軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

松坂でゴロゴロしながらうなぎの焼ける人間をどんどん増やさなあかんと博之。特に伊賀の山間部

松坂の店で、博之は畳の上にごろごろ転がっていた。

帳簿は一段落した。熱田と瀬戸の様子も見た。信長公にうなぎも食べてもらった。

そのうえで、今いちばん手応えがあるのは、やはりうなぎだった。

「……うなぎ、受けてるな」

博之がぽつりと言うと、ヨイチが帳面をめくりながら頷いた。

「受けています。松坂でも、郊外の市でも、木水軍でも反応がいいです。信長公にも

食べていただきましたし」

「食えんことはない、やったけどな」

「かなり食べておられたので、問題ないかと」

お花が笑った。

博之は天井を見上げたまま、少し考え込む。

「なら、うなぎを作れるやつを増やさなあかんな」

「料理人の育成ですか」

「そう。特に伊賀とか、山間の方や」

「伊賀でうなぎですか」

「川魚が取れるやろ。海がないところでは、マグロも海鮮焼きも難しい。

魚のすり身も、海が近いところほど強い。けど、川筋ならうなぎは可能性ある」

夜市が帳面に書き込む。

「伊賀、山間部、川筋。うなぎ料理の候補地」

「まあ、どれだけ取れるかは見なあかんけどな」

博之は起き上がった。

「松坂や熱田みたいに、一階と二階を作って、湯浴みして、うな重食って、

昼寝して、みたいな形を全部の拠点でやる必要があるかと言われたら、正直あんまない」

「では、やらないんですか」

「いや、作ってもええかなと思ってる」

ヨイチの筆が止まる。

「今、必要ないと言いましたよね」

「必要はない。でも作ったら、他に仕事が回るやろ」

「建物を作る大工、畳、布団、湯浴み場、薪、湯を沸かす人、掃除する人。確かに仕事は増えますが」

「うち、金余ってるし」

ヨイチが深いため息をついた。

「旦那様、“金余ってる”で全部解決しようとしていませんか」

「実際、ある程度は解決するやろ」

「帳面を預かる身としては、あまり聞きたくない言葉です」

「でも、今は銭を寝かせるより、回した方がええと思うねん」

博之は真面目な顔になった。

「郊外に少し立派な湯浴みとうなぎの場所がある。それだけで人が来る理由になる。

誰でも毎日入る場所やなくてええ。少し高めで、たまの贅沢として使う場所や」

お花が頷いた。

「熱田の半日贅沢コースの、小さい形ですね」

「そうや。旅籠ではない。けど、休める。湯に入れる。うなぎを食える。少し横になれる。

そういう場所を、伊賀や郊外にも置けるかもしれん」

「高単価向けですか」

「そう。誰でも入れる安い店とは別や。うなぎは手間がかかる。ぬめりを取って、

開いて、骨を抜いて、軽く焼いて、蒸して、また焼いて、タレを塗る。安く雑に売ったらあかん」

博之は指を折りながら言った。

「まず、下ごしらえで骨をなくす」

「はい」

「軽く焼いて、蒸す」

「はい」

「もう一度焼きながら、タレをしっかり塗る」

「はい」

「ここを外さなければ、大外れはせんと思う」

ヨイチが少し考える。

「問題は、技術のむらですね」

「そこや」

博之は頷いた。

「うなぎは豚汁と違って、誰がやっても同じにはなりにくい。だから、

タレの配分は紙に書く。醤油、酒、砂糖、煮詰める具合。焼く時間、蒸す時間も、

だいたいの目安を書く」

「料理の目録ですね」

「そう。あと、定期的に研修をする」

「研修?」

「うなぎのお披露目会みたいな宴会をやる。料理人を呼んで、実際に捌かせて、焼かせる。

みんなで食べる。うまい、硬い、焦げてる、タレが薄い。そういうのを言い合う」

お花が笑った。

