軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

白子で一泊後、津で停泊し松坂まで戻る。津で思いついたので九鬼水軍のまとめ役に船を作りたい旨と北伊勢が休戦後荒れる予感を伝える。

白子で一泊した翌朝、博之たちは港の飯を軽く食べ、帰り支度を整えた。

白子の者たちは、師範代焼印会の話でまだ浮き立っていた。つみれ汁、焼き魚、酢の和え物。

誰がどの品で出るか、もう小声で相談している。

「白子は、ええ感じやな」

博之が言うと、夜市が頷いた。

「はい。港飯として育ちそうです」

「雨よけと荷置き、布団の保管だけはちゃんと見といてくれ」

「承知しております」

そこから一行は、白子から津へ戻る道を取った。途中の飯場で茶を飲み、津の港で少し休む。

津の港では、相変わらず荷が動いていた。魚、干物、塩、木材、米、味噌。鳥羽や白子とはまた違う、

伊勢湾の中ほどらしい落ち着いた港だった。

博之は港飯を横丁で食べるつもりだったが、途中でふと思い直した。

「飯は後でええわ。九鬼水軍のところへ挨拶行こか」

お花が顔を上げる。

「九鬼水軍ですか」

「うん。巡回でこっち回ってますわ、っていう顔出しも兼ねてな」

ヨイチは、すぐに何かを察した顔をした。

「旦那様、船の話をするつもりですね」

「する」

「やはり」

津の港から、九鬼水軍のまとめ役がいる屋敷へ向かった。

取り次ぎを頼むと、すぐに通された。伊勢松坂屋はすでに九鬼水軍とも浅からぬ縁がある。

魚、海鮮焼き、穴子、港横丁。互いに利のある付き合いだった。

津の九鬼のまとめ役は、博之を見ると笑った。

「旦那、今日は港飯でも食いに来たんか」

「それもありますけど、巡回で津と白子を見てまして。ついでにご挨拶をと」

「ついで、の顔やないな」

「まあ、相談もあります」

「ほら来た」

まとめ役は笑いながら座らせた。

博之は持ってきた弁当を出し、茶を受けながら、まずは北伊勢の話をした。

「この前、白子、亀山方面の北伊勢の国人衆とも話したんですけどね」

「ああ」

「北伊勢連合って、一年では固まらん気がするんです」

まとめ役の目が少し細くなった。

「ほう」

「蟹江もそうですけど、亀山、関、白子、桑名、四日市。みんなそれぞれ事情がある。

北畠に寄るか、織田に寄るか、腹の中では揺れてる。で、一年の休戦が明けたら、

おそらくどこかでまた荒れる」

「蟹江あたりか」

「その辺も含めてです」

博之は淡々と言った。

「そうなると、難民が出る。城下から人が逃げる。港に流れてくる。飯が要る。

寝床が要る。布団も要る」

九鬼のまとめ役は黙って聞いていた。

「陸だけやと詰まるんです。米や味噌を荷車で運ぶにも限界がある。伊賀越えなんか

使ったら人足が倒れる。だから、海を使いたい」

「海は便利やが、甘くはないぞ」

「分かってます」

博之は頭を下げた。

「だから九鬼水軍さんにお願いしたい」

まとめ役は腕を組んだ。

「何をや」

「二百石積の船を一つ。百石積の船を四つ。作ってほしい」

部屋の空気が少し止まった。

次の瞬間、九鬼のまとめ役は大きく笑った。

「旦那、分かっとるか。船は金食い虫やぞ」

「分かってます」

「百石船、二百石船いうても、百万文、二百万文で済むような話やない。作るだけやない。

船大工、船頭、水夫、帆、縄、碇、修理、倉、港の筋、全部いる。平気で百万文、二百万文食う」

「はい」

「しかも沈めば終わりや」

「それも分かってます」

博之は落ち着いて言った。

「いったん、一千万文を見ています」

