軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

伊勢松坂屋のまとめ役を呼び流しそうめんと祝い飯を振舞ってもらう。博之が来ていない理由をまとめ役に解説しアドバイスし背筋が凍るまとめ役。

数日後、織田信長の屋敷で、伊勢松坂屋から派遣された者たちによる催しが行われることになった。

博之本人は来なかった。

来たのは、流しそうめんの竹組みを作れる者、うなぎを捌ける料理人、祝い飯を整えられる料理番、

そして全体を取り仕切るまとめ役である。

庭先に竹が並べられた。

竹を半分に割り、節を抜き、少しずつ傾斜をつけて組む。上から水を流せば、

そうめんがすっと滑るように流れていく。

最初、織田の家臣たちは半信半疑だった。

「飯を流すのか」

「遊びか、これは」

「子どものすることではないか」

そんな声もあった。

だが、いざ始まると、空気はすぐに変わった。

「来たぞ!」

「早い!」

「おい、取れん!」

「右や、右!」

流れてくるそうめんを箸で取ろうとして、武士たちが思わず身を乗り出す。取り損ねた者を見て、

周りが笑う。うまく取れた者は、どこか得意げに口へ運ぶ。

「意外と面白いな」

「涼しい」

「夏にはええぞ、これは」

信長も、少し離れたところからその様子を見ていた。

伊勢松坂屋の者たちは、ただ笑わせるだけではなかった。

流れ落ちたそうめんは、下の桶で受ける。だが、それはそのまま客へ戻さない。

別に置き、まかない用や別用途へ回す。水は清いものを使い、竹も洗い、

手を入れる者と給仕する者を分けている。

信長は、その細かさを見逃さなかった。

「慣れておるな」

藤吉郎が頷く。

「伊勢松坂屋は、寺社の催しや市で、こういうことを色々やっているようでございます」

まとめ役が、少し緊張しながら説明した。

「旦那様は、飯で腹を壊させたら催しではない、と強く申しておりまして。流れたもの、

落ちたもの、子どもが触りすぎたものなどは、扱いを分けるようにしております」

信長は鼻で笑った。

「飯屋らしいな」

だが、目は笑っていなかった。

次に、うなぎの祝い飯が出された。

大きな桶に、酒と酢で軽く整えた飯が敷かれている。その上に、細く切ったうなぎの蒲焼きと、

出し巻き卵の細切りが、見栄えよく並べられていた。

桶が運ばれてくると、家臣たちから声が漏れた。

「おお……」

「これは綺麗やな」

「うなぎの匂いもええ」

「うな重とは違うのか」

料理番が頭を下げる。

「これは、うなぎの祝い飯にございます。一人で食べるうな丼やうな重とは違い、祝い事、

節目、慰労、寄進、法要の後などで、皆で見て、皆で混ぜて、皆で分けて食べる飯でございます」

「見せる飯か」

信長が言う。

「はい。旦那様は、飯は味だけでなく、場を作るものでもあると申しておりました」

飯を混ぜると、うなぎの甘辛い香りが飯に移り、卵の柔らかさと酢の軽さが合わさった。

重すぎず、だが祝いの席らしい満足がある。

家臣たちは素直に喜んだ。

「これはうまい」

「見た目もよい」

「戦勝の祝いにも使えるな」

「収穫の時に出したら、皆喜ぶぞ」

場は、すっかり和んだ。

流しそうめんで笑い、祝い飯で感心する。伊勢松坂屋の飯と催しは、信長の家臣たちにも十分通じた。

だが、信長はその空気をしばらく眺めたあと、静かに口を開いた。

「喜んでばかりでは、あかんぞ」

場が少し静かになった。

家臣たちが信長を見る。

「お前らは、ただ面白い飯が来たと思っておるのだろう」

信長は、流しそうめんの竹組みを見た。

「涼しい。楽しい。うまい。そう思うのはよい。だが、あの旦那が来ておらんことの意味を

考えた者はおるか」

まとめ役の背筋が強ばった。

信長の視線が、ゆっくりと伊勢松坂屋のまとめ役へ向く。

「博之は、なぜ来ぬ」

まとめ役は頭を下げた。

「旦那様は、拠点の巡回、料理の基準作り、焼印の運用、料理人の育成、相場の整理などで、

多忙を極めておりまして」

「それは文にもあった」

信長は遮った。

「だが、それだけではないな」

まとめ役の喉が鳴る。

藤吉郎は黙っていた。

信長は、家臣たちに向かって続けた。

「おそらく、あの旦那は距離を取りたいのだ。わしが飯や話を調略に使えると言うた。

それを、あやつは快く思っておらん」

家臣の一人が小さく言った。

「飯屋が、そこまで……」

「飯屋だからこそだ」

信長の声が少し鋭くなった。

「わしらは飯を見れば、兵站を見る。人の流れを見る。国を取る道を見る。だが、あやつは、

飯で人が笑う場を見る。土地の者が立ち上がる場を見る。寺社に銭が回る場を見る」

信長は、祝い飯の桶を指した。

「この飯もそうだ。一人で食わせる飯ではない。見せて、混ぜて、分ける。

人を同じ場に置く飯だ。流しそうめんも同じ。箸を出させ、笑わせ、周りを巻き込む。

飯を食わせているのではない。場を作っておる」

家臣たちは黙り込んだ。

「それを、わしらが安易に調略に使おうとすれば、あやつは引く。伊勢松坂屋の飯が、

