軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

熱田神宮の様子を見る。大当たりこそないが芽は出ている。神職とも話しうなぎ屋の準備をする。一路瀬戸へ

信長公のもとへうなぎを持って行ったついでに、博之は尾張の様子も見て回ることにした。

せっかく津島まで来ている。

熱田も近い。

瀬戸にも寄れる。

ならば、ただうなぎを焼いて帰るだけではもったいない。

「ついでや。津島、熱田、瀬戸を見て帰ろう」

博之がそう言うと、お花が少し呆れた顔をした。

「旦那様の“ついで”は、だいたい仕事が増えます」

「せっかく来たんや。見とかんと分からんやろ」

「それはそうですが」

「信長公にうなぎは食べてもろた。思ったより受けた。なら、熱田でどう使えるか、

ちゃんと見なあかん」

そうして一行は、まず熱田神宮へ向かった。

熱田の門前には、伊勢松坂屋が試しに置いた小さな店がいくつか動き始めていた。

まず目についたのは、肉あんの店だった。

薄く伸ばした皮に、細かく刻んだ肉と野菜を包み、焼く。

焼き目のついた皮からは、肉の脂と香ばしい匂いが立つ。

小さく包んでおり信楽焼の上に置くので、参拝客や旅人にも珍しいものとして映える。

「これは悪くないな」

博之は少し離れて、客の流れを見た。

大きく儲かっているわけではない。

だが、足を止める者はいる。

特に、若い男や子ども連れには受けがよかった。焼いている匂いが強い。

腹が減っていなくても、ついつい食べたくなる。

「肉あんは、匂いで止められますね」

お花が言った。

「そうやな。熱田は伊勢みたいに、どっしり座って茶を飲む空気がまだ弱い。

まずは軽く食えるもん、匂いで寄せるもんがええ」

「焼いてるところを見せられるのも強いですね」

「せや。飯というより、つまみやな。軽く食えるし、酒にも合う」

その横では、蜂蜜柚子湯も出していた。

甘く、香りがよく、少し贅沢な湯である。暑い日には少し冷ましたものを、

涼しい日には温かいものを出す。参拝帰りに、口を潤すにはちょうどよかった。

「蜂蜜柚子茶は、女の人と年寄りに受けてますね」

「お花さんの案やな」

「旦那様が勝手に広げたんです」

「ええもんは広げる」

博之はそう言って笑った。

一方で、寝転び処は、まだ客が少なかった。

畳を敷き、少し高めの料金を取って、旅人や参拝客が足を伸ばせるようにした場所である。

だが、熱田の客はまだ、それに慣れていない。

「高めやから、まあ最初はこんなもんかな」

博之は中を覗きながら言った。

「空きが多いですね」

「ええねん。余った飯や茶は、まかないに回すか、炊き出しに回せばええ。

寝転び処も、いきなり埋まるとは思ってへん」

「では、失敗ではないと」

「失敗ではない。まだ“知られてない”だけや」

熱田の門前は、伊勢神宮前とは違う。

伊勢のように、最初から人が押し寄せ、財布の紐が勝手に緩むような場所ではない。

ここでは、まず知ってもらう必要がある。

肉あんがある。

蜂蜜柚子湯がある。

少し休める場所がある。

小さな市もある。

そういうことを、少しずつ覚えてもらう段階だった。

常設の市も、まだ大きく売れているわけではなかった。

信楽焼の小皿。

常滑焼の小壺。

伊勢の小物。

少しばかりの干物。

旅人向けの紐や手ぬぐい。

買う者より、見る者の方が多い。

だが、博之はそれを悪いとは思わなかった。

「まあまあ見てるな」

「買ってはいませんが」

ヨイチが帳面を見ながら言う。

「最初は見るだけでええ。見て、次に来た時に買う。誰かに話して、別の人が来る。

常設市は、一日二日でどうこうするもんやない」

「ぼちぼち、ですか」

「ぼちぼちやな」

博之は頷いた。

「そんな一朝一夕ではうまくいかん」

熱田神宮の神職たちとも、改めて挨拶をした。

神職たちは、まだ慎重だった。

だが、以前より少し表情は柔らかい。

