作品タイトル不明
木下藤吉郎から文がきて嫌な予感がする。話家会の状況を見てこの危うさに気づいてしまう。信長に報告されるwww
木下藤吉郎秀吉から文が届いた時、博之は嫌な予感がした。
封を開ける前から、なんとなく分かる。
また、何か持ち込まれた。
「……また面倒ごとやろ」
博之がぼやくと、お花がすぐに言った。
「読む前からそういうことを言わないでください」
「でも、だいたい当たるやん」
「当たるから余計に言わないでください」
ヨイチが文を開き、読み上げた。
内容は、信長公のところで西瓜割りを試したという話だった。
博之が先に藤吉郎へ知らせておいた、西瓜割り。
尾張の西瓜を井戸水で冷やし、目隠しをして、子どもは三回、大人は十回、ぐるぐる回って棒で割る。
割れた者には景品を出す。伊勢松坂屋では、うなぎ二百文ただ券や海鮮焼き優先券などを出して、
思った以上に盛り上がった。
それを信長公が面白がったらしい。
「尾張の西瓜やから、尾張でもやるぞ、ということになったそうです」
ヨイチが読む。
「で?」
博之が警戒する。
「家臣の方々にやらせたところ、大いに盛り上がり、割った者に瀬戸物を褒美として
与えたとのことです」
「そこまではええ」
「さらに、殿が、今後は伊勢松坂屋のうなぎ屋のただ券も景品として使いたいと仰せになったそうです」
博之は、ゆっくり天井を見た。
「……ほらな」
お花がため息をつく。
「当たりましたね」
「うちのうなぎただ券を、勝手に景品にされるんか」
ヨイチは続けて読んだ。
「なお、その分の銭はこちらから出す。殿の顔を潰すようなことはできぬので、
何卒よろしく頼む、とのことです」
博之は少し黙った。
「金出すなら、まあ……」
「断りづらいですね」
「断ったら、信長公の顔を潰す形になるからな」
「藤吉郎様も、そこは分かっておられるようです」
博之は頭をかいた。
「うなぎただ券、何枚や」
「まずは十枚ほど見繕ってほしい、とあります」
「十枚か。まあ、信長公の景品ならしゃあないな」
「ただし、使える場所と日を区切りましょう」
ヨイチがすぐに言った。
「一度に来られると困ります」
「せやな。松坂、熱田、津島の指定日に限る。予約優先。うな重一つまで。うなぎ巻は別料金」
「細かいですね」
「そこは細かくせな、店が死ぬ」
こうして、うなぎただ券の件は、銭をもらうということで一応収まった。
だが、藤吉郎の文には続きがあった。
「ところで」
ヨイチが読み上げる。
「話家会とは、何でございますか、とあります」
博之は、今度こそ頭を抱えた。
「そこも拾われたか」
「文に書きましたからね」
「そうやけど」
数日後、藤吉郎が伊勢松坂屋を訪れた。
まずは、うなぎただ券の話を詰める。
藤吉郎は苦笑しながら言った。
「いや、旦那。こちらも困ったんですわ。殿が西瓜割りをえらく気に入られましてな」
「それはありがたいですけど、うちのただ券を景品にするのは、なかなか怖いです」
「もちろん銭は出します。そこはご安心を。殿の顔を潰すわけにはいきませんので」
「それを言われると、こちらも断れませんやん」
「だから先に銭の話をしているのです」
「商売うまいですね」
「旦那に言われると、妙な気持ちになりますな」
二人は苦笑した。
うなぎただ券については、ヨイチが細かく条件を書いた。
一枚につき、うな重一つ。
使用できる拠点は指定。
混雑時は予約優先。
うなぎ巻、湯浴み、二階席は別料金。
譲渡は一回まで。
藤吉郎はそれを見て、感心したように言った。
「かなり細かいですな」
ヨイチが即答する。
「ただ券は、放っておくと帳面を壊します」
「なるほど」
「信長公の景品なので丁重に扱いますが、店は店です」
「よう分かりました」
一通り話が済むと、藤吉郎はにやりと笑った。
「ところで、話家会とは何ですか」
博之は、少し嫌そうな顔をした。
「そこ、やっぱり聞きますか」
「文に書いてありましたからな。買い付け係が話をして、客が竹串を入れるとか」
「簡単に言うと、情報共有と余興です」
「ほう」
「買い付け隊が、いろんな国を回ってます。大和、奈良、京都、近江、堺、尾張、伊勢。
普通の従業員はなかなか聞けない話があるんです。それを座敷で話してもらう」
「客は?」
「一人五十文。竹串を五本渡します。面白かった話し手の壺に入れる。
その本数に応じて、うちが話し手に銭を払う」
藤吉郎は目を細めた。
「それ、見てもよろしいですか」
「今からですか」
「はい」
「五十文払います」
「いや、藤吉郎様から取るわけには」
「仕組みを見るには客として入った方が分かります」
博之は少し困ったが、結局、藤吉郎を小さな話家見習い会に案内した。
その日は、買い付け係が五人話す予定だった。
一人目は、大和の葛の話。
二人目は、奈良の寺社と市の話。
三人目は、京都郊外の炊き出しと肉あん屋の話。
四人目は、近江と六角家周辺の商いの話。
