作品タイトル不明
松坂城主にも穴子の報告をする。博之の飯を食ってみんな機嫌がよくなるのはいいことや、祭りに金がかかるが西瓜1個で笑いを作るのはすごいwww伊勢神宮に挨拶行っとけ
松坂城主のところへ、博之はまた飯を持って行くことになった。
今回は、うなぎだけではない。
うな重とうなぎ巻。
それに加えて、穴子の白焼きと、穴子の天ぷらである。
九鬼水軍から「穴子もなんとかならんか」と無茶振りされ、試しに作ってみたところ、
思った以上に形になった。うなぎとは違う。脂と香ばしさで押すのではなく、
蒸してふっくらさせ、軽く焼く。さらに天ぷらにすると、衣とつゆをまとって、
丼にもできる強さがあった。
「また殿様に持って行くんですか」
お花が聞くと、博之はため息をついた。
「持って行かんかったら、あとで“なんで言わんのや”って言われるやろ」
「信長公で学びましたね」
「学んだわ。風の噂で聞かれるのが一番面倒や」
そうして博之は、松坂城へ向かった。
城主は、いつものように酒を用意して待っていた。
「来たか、大膳亮」
「その呼び方、まだ慣れません」
「飯の神にはちょうどええ官位やろ」
「茶化さないでください」
博之は苦笑しながら、まずうなぎを出した。
うなぎ巻を小皿に盛り、うな重を少し小さめに整える。城主は一口食べると、すぐに頷いた。
「うむ。うなぎは相変わらずうまいな」
「ありがとうございます」
「まだあるか」
「無茶振りですか」
「無茶振りではない。期待や」
「それが一番怖いんですけど」
城主は笑った。
博之は、次に穴子の白焼きを出した。
蒸してふっくらさせた穴子に、薄くタレを塗り、軽く炭火を当てたものだ。うなぎほど匂いで
押してくるわけではない。だが、身が柔らかく、酒の肴としてはかなり良い。
城主は、一切れつまんで口に入れた。
「……ほう」
「どうですか」
「これは、うなぎとは違うな」
「はい」
「うなぎは香ばしさと脂で来る。こっちは、ふわっとしておる。しっとりして、酒に合う」
「そこを狙いました」
「やるやないか」
続いて、穴子の天ぷらを出した。
本来なら、野菜天と合わせて丼にする予定だった。だが、今回はうなぎもある。
あまり量を増やすと、城主の腹にも重い。
「本当は丼にするんですけど、今日は天ぷらだけで」
「丼か」
城主の目が光る。
「穴子の半身をどんと乗せて、野菜の天ぷらと一緒に飯へ乗せます」
「お前、それを今日持って来んかったんか」
「うなぎもありますし、胃もたれしますよ」
「食いたい気持ちはあるが、確かに胃もたれするな」
城主は笑いながら、穴子天をつゆにくぐらせて食べた。
そして、黙った。
「……これは、うまい」
「ありがとうございます」
「衣がつゆを吸って、身が柔らかい。うなぎとは似たような長い魚やのに、食感も味も違う。
なかなか奥深いな」
「九鬼水軍の無茶振りに答えただけです」
「それでこれを作るのが、お前のおかしいところや」
「いやいや、私は料理人ではないので」
「まだ言うか」
城主は杯を置き、楽しそうに言った。
「これを松坂で食えるようになるのは、結構幸せなことやぞ」
「松坂でも出しますか」
「出せ。うなぎも穴子も、両方あるのは面白い」
「ただ、作れる人間を育てないと無理です。うなぎも穴子も、手順が面倒ですから」
「そこもまた、お前の仕事やな」
「仕事が増えるんですよ、それで」
博之は少し恨めしそうに言った。
「信長公にも、うなぎを振る舞いに行きましたけど、風の噂で聞くのが嫌やと言われたので、
今度は流しそうめんや西瓜割りや穴子のことまで、めちゃくちゃ丁寧に手紙をしたためたんです」
「ははは」
城主は声を上げて笑った。
