軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

穴子天丼を食べ終えて信長から北伊勢について聞かれる。飯と道を見た上で冷静に見る博之。蟹江の現状と北伊勢連合について現状を語る

信長は、穴子天丼を食べ終え、しばらく黙っていた。

そして、ふと顔を上げた。

「ところで、北伊勢をどう見る」

博之は、思わず箸を止めた。

「……それ、私に聞きますか」

「聞く」

「私は飯屋です」

「飯屋の目でよい」

信長は、まっすぐ博之を見た。

「お前はもう十分見えておる。ただ、それを自覚していないふりをしておるだけや」

博之は黙った。

信長は続ける。

「そろそろ、自分の言葉には責任を持て。お前は従五位下、大膳亮。わしと似たような官位を持ち、

飯で戦を止めた。戦を変える力も持っておる。そこは、ある程度自覚せよ」

「……重いこと言いますね」

「重いことをしておるからな」

信長の言葉は静かだった。

「人の生き死にが怖いのは分かる。目の前の者を壊したいと思ってやっているわけではないのも分かる。

だからこそ聞く。どうすれば死人が増えず、土地が荒れずに済むか。お前の目で

見えていることを話せ」

博之は、少し息を吐いた。

「忖度なしでいいんですか」

「よい。織田に飲まれると言うてもよい」

「そんな極端なことは言いませんけど」

博之は、少し考えてから話し始めた。

「まず、蟹江に関してです」

信長の目が細くなる。

「蟹江の国人衆と一向宗の方から、頭を下げられました。伊勢松坂屋に人が流れすぎて、

城に人が戻らない。飯場や炊き出しには来るけれど、城下に心が戻らない。そういう相談でした」

「ほう」

「それで、“城の方へ人を戻すために動いたら、完全に織田方になりますよ”とは言いました。

その上で、一緒に炊き出しをする形にしました」

信長が少し笑う。

「それは敵対行動か」

「敵でも味方でもありません。私は飯屋です」

博之はきっぱり言った。

「伊勢から伸ばして尾張に入ったのは、そもそも蟹江の調停の時にそういう話になったからです。

そこから熱田や津島、瀬戸へ広がっています。だから、蟹江に飯を出すことも、

尾張に入ることも、私から見れば飯屋としての続きです」

秀吉が黙って聞いている。

「秀吉様にも、炊き出しの仕方はいろいろお伝えしました。あと、伊勢神宮に信長公を

お連れするまでの段取りの中で、蟹江へ二十五万文を置いていただきました」

「あれか」

「はい。あれは大きかったです」

博之は頷いた。

「織田方は、形として詫びを入れた。けれど蟹江側から見ると、国人衆や一向宗は何も

詫びていないように見える。しかも、城下の人は伊勢松坂屋の炊き出しに流れている。

そうなると、蟹江の国人衆は、空っぽの城だけ持っているような状態になる」

信長は、黙って聞いていた。

「だから、今は一緒に炊き出しをさせています。慣れない手で粥を配り、湯を出し、

子どもや年寄りの世話をする。そうやって、蟹江の者に“国人衆や一向宗も復興のために

立っている”と見せる。そこまでは、少しずつ効いています」

「だが」

「だが、蟹江単体の話です」

博之は言った。

「北伊勢連合を作ってどうこうという話は、うまくいっていないと思います」

「なぜそう見る」

「蟹江に対して、他の勢力が本気で米や銭や人を入れているという話を、こちらは聞きません」

博之は淡々と続けた。

「会合はしている。話もしている。けれど、二段目の協定くらいで止まっている。

誰が頭に立つのか、誰が銭を出すのか、誰が織田と話すのか。そこを探り合っているように見えます」

秀吉が小さく頷いた。

博之は続ける。

「蟹江に“どうしたらいいか”と聞かれた時、私は三つしかないと言いました」

「三つ?」

「一つは、織田へ降る。二つ目は、北伊勢連合で固める。三つ目は、北畠へ降る」

信長が少し笑った。

「六角はないか」

「ないと思います。遠いですし、蟹江の現実には合いません」

「それで?」

「蟹江単体で見るなら、織田家が一万ほどの兵を目の前に置き、その上で織田家の重臣筋と