伊勢松坂屋がいきなり大きく荒らすのではなく、肉あん、蜂蜜柚子湯、市、休み場を少しずつ置き、

売上の一部を寄進に回そうとしていることは、見えていた。

「しばらくは、このまま様子を見ながらでよろしいでしょう」

年配の神職が言った。

博之は深く頭を下げる。

「はい。熱田は熱田として、大事に扱わせていただきます」

「伊勢の真似ではなく、熱田らしい形を探すと」

「そのつもりです」

「ならば、急がずに」

「はい」

急ぎたいのは山々だった。

信長公は東美濃のことで苛立っている。

銭も米も足りない。

熱田で銭の流れを作れれば、少しは尾張の助けになる。

だが、建物も人も、言えば勝手に生えてくるわけではない。

特に、うなぎの店は本気で作る必要があった。

信長公に出したうな重とうなぎ巻は、明らかに受けた。

「松坂の方で、開いたうなぎが評判になっているそうですね」

神職の一人が言った。

「はい。まだ味を調整中ですが、手応えはあります」

「熱田でも出すのですか」

「出します」

博之は即答した。

「ただ、ちゃんとした場所を作ります。一階はうなぎを食べる場。二階は、

少し高めの客がゆっくりできる座敷にしたい」

「二階ですか」

「はい。湯浴みをして、参拝して、うな重とう巻を食べて、少し休む。

熱田で半日を過ごす形を作りたいのです」

神職は少し考え込んだ。

「湯浴みは、清めという筋が通りますな」

「そこを大事にします。従業員用とは別に、お客さん用の高めの湯浴み場も作るつもりです」

「かなり大きな話になりますな」

「はい。ですので、すぐにはできません」

博之は苦笑した。

「銭を積めば、翌朝に建物が立つわけではありません。人を集め、木材を集め、

湯を沸かす仕組みを作り、女衆や料理人も育てなければならない」

「急がば回れ、ですな」

「まさにそれです」

神職との話を終えた後、博之は熱田の門前をもう一度見た。

肉あんの店では、焼き上がりを待つ客が何人か並んでいる。

蜂蜜柚子湯の前では、年配の女が湯呑みを手にしている。

寝転び処はまだ空きが多い。

常設市では、瀬戸物の小皿を手に取って見比べる男がいる。

大成功ではない。

だが、完全な失敗でもない。

小さく芽が出ている。

そんな感じだった。

「まあ、こんなもんやな」

博之はぽつりと言った。

「不満ですか」

お花が聞く。

「いや。むしろ安心した」

「安心?」

「いきなり大当たりしたら、それはそれで怖い。今ぐらいなら直せる。客の流れも見える。

何が足りんかも分かる」

「足りないものは?」

「まず、座る理由やな。肉あんと茶だけやと、立ち止まる時間が短い。

うなぎ屋ができたら変わると思う」

「湯浴みもですか」

「そう。湯浴みとうなぎができたら、熱田で半日過ごす理由になる」

ヨイチが帳面に書き込む。

「熱田、現状。肉あん、蜂蜜柚子湯は小当たり。寝転び処は低調。常設市は見物多く、

購買少なめ。うなぎ屋と湯浴み場が今後の柱」

「そんな感じやな」

「瀬戸物は?」

「このあと仕入れて帰る」

博之は瀬戸の方角を見た。

「小皿と湯呑みは、熱田にも松坂にも使える。信長公にも見せられる。あれは仕入れておきたい」

「では、瀬戸へ」

「行こう」

こうして博之たちは、熱田を後にした。

信長公にうなぎを食べさせた。

熱田の現場を見た。

肉あんと蜂蜜柚子茶は、まずまず。

寝転び処と常設市は、まだこれから。

うなぎ屋と湯浴み場は、時間をかけて本格的に作る。

焦ることはできない。

だが、止まるわけにもいかない。

博之は歩きながら、次に作る建物の形、湯浴み場の位置、うなぎを焼く煙の流れ、

そして瀬戸で仕入れる小皿の数を考えていた。

「……また銭が出ていくな」

お花が横で言う。

「旦那様、顔が楽しそうですよ」

「怖いだけや」

「本当ですか」

博之は答えず、少しだけ笑った。

熱田の形は、まだぼんやりしている。

けれど、少しずつ見え始めていた。

そしてその足で、一行は瀬戸物を仕入れるため、瀬戸へ向かった。