九鬼のまとめ役の笑いが少し止まった。

「一千万文」

「はい。五艘の建造、装備、修理積立、港の倉、干し場。あと、

うちは飯屋で海の運用なんかできません。だから、九鬼水軍さんに運用と育成をお願いしたい。

その代金として、帳簿上は百五十万文ほど見ています」

「技を教えろ、と」

「見せられないものまで見せろとは言いません」

博之はすぐに言った。

「ただ、飯屋の荷船として、最低限沈めず、濡らさず、港へ入れ、戻ってこられるようにしたい。

船頭や水夫は九鬼さんの指導を受けたい。うちは見習いの若い者を雇います」

まとめ役は博之をじっと見た。

「水軍を作る気か」

「ありません」

博之は即答した。

「うちは飯屋です。兵船はいりません。荷船です。米、味噌、酒、酢、油、布団、古布、木綿、

甕を運ぶ船です」

「だが、五艘持てば見られ方は変わるぞ」

「もうただの飯屋には見られてないでしょう」

「まあな」

まとめ役は苦笑した。

ヨイチが帳面を開き、博之の言葉を補った。

「二百石船一艘は、伊勢湾内の大口荷用。白子、津、常滑、熱田、三河湾を想定しています。

百石船四艘のうち、三艘は伊勢、尾張、三河方面の小回り。残る一艘は、紀州方面の試験便です」

「紀州か」

まとめ役の声が少し低くなる。

「いきなり熊野灘へ突っ込むつもりはありません」

博之は言った。

「鳥羽から志摩、尾鷲、熊野、新宮、紀州へ、港を刻んでじゅんぐり見る。

天気が悪ければ出さない。荷も少なめ。まずは道を見る船です」

「何を運ぶ」

「こっちからは布団、古布、木綿、飯の元、瀬戸物。紀州や摂津側からは酒、酢、油、名産品。

うまくいけば、酒は料理に使えますし、布団は冬支度寄進に使える」

お花が口を挟む。

「ただし、布団は濡らさないことが絶対です。船底に直置きせず、むしろで包み、着いたら干し場へ」

まとめ役は少し笑った。

「お花殿の方が、船荷に厳しいな」

「濡れた布団を配ったら、支援ではなく嫌がらせです」

「なるほどな」

博之は続けた。

「二百石船ばかりにしないのは、難破した時に背負いきれないからです。

大船一つに全部積んで沈んだら終わる。百石船を分ければ、損も分けられる。港にも入りやすい」

「それは分かっとるな」

「金で海を買えるとは思ってません」

博之は真面目な顔で言った。

「うちは海の素人です。だから、九鬼さんの顔を立てる。九鬼さんに教えてもらう。

九鬼さんに運用を頼む。その上で、うちは荷と飯と布団を回す」

九鬼のまとめ役は、しばらく黙っていた。

やがて、ゆっくりと言った。

「旦那、北伊勢が荒れると見てるんやな」

「見てます」

「織田と北畠が色分かれする、と」

「可能性はあります。北伊勢が北畠か織田かで揺れて、そこでまた戦が起こる。

織田が美濃まで取ったら、さらに勢いが変わる。すぐではないと思います。

けど、船は急に銭を撒いても出来上がらない」

「備えあれば、ということか」

「はい」

博之は地図を見た。

「ゆくゆくは、松坂も危ないかもしれません。戦乱で。そうなった時、陸路だけやと逃げ道が少ない。

海があれば、食料を送れる。人を移せる。港に飯場を作れる」

「行きは食料、帰りは人、か」

「そういうことも考えています」

九鬼のまとめ役は、もう笑っていなかった。

「商人として、飯屋として、何ができるか考えたら、これが一つかなと」

博之は少し照れたように言った。

「まあ、銭を銭で持つのが怖いというのもありますけどね」

「正直やな」

「銭は狙われます。船も狙われますけど、船は道になります。人も育ちます。荷も動きます」