縁を結ぶ形を出せば、折れる可能性は十分あります」

座が少し静まった。

「もちろん、一年の間に北伊勢連合が本気で固まり、軍勢と銭と米を用意できれば話は変わります。

でも、今の様子では難しいです」

「なぜだ」

「誰かが束ねるだけの武を持っているわけではないからです。しかも、関、亀山あたりは、

蟹江ほど織田の脅威を直接感じていない。危機感が薄い。持っていたとしても、

蟹江ほどではありません」

博之は、少し言葉を選んだ。

「むしろ、その辺りは北畠へ寄る動きをすると思います。蟹江や桑名、木曽川筋に近い者は、

尾張へ降る腹づもりを完全には捨てていない。そう見えます」

信長は、にやりとした。

「なるほどな」

「これ以上は、正直分かりません」

博之はすぐに言った。

「私は飯屋ですし、兵の数や城の強さを細かく見ているわけではありません。ただ、

飯と人の流れを見ると、蟹江はそう見えるというだけです」

「十分だ」

信長は低く言った。

「わしらが熱田や津島で商いを回し、瀬戸物を流し、飯場を作っていけば、北伊勢方面は

どんどんやることがなくなるな」

「そうなる可能性はあります」

「その時は、また調停か」

博之は顔をしかめた。

「そこが困るんです。私は一応、北伊勢連合の休戦に名前を連ねてしまっています」

「だが、お前は飯屋だろう」

「そうなんです。飯屋なんです」

博之は少し強く言った。

「休戦の時も、建前上関与はしました。でも、兵を持っているわけではありません。

国を持っているわけでもありません。私は、そこにはあまり興味がないんです」

「興味がない?」

「はい」

博之は、少し視線を落とした。

「私は、自分の周りの人が笑って暮らせるようにしたいだけです。根なし草の精神というか、

食えない人がいたら食わせてあげたい。そのくらいの人間です」

信長は黙っている。

「それを超えると、本当に国取りの話になります。誰を飲み込むか、誰を潰すか、

どこに兵を出すか。そこまでは、私の手に余ります」

信長は少し笑った。

「だが、国取りだけで言えば、お前はもう実質、わしらより強いところもあるぞ」

「とんでもございません」

博之は即座に頭を下げた。

「兵も城も持っていません」

「飯場は持っておる。荷の道も持っておる。人も数千抱えておる。銭もある。

寺社にも顔が利く。伊勢、松坂、津島、熱田、瀬戸、奈良、京都郊外まで伸びておる」

信長の声は、少し面白がっていた。

「それを力と言わず何と言う」

博之は、答えられなかった。

「お前が自分を飯屋と言うのは構わん。だが、飯屋のままでも、

人を動かす力はある。そこから目をそらすな」

「……はい」

「死人を増やしたくないなら、なおさらだ」

その言葉に、博之は顔を上げた。

信長は続けた。

「死人を減らすには、力がいる。飯も力だ。銭も力だ。話も力だ。お前は、

その力を持っておる。なら、どう使うかを考えろ」

博之は、ゆっくり頭を下げた。

「分かりました。飯屋として、考えます」

「それでよい」

信長は満足そうに頷いた。

「北伊勢については、お前の見立てを覚えておく。蟹江は揺れる。北伊勢連合は固まりきらん。

北畠へ寄る者、織田へ寄る者が出る。そういうことだな」

「はい。少なくとも、今の飯と人の流れからは、そう見えます」

「よい」

信長は、少し笑った。

「やはり、お前を呼んでよかった」

博之は苦笑した。

「私は、穴子を持ってきただけのつもりでした」

「穴子もよかったぞ」

「それはありがとうございます」

「だが、今日の本命はこっちだ」

「やっぱりそうですか」

座敷に少し笑いが起きた。

秀吉は、その横で安堵したような、さらに心配そうな顔をしていた。

博之は、また一つ、自分の言葉が思った以上に重くなっていくのを感じていた。

飯屋でいたい。

それは本音だった。

だが、信長の言う通り、もうただの飯屋では済まないところまで来ている。

それでも、博之は最後にもう一度言った。

「私は、飯屋としてやります」

信長は笑った。

「それでよい。飯屋として、美濃も北伊勢も見ろ」

その言葉は、命令のようであり、どこか信頼のようでもあった。