五人目は、堺の商人と値交渉の話。
藤吉郎は最初、面白半分で聞いていた。
だが、すぐに顔つきが変わった。
「大和では、葛の動きが増えている」
「奈良の寺社は、伊勢松坂屋の寄進を見ている」
「京都郊外では、伊勢の小物と瀬戸物が噂になり始めている」
「近江では、六角方の商人が道の状況を気にしている」
「堺では、伊勢松坂屋が銭払いのよい買い手として認識されつつある」
ただの余興ではない。
聞き方によっては、これは生きた情報だった。
話が終わると、藤吉郎は竹串を壺に入れながら、博之を見た。
「旦那」
「はい」
「これの危うさ、分かっておりますか」
博之は少し顔をしかめる。
「間者にするつもりはないですよ」
「それは分かっています」
藤吉郎は声を低くした。
「ですが、これは使い方次第です。買い付け係が見てきた土地の話を、人前で面白く話す。
聞く者は楽しみながら情報を得る。話し手は、どの話が受けるかを知る。
これは、ただの余興ではありません」
ヨイチも黙って聞いていた。
藤吉郎は続ける。
「殿が聞けば、喜ぶでしょう。いや、喜ぶだけでは済まぬかもしれません。
話し方の訓練にもなる。噂を広げることもできる。逆に、どこの話に人が食いつくかも分かる」
「だから、そういうことには使いませんって」
博之は慌てて言った。
「分かっています。旦那がそういうつもりでないことも、分かっています」
藤吉郎は少し笑った。
「ですが、旦那の作るものは、そういう使い道も生まれてしまうのです」
「怖いこと言わんといてください」
「怖いから言っております」
そこへ、お花が茶を持ってきた。
湯呑みを、どん、と藤吉郎の前に置く。
「藤吉郎様」
「はい」
「旦那様は、面白いことを考えると、すぐ広げます。しかもウケます。
だから、本当に気をつけてください」
藤吉郎は、思わず背筋を伸ばした。
「……お花殿にも怒られておるのですか」
「しこたま怒りました」
博之が小さく言う。
「下世話な話も受けたんですけど、女衆にめちゃくちゃ怒られまして」
藤吉郎は吹き出した。
「下世話な話までやったんですか」
「男衆には受けたんです」
「でしょうな」
「でも、身内を笑いものにするような話が出て、女衆が傷ついたので、今は掟を作ってます」
「それは直感的に危ういですな」
「はい」
お花が冷静に言った。
「面白ければ何でもいいわけではありません」
藤吉郎は深く頷いた。
「その通りです」
しばらく、三人は話家会の扱いについて話した。
情報共有としては強い。
余興としても強い。
買い付け係の訓練にもなる。
だが、野放しにすれば、噂、悪口、下世話、誰かを傷つける笑いに流れる。
さらに、信長の耳に入れば、政治や調略に使えないかと考えられる可能性もある。
博之は頭を抱えた。
「わし、飯屋なんですけど」
藤吉郎が笑う。
「飯屋だからこそ、人が集まるのです」
「それ、最近よく言われます」
「それに、話も飯と似ております。うまく出せば人を喜ばせる。雑に出せば腹を壊す」
お花が頷いた。
「いい例えですね」
「やめてください。説得力出るから」
博之はため息をついた。
最後に、藤吉郎は言った。
「今日の話は、殿には“伊勢松坂屋で、買い付け係が見聞を話す会がありました”とだけ伝えておきます」
「風の噂で聞いたとかではなく?」
「もちろん。たまたま見聞したこととして」
「それでお願いします。また“なぜ先に言わぬ”とか言われるの嫌なんで」
藤吉郎は苦笑した。
「穴子の件と合わせて、私から伝えておきます。旦那は新しい飯と、新しい話の場を試している、と」
「それ、もう十分大ごとに聞こえますけど」
「事実ですからな」
「事実が怖い」
藤吉郎は立ち上がった。
「うなぎただ券の件、よろしくお願いします。それと穴子、形になったら必ず知らせてください。
殿はおそらく食べたがります」
「でしょうね」
「話家会も、制度を整えたらまた見せてください」
「それもですか」
「面白いですから」
博之はがっくり肩を落とした。
「また仕事増えた」
お花が静かに言った。
「旦那様が増やしたんです」
「今回は藤吉郎様が持ってきたんちゃう?」
藤吉郎は笑って手を振った。
「私は見つけただけです」
「一番厄介なやつや」
そうして藤吉郎は帰っていった。
博之は、残された竹串を見ながら、しばらく黙っていた。
飯を作れば、人が集まる。
遊びを作れば、笑いが生まれる。
話の場を作れば、情報が流れる。
そのどれもが、思ったより大きな力を持っていた。
「……ほんま、気をつけなあかんな」
博之が呟くと、お花が頷いた。
「はい。旦那様が思っているより、旦那様の考えることは広がります」
「それ、褒めてる?」
「注意です」
「ですよね」
座敷の端で、夜市が静かに帳面に書き込んだ。
うなぎただ券、十枚。
話家会、要管理。
穴子、要報告。
博之はそれを見て、また頭を抱えた。
伊勢松坂屋の飯と話は、また尾張へ向かって広がり始めていた。