軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

木下秀吉伝手で織田信長の手紙を受け取った博之がうな重とうなぎ巻を披露しに尾張の城まで行く

数日後、博之は津島まで向かった。

木下藤吉郎秀吉から届いた文には、信長公がうなぎの噂を聞いていること、

そして「なぜ風の噂でしか聞こえてこぬのか」と、少々機嫌を悪くしていることが書かれていた。

博之は文を読んで、しばらく黙った。

「……いや、私ら別に友達ちゃいますやん」

お花が横で言う。

「でも、信長公ですから」

「分かっとるけどもやな。なんで松坂でうなぎ試してたら、尾張から呼び出されるんや」

ヨイチは冷静に答えた。

「熱田の名物として考えているなら、織田様にも関係あります」

「正論やめてくれ」

とはいえ、無視するわけにはいかない。

博之は藤吉郎へ返事を書かせた。

津島でうなぎを調達すること。

調味料、米、卵、料理人を持っていくこと。

できれば信長公の城で、庭先でもよいので火を使える調理場を貸してほしいこと。

うなぎは焼き立てでなければ、よさが伝わらない。

そう書いて送った。

しばらくして、藤吉郎から返事が来た。

「調理場は用意する。殿の機嫌は、うなぎ次第かもしれぬ」

それを読んだ博之は、深いため息をついた。

「飯屋か、わしは」

「飯屋です」

お花が即答した。

「そうやけど、そういう意味やない」

津島で、うなぎを数匹集めた。

桶の中でぬるぬると暴れるうなぎを見て、料理人たちはすでに真剣な顔をしている。

松坂で何度か試しているとはいえ、相手は信長公である。失敗はできない。

博之は、醤油、酒、砂糖、卵、米、刷毛、串、包丁、まな板、蒸し器代わりの道具まで確認した。

「まだ味は調整中や。けど、焼き立てならなんとかなる」

「旦那様、なんとかでは困ります」

「分かっとる」

そうして一行は、信長のもとへ向かった。

城に着くと、藤吉郎が出迎えた。

「よう来てくださった」

「いや、呼ばれたから来たんですけど」

「殿は少々ご機嫌斜めでして」

「うなぎのせいですか」

「うなぎのせいだけではございません」

藤吉郎は小声で言った。

「東美濃が、思うように進んでおりませぬ。小競り合いは続く。米も銭も要る。

寺社への寄進も、炊き出しも、やればやるほど出ていく。殿は早く形にしたいのですが、

美濃の斎藤はまだまだ強い」

「そら、一日二日で銭が湧くわけないでしょう」

「それは私も申し上げております」

藤吉郎は苦笑した。

「ですので、まずはうなぎを食べていただき、少し機嫌を直していただきたい。

その上で、熱田の状況もお聞かせいただければ」

「完全に飯で機嫌取る流れやないですか」

「飯の力は大きいですから」

「便利に使われとるなあ」

博之はぼやきながらも、庭先の一角に用意された火場へ向かった。

信長は少し離れた場所に座っていた。

腕を組み、不機嫌そうな顔をしている。

「博之」

「はっ」

博之は頭を下げた。

「松坂でうなぎがうまいという噂だけが聞こえてくる。熱田の名物を作ると言うておきながら、

わしには風の噂か」

「申し訳ございません。まだ調整中でして」

「調整中でも、うまいなら食わせよ」

「……はい」

博之は、それ以上言い訳しなかった。

「ただ、これは見ていただいた方が早いと思います」

「見て?」

「はい。うなぎは、ただ煮るだけでは名物になりにくいと思っております」

博之は、料理人たちに合図した。

桶からうなぎを取り出し、水でぬめりを落とす。

板の上に置き、頭を押さえ、切りを打つ。

包丁を入れ、骨に沿って開く。

見ていた家臣の一人が、思わず顔をしかめた。

「うなぎを開くのか」

「はい。骨があると食いにくいので」

博之は淡々と説明した。

「うなぎは、ぶつ切りにして煮ても食えます。まずいわけではありません。

ただ、骨が気になります。子どもや年寄り、旅人には食いにくい。名物にするなら、

食べやすさも大事です」

信長は黙って見ていた。

開いたうなぎから骨を外し、串を打つ。

まず炭火で軽く焼く。

脂が落ち、じゅう、と音がする。

それを一度蒸す。

蒸した身を、もう一度炭火に戻す。

そこへ、酒と醤油と砂糖を煮詰めた甘辛いタレを、刷毛で塗る。

じゅっ。

一気に香りが立った。

庭先に、甘い匂いと魚の脂の焼ける匂いが広がる。

五匹、六匹とまとめて焼けば、香りはさらに強くなる。

家臣たちが、明らかにそわそわし始めた。

「……これは、ええ匂いやな」

「腹が減る」

「ほんまに、あのうなぎか」

信長も、少しだけ眉を動かした。

「面倒なことをする」

「面倒な分、食べやすくなります」

