作品タイトル不明
木下藤吉郎秀吉に話家会の有用性に気づかれたので松坂、伊勢の城主に報告し先に筋を通しておく。
松坂の城主筋と、伊勢の城主筋にも、話家会のことは一度見せておいた方がいい。
博之は、そう考えた。
藤吉郎に見つかった時点で、この仕組みはもうただの店内遊びではなくなっていた。
買い付け係が各地で見聞きしたことを話す。客は竹串を入れる。面白い話に銭がつく。
最初は余興のつもりだったが、聞き方によっては、大和、近江、京都、堺、尾張、北伊勢の
生きた情報が集まる場でもあった。
「……これは、隠してやってると思われたらまずいな」
博之が言うと、ヨイチも頷いた。
「はい。先に説明しておく方がよいです」
「ということで、飯と一緒に持って行く」
「飯と一緒に?」
「飯屋やからな」
お花が横で言った。
「旦那様、最近は何でも飯に乗せて持っていきますね」
「飯を出した方が話が柔らかくなるんや」
そうして博之は、伊勢松坂屋の話上手を五人連れて、まず松坂の城主のところへ向かった。
持っていったのは、軽い食事ではなく、茶と蜂蜜饅頭だった。
蜂蜜を少し練り込んだ甘い饅頭と、香りのよい茶。
話を聞くには、重い飯よりこちらの方がよい。
城主は、博之を見るなり笑った。
「今度は何を持ってきた」
「今日は飯というより、話です」
「話?」
「はい。伊勢松坂屋で始めた、話家見習い会というものを見てもらおうと思いまして」
「また妙なことを始めたな」
「始めたら、思ったより受けまして」
博之は仕組みを説明した。
客に竹串を渡す。
伊勢松坂屋では、普段は一人五十文で五本渡している。
話を聞き、面白かった者の壺に竹串を入れる。
集まった竹串の数に応じて、話した者へ銭を払う。
「値段は調整できます。二十文でも三十文でもよいですし、竹串一本あたりの値も変えられます」
城主は興味深そうに聞いていた。
「つまり、客が面白いと思った者に銭を流すわけか」
「はい。話し手の練習にもなりますし、聞く側の反応も分かります」
「で、何を話す」
「今回は五人連れてきました。大和、近江、堺、京都、尾張。それぞれを回った買い付け係です」
城主の目が少し細くなった
「買い付け係か」
「はい。ただ、先に申し上げておきます。間者を作るつもりではありません」
博之は少し真面目な顔になった。
「うちの者が見聞きしたことを、店の者や客に分かりやすく話す。それだけです。ただ、
情報として価値があることは、藤吉郎様にも指摘されました」
「ほう」
「なので、隠してやるより、先に見ていただいた方がよいと思いました」
城主は、しばらく博之を見てから笑った。
「お前、そういうところは妙に筋を通すな」
「風の噂で聞かれて怒られるのは、もう嫌なんです」
「信長公に学んだか」
「学びました」
座敷に笑いが起きた。
その後、話家会が始まった。
城主の家臣たちにも竹串が渡された。
今日は試しなので、銭は取らない。ただし、仕組みを知ってもらうため、五本ずつ持たせる。
まず一人目は、大和の葛の話をした。
葛を作る手間、水にさらす手間、奈良の寺社での扱われ方、上物と安物の違い。
最初は硬かった話し方が、家臣たちの反応で少しずつ柔らかくなる。
「葛一つで、そんなに手間がかかるのか」
「だから高いのか」
竹串がぽつぽつ入る。
二人目は近江の話だった。
信楽焼の土の強さ、六角方の商人の動き、道のぬかるみ、荷車がはまった時の失敗談。
家臣たちは、器の話よりも道の話に食いついた。
「その道は兵を通すにはどうだ」
「荷車でそこまで苦労するなら、雨の日は危ないな」
博之はすぐに言った。
「だから、そういう使い方をするつもりではないんです」
城主は笑った。
「分かっておる。だが、聞けば分かる」
三人目は堺。
堺の商人との値交渉、笑顔で刺してくるような値付け、珍しい品、銭の匂い。
これはかなり受けた。
「堺の商人は怖いな」
「伊勢松坂屋でも足元を見られるのか」
「見られます。かなり見られます」
座敷に笑いが起きる。
四人目は京都。
京都郊外で炊き出しをしている話、肉あん屋を一軒だけ中に入れた話、老舗の壁、寺社への筋の通し方。
家臣たちは、少し静かに聞いた。
京都の話は、やはり重みが違う。
五人目は尾張と熱田。
熱田神宮の門前に、肉あん、蜂蜜柚子茶、寝転び処、常設市を置いている話。瀬戸物の買い付け。
信長公にうなぎを出した時の話。