「宴会と言いながら、料理番の稽古ですね」

「そうや。食べる機会を作らんと、うなぎの良し悪しも分からん」

「客向けにもできますね」

「できる。お披露目会として少人数に出す。評判を聞く。値段を変える。拠点ごとの味を整える」

ヨイチは帳面に書いていく。

「うなぎ技術者育成。タレ配分の紙。焼き、蒸し、再焼きの手順。定期的な研修会。

少人数のお披露目会」

「それでええ」

博之はまた畳に寝転がった。

「値段の調整はいるやろうけど、一本売り上げが立つならええ。しかも高単価や。

そこで出た銭が、拠点の寄進や炊き出しに回る」

「そこは伝えるべきですね」

ヨイチが言った。

「高い飯をただ高く売るのではなく、そこから寺社への寄進や、炊き出しに回す。

そう言えれば、地元にも受け入れられやすいです」

「そうや。うなぎ屋が儲けるだけやと反感を買う。でも、“ここで少し贅沢してもらった分が、

子どもの飯や寺への寄進に回ります”なら、筋が通る」

お花が少し首を傾げる。

「でも、うちは別にうなぎ屋ではないですよね」

「そこなんよ」

博之は苦笑した。

「うちはもともと豚汁屋や。豚汁と飯から始まったんや。なのに、海鮮焼き、マグロ汁、

すり身、うな重、う巻、湯浴み、昼寝、瀬戸物、常設市。どんどん離れていく」

「旦那様が勝手に増やすからですよ」

「それを言われると弱い」

「事実です」

ヨイチも静かに頷いた。

「ただ、広がり方としては筋があります」

「筋あるか?」

「あります。海沿いではマグロやすり身、海鮮焼き。川筋や山間ではうなぎ。

門前では湯浴みや市。瀬戸では器。土地ごとに合うものを増やしているだけです」

博之は少し黙った。

「そう言われると、多少ましに聞こえるな」

「実際、ましです」

「でも、これ以上増やしてもどうしようもないねんけどな」

博之はぼやいた。

「人も育てなあかん。建物も作らなあかん。湯浴みも掃除もいる。うなぎも数が読めん。

タレも標準化せなあかん。もう手いっぱいや」

お花が、にこりと笑った。

「でも、旦那様はまだ何かやると思いますよ」

「やらん」

「絶対やります」

「やらんって」

「この前もそう言って、西瓜割りを始めました」

「それは遊びや」

「うなぎも最初は試しでした」

「それは飯や」

「瀬戸物も最初は買い物でした」

「それは器や」

ヨイチが小さく笑った。

「旦那様の“試し”と“遊び”と“ついで”は、だいたい新規事業になります」

「嫌な言い方やな」

「帳面上は事実です」

博之は、天井を見ながら深く息を吐いた。

それでも、頭の中ではもう次の形が浮かび始めていた。

伊賀の川筋。

小さな湯浴み。

少人数のうなぎ会。

川魚を焼く匂い。

山間の人が、たまの贅沢として食べるうな重。

その銭が、寺への寄進や炊き出しに回る。

悪くない。

悪くないが、また仕事が増える。

「……とりあえず、うなぎを捌けるやつを五人増やすか」

お花が笑った。

「ほら、もう始めてます」

「これは必要なことや」

夜市が帳面に書き込む。

「うなぎ職人育成、第一期。松坂、伊賀、熱田候補」

「第一期とか書くな。大ごとになる」

「もうなっています」

博之は言い返せず、畳の上でごろりと寝返りを打った。

「ほんま、豚汁屋やったはずなんやけどなあ」

お花が湯呑みを置きながら言った。

「でも旦那様。みんな、旦那様の豚汁から始まったから、今のうなぎも食べに来るんです」

その言葉に、博之は少しだけ黙った。

そして、小さく笑った。

「……そういうことにしとこか」

松坂の昼下がり。

店の奥では、うなぎのタレを煮詰める甘い匂いがしていた。

また一つ、伊勢松坂屋の飯の道が、川筋へ伸びようとしていた。