夜市が静かに言った。

「銭を船に替え、船を道に替え、道を飯に替える。そういう支出です」

九鬼のまとめ役は、夜市を見てから博之を見た。

「旦那の周りも、よう分かっとるな」

「分かってくれる人がいるから助かってます」

「で、一千万文。まずは、か」

「はい。まずはです」

「本当に金食うぞ。修理でも食う。船頭も食う。水夫も食う。港の顔役にも食う。

天気で止まれば飯代だけ出ていく。荷が腐れば損。布団が濡れれば損。酒樽が漏れれば損」

「分かっています」

「それでもやるか」

「やります」

九鬼のまとめ役は、長く息を吐いた。

「旦那の見る目が怖すぎるわ」

博之は苦笑した。

「怖いですか」

「怖い。北伊勢の先を見て、難民を見て、船を見て、三河まで見てる。飯屋の目やない」

「飯屋です」

「飯屋が五艘も船を作るか」

「飯を運ぶためです」

「布団も運ぶんやろ」

「寝るのも大事です」

まとめ役は声を出して笑った。

「やからこそ、ここまででかくなったんやろうな」

少しして、彼は真面目な顔に戻った。

「分かった。すぐに五艘を同時に、とはいかん。船大工、材、船頭、水夫、順番がある。

まずは二百石船一つと百石船二つから段取りを見る。残り二つは材と人の目処を見てからや」

「それでお願いします」

「九鬼からも人を出す。ただし、うちの技を全部見せるわけではない」

「もちろんです」

「伊勢松坂屋の若い者には、荷船としての扱いを教える。戦船のことは教えん」

「それで十分です」

「港の倉と干し場は、白子、津、鳥羽、常滑あたりで先に作れ」

「はい」

「布団は濡らすな」

お花が即答した。

「そこは私が見ます」

「頼もしいな」

話がまとまると、博之は深く頭を下げた。

「ありがとうございます」

「礼を言うのは、まだ早い。船は出来てからが地獄や」

「怖いこと言いますね」

「海やからな」

九鬼のまとめ役は笑った。

「けど、面白い。伊勢松坂屋の船か。飯屋の船が、米と酒と布団を積んで伊勢湾を回る。悪くない」

博之は、少しだけ肩の力を抜いた。

「これで、銭が減りますね」

夜市が淡々と言った。

「一千万文、帳簿から別枠に移します。海運・難民対応準備金として」

「頼む」

「累計から見れば大きな支出ですが、意味はあります」

「そう言われると助かるわ」

九鬼の屋敷を出る頃には、港の風が少し強くなっていた。

津の港に船が揺れている。

その向こうに、白子、鳥羽、常滑、三河、そして紀州の海がある。

博之は振り返って港を見た。

「船か」

お花が横で言う。

「本当に始まりますね」

「始まってしまうな」

ヨイチが帳面を閉じた。

「旦那様、これでまた飯屋から遠くなりました」

「飯屋や」

「船を五艘作る飯屋です」

「飯を止めへんためや」

博之は、少し真面目に言った。

「北伊勢が荒れても、飯と布団を止めたくない。人が逃げてきても、

とりあえず食わせて寝かせたい。それだけや」

お花が静かに頷いた。

「それなら、伊勢松坂屋らしいです」

博之は照れ隠しのように笑った。

「まあ、酒も運んで儲けるけどな」

「その一言がなければ、綺麗でした」

「儲けも大事やろ」

津の港に、小さな笑いが落ちた。

その日の夕方、一行は松坂へ戻る道についた。

巡回の帰り道に決まった、一千万文の大きな支出。

二百石船一艘、百石船四艘。

九鬼水軍の運用と育成。

伊勢、尾張、三河、そして紀州への海の道。

それは、商いのためであり、寄進のためであり、いずれ来るかもしれない騒乱と

難民のための備えだった。