戦の手先にされるのを嫌がる。だから本人は来ぬ。だが、飯は出す。人も出す。絵図も出す。

礼は尽くす。線を引いておるのだ」

まとめ役の額に汗が滲んだ。

信長はさらに言った。

「そして、もう一つある」

場の空気がさらに重くなる。

「あやつは、自分がいなくなっても伊勢松坂屋が回るようにしておる」

まとめ役が思わず顔を上げた。

「焼印、料理札、料理頭、相場板、巡回。お前らは、旦那の思いつきだと思っておるかもしれぬ」

信長の目が細くなる。

「違うぞ。あれは、飯の腕を札にし、味を紙にし、人を役にし、値を板にし、店を仕組みに

しておるのだ」

伊勢松坂屋の料理番たちは、きょとんとした顔をしていた。

自分たちにとって、焼印は褒められた証だった。料理札は便利な手順書だった。

巡回は、旦那様が見に来てくれるありがたい機会だった。

それが「博之がいなくなっても回すための仕組み」だとまでは、考えていなかった。

「分かっておらんな」

信長が静かに言う。

「博之は、寿命で死ぬ話をしているのではない。大名に嫌われるかもしれぬ。呼ばれても

行けなくなるかもしれぬ。戦に巻き込まれるかもしれぬ。道を断たれるかもしれぬ。

そういう不慮を考え始めておる」

まとめ役は青ざめた。

「私どもは……そこまでは」

「そうだろうな」

信長は少しだけ苦笑した。

「お前らは、おいしい飯を出すことを考えておった。それは悪くない。だが、それだけでは足りぬ」

藤吉郎が横から補うように言った。

「伊勢松坂屋は、もう小さな飯屋ではありませぬからな」

信長は頷く。

「高い給金をもらい、各地で飯を出し、寺社に寄進し、港や街道を見ておる。

ならば、ただ飯を作るだけでは済まぬ。旦那が何を見ておるのか、少しは考えよ」

まとめ役は、深く頭を下げた。

「申し訳ございません。私どもは、旦那様が皆に喜ばれる飯を考えているのだとばかり」

「それも正しい」

信長は言った。

「だが、それだけではない。あやつは、鳥羽へも行っておるな」

「はい。鳥羽の港と拠点を巡回したと聞いております」

「鳥羽へ行くということは、海を見ておる」

信長は、家臣たちに向かって言った。

「鳥羽から南、志摩、尾鷲、熊野、紀州。あるいは常滑、三河湾。荷の道を考えておるかもしれぬ。

摂津の酒、酢、油を海で運び、帰りに布団や木綿を積む。そういうことを考える者だ、あやつは」

家臣たちの中に、少しざわめきが起きた。

「飯屋がそこまで……」

「だから、ただの飯屋ではないと言っておる」

信長は、少し不機嫌そうに言った。

「本人は飯屋だと言い張るだろう。だが、飯を止めぬために道を作る。布団を配るために荷を考える。

飯の味を守るために相場を見る。そういう者を、ただの飯屋として見れば見誤る」

信長は、まとめ役に視線を戻した。

「お前は戻ったら伝えよ」

「はい」

「まとめ役の上に、統括が要る」

まとめ役は息を呑んだ。

「統括、でございますか」

「そうだ。各拠点で飯を作るだけの者、現場をまとめる者、それだけでは足りぬ。旦那が何を

考えているか、各地の焼印持ちや料理頭がどこまで育っているか、相場や道がどう動いているか。

それを見て、旦那に上げる者が要る」

藤吉郎が静かに頷いた。

「伊勢松坂屋の中で、旦那の目の代わりになる者ですね」

「そうだ」

信長は続けた。

「博之が全部を見るのは無理だ。だが、見ぬと店は緩む。ならば、まとめ役の上に統括を置け。

拠点ごとではなく、道ごと、飯ごと、人ごとに見る者を作れ」

まとめ役の冷や汗は止まらなかった。

信長の口から、伊勢松坂屋の組織論のようなものを聞かされるとは思っていなかった。

「わしは別に、あやつを切り捨てる気はない」

信長は少し声を落とした。

「嫌いでもない。むしろ、面白いと思っておる。だがな、あやつが距離を取りたいと思うなら、

その理由も汲んでやらねばならぬ。でなければ、余計に離れる」

まとめ役は深々と頭を下げた。

「必ず、お伝えいたします」

「それと」

信長は、流しそうめんの竹を見ながら言った。

「この催しは面白い。祝い飯もうまい。だが、お前らは、ただ“うまくできました”で終わるな。

なぜウケたのか、どこで使えるのか、誰が教えられるのか、そういうところまで持ち帰れ」

「はい」

「それができて、初めて伊勢松坂屋の者だ」

まとめ役は、もう一度深く頭を下げた。

流しそうめんは成功した。

うなぎの祝い飯も評判は良かった。

だが、まとめ役の胸に残ったのは、喜びよりも重いものだった。

旦那様は、ただ思いつきで動いているのではない。

自分がいなくなっても回るようにしている。

大名に嫌われることも、戦に巻き込まれることも、どこかで考えている。

そして、自分たちはそれを、ほとんど分かっていなかった。

帰り支度をしながら、まとめ役は小さく呟いた。

「これは……早く旦那様に伝えなあかん」

遠くで、家臣たちがまだ流しそうめんの話で笑っていた。

だが信長は、その笑いの向こうに、飯と人と道の流れを見ていた。

そして、博之がそこから一歩引こうとしていることも、はっきり見抜いていた。