「また一つあるやないか。尾張で仕事が増えるぞ」
「笑いごとじゃないです」
「いや、面白い。お前ほど、あちこちに飯で見つかる男も珍しい」
「見つかりたくて見つかってるわけじゃないんです」
「しかも飯を食わせると、相手が機嫌ようなる。ほんまに面白い力や」
城主は、穴子の天ぷらをもう一つ食べた。
「官位を授けた甲斐があったな」
「だから茶化さないでくださいって」
「茶化しておらん。半分くらいは本気や」
「半分なんですね」
博之は苦笑した。
少し話が落ち着いたところで、博之はぽつりと言った。
「最近、伊勢神宮の方にも全然挨拶に行けてないんですよね。バタバタしすぎて」
城主の顔が少し真面目になった。
「それは行っといた方がええぞ」
「やっぱりですか」
「伊勢神宮様様やからな。お前の格も、伊勢で筋を通しておるから通るところがある」
「分かってはいるんですけど」
「わしは近いから勝手に呼んでおるがな」
「それも、ちょっと気軽すぎると思うんですよね」
「飯の神やから、やんごとなき方同士の付き合いでええんちゃうか」
「いや、私はやんごとなくないです」
「従五位下、大膳亮やろ」
「それを言われると逃げ場がない」
城主はまた笑った。
博之は、少し真面目な顔で続けた。
「今、うなぎの有用性に気づいたので、職人を育てるのが結構大変なんです。松坂、伊勢、
津あたりで練習させてます。湯浴み付きの高めの席も作りましたけど、単価が高い分、
思ったより採算が取れてしまって」
「うまくいきすぎて困るか」
「そうなんです。なんか、飯の才が半端ないみたいなことになってきて、逆に困ってます」
「贅沢な悩みやな」
「いやいや、そんなことないですよ。一つ一つ丁寧にやらないと、砂上の楼閣です」
博之は首を振った。
「うなぎも穴子も、雑に増やしたら終わりです。高い飯は、高い理由が見えないと駄目です」
「そこは、お前のええところやな」
城主は、少し静かに言った。
「こうして飯を楽しめるのも、領地が落ち着いておるからや。みんなが働き、道が通り、米が回り、
人が戻る。そういう土台があってこそや」
「そうですね」
博之は頷いた。
「うまいものを食べると、やる気にもなりますし」
「だいたい、人はうまいもん食ったら機嫌がええ」
「それが伝染する感じですかね」
「うむ。それはある」
城主は満足そうに杯を傾けた。
「西瓜割りもそうやな。飯だけやなく、娯楽も大事や」
「そう思います」
「毎年毎年、大きな祭りばかりでは銭がかかりすぎる。だが、西瓜一つで笑いが取れるなら、
それはそれで面白い」
「目隠しして、ぐるぐる回って、右や左や言うだけですからね」
「それで人が笑うなら、安いもんや」
「ただ、景品にうなぎただ券を出すと、夜市に怒られます」
「ははは。帳面係は厳しいな」
「厳しいです」
博之は苦笑した。
座敷には、うなぎの甘い香りと、穴子天の油の香りが残っていた。
城主はそれを楽しむように、ゆっくり息を吸った。
「うなぎ、穴子、西瓜割り、瀬戸物、熱田、京都。お前の飯の道は、どこまで行くんやろうな」
「私にも分かりません」
「分からんまま進んどるのが、お前らしい」
「怖いこと言いますね」
「楽しみにしとるということや」
博之は少しだけ肩の力を抜いた。
松坂の殿様と、うまい飯を前にして、まったりと話す。
こういう時間は、悪くなかった。
むしろ、こういう時間があるから、また面倒なことにも向き合える。
城主は最後に、穴子天を一切れ指して言った。
「次は、ちゃんと穴子丼で持って来い」
博之は、深くため息をついた。
「結局、また無茶振りですやん」
「期待や」
「その言葉、ほんまに怖いです」
座敷に、また笑いが広がった。