博之はそう言いながら、焼き上がったうなぎを飯に乗せた。

重箱の底に飯を敷き、少しうなぎを忍ばせる。

さらに飯を重ね、上に艶のあるうなぎを乗せる。

最後にタレを少しかける。

別に、出汁を入れた卵でうなぎを巻いたう巻も作った。

「こちらが、うな重。こちらが、うなぎ巻です」

信長の前に出すと、座の空気が変わった。

信長はまず、うなぎ巻を一口食べた。

しばらく黙る。

「……酒に合うな」

「卵で少し軽くしております。うなぎだけですと濃いので」

次に、うな重に箸を入れる。

飯とうなぎを一緒に口へ運ぶ。

信長はまた黙った。

そして、何事もなかったように二口目を食べた。

三口目。

四口目。

かなり早い。

藤吉郎が横で少し笑いをこらえている。

やがて、信長の箸が止まった。

「……下にも、うなぎがあるぞ」

「はい」

「おい」

「贅沢感を出したくて」

信長は、少しだけ目を輝かせた。

「これは、食うていて嬉しいな」

「ありがとうございます」

だが、すぐに顔を戻す。

「まあ、食えんことはない」

家臣たちは黙った。

藤吉郎も黙った。

博之は心の中で思った。

かなり食ってますやん。

信長は、残りのうな重をさっと食べ終えた。

「それで、熱田ではこれをどうする」

「はい」

博之は姿勢を正した。

「一階では、普通にうなぎを食べられる場を作ります。うな重とうなぎ巻を出します。

ただし数は絞ります。うなぎは扱いが難しいので、雑に増やすと味が落ちます」

「二階は?」

「二階は、少し高めの客向けです」

「妙な噂が入っておるぞ。湯に入って、うなぎを食って、寝るとか」

「はい。その通りです」

信長が眉を上げる。

博之は説明を続けた。

「まず湯浴みをして、体を清めます。その後、熱田神宮へお参りします。戻って、

二階の座敷でうな重とう巻を食べます。腹が満ちたら、布団で少し昼寝をする。

起きたら茶を飲み、隣の常設市を見て、土産を買って帰る」

「半日遊ばせるわけか」

「はい。熱田神宮で半日過ごす形を作ります」

信長は少し面白そうに笑った。

「伊勢神宮の真似ではないな」

「はい。伊勢は伊勢です。熱田では、熱田らしい楽しみ方を作るしかありません」

「湯浴み、参拝、飯、昼寝、市か」

「はい。気分がよくなったところで市を見てもらえば、瀬戸物、常滑焼、伊勢小物、

布団なども買ってもらいやすくなります」

「商売人やな」

「飯屋です」

「同じようなものだ」

信長は笑った。

その時、横にいた家臣が、少し冗談めかして言った。

「しかし、若い男女が二階で不心得なことを始めたら、どうされるのです」

博之は即答した。

「布団買い取りと出禁です」

座が一瞬静まり、それから笑いが起きた。

信長も笑った。

「布団買い取りか」

「はい。うちは宿屋でも色町でもありません。熱田参りの休憩所ですので」

「実際におるのか、そういう者は」

「残念ながら、まだおりません」

「残念ながら?」

藤吉郎が突っ込んだ。

博之は少し咳払いした。

「いや、言葉のあやです。うちの女衆が、若い男女を渋い目で見ていますので、

今のところ問題は起きておりません」

「渋い目で?」

「はい。かなり厳しいです。ただ、昼寝の後は、夫婦や男女が少し仲睦まじくなって

降りてくることはあります」

信長は楽しそうに聞いている。

「ほう」

「ですので、今のところは問題ありません。ただ、いつかは何か始まるかもしれへんなと思って、

少しそわそわはしています」

「そわそわしておるのか」

「はい」

座がまた笑いに包まれた。

信長は笑いながら、残っていたうなぎ巻をつまんだ。

「博之」

「はい」

「美濃は、まだすぐには取れん」

急に話が戻った。

博之は黙って頭を下げた。

「銭も米も足らん。だが、熱田でこういう流れが作れるなら、尾張の銭は少しずつ動く。人も動く」

「はい」

「飯で人を寄せ、市で銭を落とさせ、寄進で筋を通す。悪くない」

「ありがとうございます」

「ただし」

信長は、うな重の空になった器を見た。

「次から、うまいものを作ったら、風の噂で聞かせるな」

博之は深く頭を下げた。

「承知しました」

藤吉郎が横で笑う。

「殿は、たいそうお気に召されたようで」

信長はすぐに言った。

「食えんことはないと言うた」

「かなり召し上がっておられました」

「黙れ」

また笑いが起きた。

博之は、少しだけ肩の力を抜いた。

東美濃の状況は重い。

銭も米も足りない。

信長の苛立ちも消えたわけではない。

だが、少なくとも今この場では、うなぎの香りと笑いが、少しだけ空気を柔らかくしていた。

博之は心の中でつぶやいた。

やっぱり飯は、強いな。

そして同時に思った。

また、面倒なことになりそうやな。