軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

京都郊外の伊勢松坂屋。根を張りだしている中で官位の知らせ。一軒ずつ筋通しながら焦らずやりなはれ

京都郊外の拠点は、少しずつ形になり始めていた。

奈良、宇治、大津。

それぞれを京都の外側で結ぶように、伊勢松坂屋の荷は回っている。

大きな店を構えているわけではない。まずは炊き出しを行い、読み書きの場を作り、

余ったところで小物を並べる。

伊勢の小物。

信楽焼。

常滑焼。

瀬戸物の小皿。

干物。

手ぬぐい。

旅人向けの細々した品。

京都の中心ではない。あくまで郊外である。だが、それでも少しずつ噂になっていた。

「郊外に、いろんな国の品を売っとる変わった市があるらしい」

「飯も出るし、炊き出しもある」

「子どもに字を教えとる日もある」

そんな話が、寺社の者や商人の耳に入るようになっていた。

その日、京都郊外の寺で、和尚さんと伊勢松坂屋のまとめ役が向かい合って茶を飲んでいた。

「喜ばしいことですな」

和尚さんが静かに言った。

「炊き出しも、読み書きも、少しずつ根づいてきております。最初は“伊勢から来た飯屋”という

目で見られておりましたが、近頃は少し違いますな」

まとめ役は頭を下げた。

「ありがたいことです。まだまだ様子見の方も多いですが、少しずつ溶け込め始めている気はします」

「急がぬことです。京都は長い」

和尚さんは笑った。

「百年、二百年どころか、平安の頃から続く家もあります。そこへ急に来て、

伊勢松坂屋でございます、道を開けなされ、と言うても通りません」

「承知しております」

まとめ役は苦笑した。

「ただ、旦那様の方から連絡がありまして」

「博之殿から?」

「はい。北畠様の推挙もあり、従五位下、大膳亮の官位をいただいたとのことです」

和尚さんは、茶を飲む手を止めた。

「……伊勢の飯屋に、従五位下ですか」

「はい」

「なぜ、飯屋に官位が」

「そこは、話せば長くなります」

まとめ役は、少し困ったように笑った。

「もともと南伊勢を治めていたのが北畠家です。そして中勢には長野家がありました。

その長野家が北畠家に吸収される流れになったのですが、そのきっかけを作ったのが伊勢松坂屋でして」

「飯屋が、家の吸収に関わったのですか」

「直接、槍を持ったわけではありません。ただ、物流と銭の流れです」

まとめ役は、ゆっくり説明した。

「伊勢松坂屋は、長野家の財政に大きく関わるほど、飯場、荷運び、買い付け、炊き出しを

広げました。今では伊勢全域、尾張、伊賀、南近江、大和、摂津方面、それから京都郊外まで、

順繰りに荷が回っています」

和尚さんは目を細めた。

「それほどですか」

「大きな拠点だけでも三十ほど。細かい飯場や市、炊き出しの場所まで含めれば、

さらに増えます。従業員も数千人規模になっております」

「それは……飯屋というより、一つの国の血管ですな」

「旦那様は、今でも“うちは飯屋や”と言いますが」

まとめ役は苦笑した。

「実際には、飯と荷と銭を回す組織になってしまいました」

和尚さんは静かに頷く。

「なるほど。北畠様や伊勢神宮ともつながりがある」

「はい。伊勢神宮にも店を出しておりますし、寄進もしております。さらに直近では、

北伊勢で織田家との戦がありました」

「噂は聞いております」

「城の取り合いが大きくなり、難民が出ました。そこで伊勢松坂屋が炊き出しを行い、

逃げてきた者たちを食わせ続けました。すると、城下から人が消えて、戦どころではなくなりまして」

和尚さんは思わず笑った。

「飯で戦を止めた、という話ですな」

「はい。最終的に、伊勢松坂屋が間に立ち、一年の休戦をまとめる形になりました」

「それはまた、妙な戦果ですな」

「槍でも鉄砲でもなく、粥と味噌汁で止めたようなものです」

まとめ役も少し笑った。

「その北伊勢の勢力と、尾張の織田家との均衡を保つためにも、ただの飯屋ではなく、

一定の格が必要になった。そこで従五位下、大膳亮をいただいたと聞いております」

和尚さんは、しばらく黙っていた。

そして、ゆっくり息を吐いた。

「難しい話ですが、要するに、すごいということですな」

「かなり大雑把に言えば、そうなります」

「博之殿は、相変わらず妙なところへ行きますな」

「本人は、ただ飯を炊いていただけのつもりらしいです」

「その飯が、人を動かしたのでしょう」

和尚さんは茶碗を置いた。

「しかし、その官位を持って京に入るとなれば、話は少し変わります。ただの飯屋が

店を出すのとは違う」

「旦那様も、京都の中で一軒か二軒、何かできないかと考えているようです」

「できるとは思います」

和尚さんは慎重に言った。

「ですが、京都は敷居が高い。寺社関係、老舗、問屋、職人、菓子屋、茶屋、飯屋。

鬼のようにおります。中には平安の頃から続く顔もある。似たような店を出せば、弾かれます」

「やはり、難しいですか」

「難しいです。しかし、道はあります」

和尚さんは少し身を乗り出した。

「まずは、一軒。大きな飯屋ではなく、肉あん屋がよろしいでしょう」

「肉あん屋ですか」

「ええ。薄い皮で肉あんを包み、焼いて出すもと聞いております。あれなら、京都の老舗飯屋と

真正面からぶつかりにくい」

まとめ役は頷いた。

「単価も取りやすいです」

「そうです。京都の中は土地も高い。安い飯を大量に売る店は、場所代に負けます。

ならば、手軽だが少し珍しいもの。香りで人を止め、持ち帰りもできるものがよい」

「肉あんと蜂蜜柚子湯あたりでしょうか」

「よろしいですな。そこに、瀬戸物の小皿を少し置く。伊勢小物も置く。ただし、

あまり店先を欲張らぬことです」

和尚さんは穏やかに続けた。

「京都は、目立ちすぎると叩かれます。ですが、面白いものを小さく出せば、噂になります」

「旦那様に伝えます」

「それと、寺社への筋は必ず通すことです。炊き出し、読み書き、寄進。

この三つは、京都では特に大事になります」

「承知しました」

まとめ役は深く頭を下げた。

和尚さんは、少し笑った。

「それにしても、伊勢の飯屋が官位を得て、京都で肉あん屋を出す相談をしておるとは」

「私も、時々よく分からなくなります」

「それでよいのです」

和尚さんは、郊外の市の方を見た。

小物を眺める者。

粥を受け取る者。

子どもに字を教える伊勢松坂屋の若い者。

奈良、宇治、大津、伊勢、尾張。

いろんな土地の匂いが、京都の外側に少しずつ混ざり始めていた。

「焦らず、まずは郊外で根を張ることです」

和尚さんは言った。

「京の中へ入るのは、その後でも遅くありません」

まとめ役は頷いた。

「はい。まずは一軒、肉あん屋から。旦那様にそう伝えます」

京都の町は、まだ遠い。

だが、伊勢松坂屋の飯と荷の道は、もうその外側まで届いていた。