津で試作指示ですね」

「まだ言うてない」

「今、言いました」

「言葉に気をつけなあかんな」

お花が笑った。

「旦那様の思いつきは、だいたい次の仕事になりますから」

九鬼のまとめ役は、牡蠣雑炊をもう一杯求めながら言った。

「しかし、これはええぞ。浜焼きだけやと思ってた牡蠣が、鍋にもなり、天ぷらにもなり、

最後は卵入りの雑炊になる」

「そこが強いんです」

博之は少し得意げに言った。

「一つの食材で、何通りも食える。しかも汁まで食える。最後に卵でまろやかにしたら、

飯として締まる。これなら港飯として育てる価値がある」

ヨイチが頷く。

「ただし、鮮度管理、火入れ、提供場所を誤ると危険です」

「そこは師範代向けやな」

「牡蠣師範代ですか」

「いや、名前が怖いな」

「牡蠣扱い印、くらいでよいのでは」

「また焼印増えるんか」

「旦那様が増やしています」

博之は少し笑った。

「まあ、これは慎重にやろう。うまいからって広げすぎると危ない」

京都への文は返った。

旅の準備は始まった。

船の相談も進み、牡蠣という港飯の種も見つかった。

そして、牡蠣鍋の汁に米を入れ、煮立たせ、溶き卵を二つ入れて仕上げた雑炊は、

その場にいた者たちの腹と心をしっかり掴んだ。

博之は最後の小椀を食べながら、ぽつりと言った。

「京都に行く前に、また飯増えたな」

お花が言う。

「よい土産話になります」

ヨイチは帳面を閉じた。

「まずは荷の一覧と、道中の拠点ごとの役割整理です」

「牡蠣食べ終わってからでええか」

「もう食べ終えています」

「厳しいな」

九鬼のまとめ役が笑った。

「旦那、京都より帳面の方が怖そうやな」

「否定できません」

そう言いながら、博之は牡蠣雑炊の椀を名残惜しそうに見つめた。

京都への道は、まだ始まっていない。

けれど、その道中で拾う飯の種は、もう動き始めていた。