ここで、城主は大きく笑った。
「その話は聞いとるぞ。風の噂で聞かせるなと言われたやつやな」
「はい。もう二度と同じ失敗はしないつもりです」
五人の話が終わると、家臣たちは思った以上に真剣に竹串を入れていた。
笑えた話。
役に立つ話。
珍しい話。
それぞれ評価が違う。
城主は、その様子を見て腕を組んだ。
「これは面白いな」
「ありがとうございます」
「そして、怖いな」
博之は、少し黙った。
城主は続ける。
「話として面白い。家臣も聞きやすい。だが、同時に各地の道、物価、寺社、商人の空気が入ってくる。
これは使い方次第で、相当なものになる」
「そこは、分かっています」
「分かっておるならよい」
城主は茶を飲み、蜂蜜饅頭を一口食べた。
「それと、下世話な話はどうした」
博之は顔をしかめた。
「それは、先に申し上げておきます。男性向けに下世話な話の会も試したんですが、
女衆にしこたま怒られました」
城主は吹き出した。
「何をした」
「身内の話を笑いものにする者が出まして。泣いた女衆もいたので、今は掟を作っています。
人を傷つける話は禁止。誰か分かる噂話も禁止。下世話な話は時間と場所を分ける。そういう形です」
「それは大事やな」
「はい。面白いだけでは駄目だと、痛感しました」
城主は、少し満足そうに頷いた。
「飯も話も同じやな。出し方を間違えれば腹を壊す」
「藤吉郎様にも同じようなことを言われました」
「なら間違いない」
松坂での試しが終わると、博之は同じ形で伊勢の城主筋にも話家会を見せに行った。
伊勢の城主も、最初は「また博之が妙なことを始めた」と笑っていた。
だが、実際に聞き始めると、すぐに表情が変わった。
大和の葛。
近江の道。
京都の寺社。
堺の商人。
尾張の熱田。
それぞれの話が、ただの余興では終わらない。
家臣たちが竹串を入れながら、自然と質問する。
「その品は伊勢でも売れるか」
「その道は雨に弱いのか」
「京都の寺社は、伊勢松坂屋をどう見ている」
話家見習いは、緊張しながら答える。
伊勢の城主は、最後まで聞いてから、深く息を吐いた。
「面白い。そして怖い」
松坂の城主と、同じ感想だった。
「やはり、そう思われますか」
博之が言うと、伊勢の城主は頷いた。
「これは情報が飯のように出される場や。聞く者は楽しんでいるうちに、各地の事情を覚える。
話す者は、どの話が刺さるかを学ぶ。これは育てれば大きな力になる」
「間者にするつもりはありません」
「それは分かる。だが、力があるものは、使い方を考えねばならん」
「はい」
伊勢の城主は、蜂蜜饅頭を手に取り、少し笑った。
「しかし、茶と饅頭を出しながらこういう話を聞かせるとは、うまいな」
「重い飯だと、話が入りにくいと思いまして」
「そのあたりも商売人や」
「飯屋です」
「もう飯屋だけではあるまい」
博之は苦笑した。
伊勢の城主も、下世話な話の顛末を聞いて笑った。
「女衆に怒られたか」
「はい。かなり」
「それも必要なことや。男だけで盛り上がる笑いは、時に人を傷つける」
「本当にそうでした」
「ならば、話家会は続けよ。ただし、掟を持って続けよ」
「はい」
帰り道、博之は少し疲れた顔をしていた。
松坂の城主も、伊勢の城主も、同じことを言った
面白い。
そして怖い。
お花が横で言った。
「旦那様、やっぱりこれはちゃんと管理しないと駄目ですね」
「分かっとる」
ヨイチも頷いた。
「話家会は、余興であり、情報共有であり、教育でもあります。広げるなら、必ず掟が要ります」
「また掟か」
博之はため息をついた。
「うちは飯屋やったはずなんやけどな」
お花が静かに笑った。
「旦那様が、飯と一緒に話まで出すからです」
「それを言われると弱い」
ただ、それでも手応えはあった。
蜂蜜饅頭と茶。
竹串。
五人の話上手。
各地の見聞。
家臣たちの真剣な顔。
城主たちの警戒と感心。
話家会は、ただ笑わせるだけのものではない。
人を集め、情報を回し、土地と土地をつなぐものになる。
博之は、少しだけ怖くなった。
そして同時に、少しだけ面白くもなっていた。
「……ちゃんと育てるしかないな」
そう呟くと、お花が言った。
「人を傷つけないように、ですよ」
「分かってる」
「にやにやしない」
「してへん」
「少ししてました」
「難しいなあ」
三人はそう言いながら、伊勢松坂屋へ戻っていった。