作品タイトル不明
蟹江の復興。博之の助言通り伊勢松坂屋と一緒に復興の炊き出しをし認められ始めるも北伊勢連合は足踏み。どうするかwww
蟹江城の周辺では、まだ戦の傷が残っていた。
焼けた家。崩れた塀。荒れた畑。戻ってこない者。戻ってきても、どこから手をつければ
いいか分からない者。
蟹江は、まだ立ち直ったとは言えなかった。
ただ、それでも少しずつ人は戻り始めていた。
きっかけは、伊勢松坂屋の炊き出しだった。
最初は、伊勢松坂屋の者たちが中心になっていた。米を洗い、粥を炊き、味噌汁を作り、
子どもや年寄りに先に配る。働ける者には、片付けや荷運びを手伝わせ、少しばかりの手間賃も渡す。
だが、最近はそこに蟹江の国人衆や一向宗の者たちも加わるようになっていた。
慣れた手つきではない。
米の量を間違える者がいる。
薪の組み方が悪く、火がうまく回らない者がいる。
椀の配り方がぎこちなく、子どもを待たせてしまう者もいる。
それでも、彼らは一緒に立っていた。
伊勢松坂屋の若い者に教わりながら、汗をかき、煤をつけ、粥をよそい、湯を配る。
それを見た蟹江の者たちの目は、少しずつ変わり始めていた。
「国人様らも、やっとるんやな」
「一向宗の衆も、今日は味噌汁を配っとった」
「慣れてへんけど、逃げてへん」
そんな声が、炊き出しの列のあちこちで聞こえるようになった。
蟹江の国人衆の一人は、湯気の立つ鍋の前で、ぎこちなく杓子を動かしていた。
「これで、量は足りるんか」
伊勢松坂屋の料理番が横から覗く。
「もう少し水を足しましょう。今日は子どもが多いです」
「水を足したら薄くならんか」
「味噌を少し足します。けど、濃すぎると年寄りがつらいです」
「……飯一つでも難しいな」
国人衆の男は、苦笑した。
少し離れたところでは、一向宗の者が子どもたちに椀を配っていた。
「熱いから、ゆっくり食べなさい」
声は優しいが、手つきは硬い。
椀を受け取った子どもが、少し不思議そうに見上げる。
「おっちゃん、今日はお寺の人も配るん?」
「そうや。今日は一緒や」
「また明日も?」
一向宗の者は、一瞬言葉に詰まった。
それから、小さく笑った。
「できるだけ来る」
そのやり取りを、近くの母親が黙って見ていた。
そして、少し頭を下げた。
「ありがとうございます」
その一言に、一向宗の者は少し照れたように目を伏せた。
遠くからそれを見ていた別の国人衆の男が、低く言った。
「……見られとるな」
隣にいた一向宗の年配者が頷く。
「ええ。炊き出しは、思った以上に見られます」
「戦の話や、城の話では、人はなかなか信じん。けど、こうして飯を配ると、顔を見られる」
「腹を空かせた者には、言葉より椀ですからな」
「まったくや」
男は、炊き出しの列を見た。
伊勢松坂屋の者たちは、手際がよい。
国人衆や一向宗の者たちは、まだぎこちない。
だが、そのぎこちなさが、かえって蟹江の者たちには伝わっていた。
慣れていない者が、慣れないなりにやっている。
偉そうに命じるのではなく、同じ場所に立っている。
復興のために、少なくとも逃げずに汗をかいている。
その姿は、少しずつ評価され始めていた。
「伊勢松坂屋だけに任せきりでは、蟹江の者の顔が立たん」
国人衆の男が言った。
「ええ」
「かといって、我らだけでは回せん」
「だから一緒にやる」
「そういうことやな」
一方で、問題が消えたわけではなかった。
北勢の国人衆や一向宗のまとまりは、相変わらず難航していた。
蟹江を支援する話を持ち出しても、各地の反応は鈍い。
どこも余裕がない。
米が足りない。
人が足りない。
銭が足りない。
織田に睨まれたくない。
伊勢松坂屋と近づきすぎるのも怖い。
それでも蟹江を見捨てれば、次は自分たちが孤立するかもしれない。
皆、それは分かっている。
分かってはいるが、誰も先に大きく動こうとはしなかった。
さらに、誰が上に立つのかという問題もある。
国人衆には国人衆の意地がある。
一向宗には一向宗の筋がある。
寺もあり、門徒もいる。
誰の名で銭を集めるのか。
誰が織田と話すのか。
誰が伊勢松坂屋とつなぐのか。
誰かが得をするのではないか。
そんな探り合いが、話を前に進ませなかった。
「このままじゃ、埒が明かんな」
国人衆の男は、苦い顔で言った。
「蟹江は今、炊き出しでどうにか息をしている。けど、これがずっと続くわけではない」
一向宗の者も頷く。
「飯は命をつなぎます。けれど、城を守る力にはなりません」
「そうや」
「人が戻り、田畑が戻り、商いが戻り、初めて蟹江は立ち直ります」
「それまでに、また攻められたら終わりや」
二人は黙った。
織田の動きは速い。
一度目をつけられれば、次はいつ来るか分からない。
今は、伊勢松坂屋が間に入り、飯を出し、商いを少しずつ戻し、人をつなぎとめている。
蟹江の国人衆や一向宗も、ようやく炊き出しに立ち始めた。
それは大事な一歩だった。
だが、それだけで蟹江が守れるわけではない。
「織田に飲まれる道も、考えなあかんのかもしれんな」
国人衆の男が、ぽつりと言った。
一向宗の者が顔を上げる。
「飲まれる、ですか」
「縁の者を娶る。養子を入れる。織田の重臣筋とつながる。そうやって、
蟹江を完全に潰されん形に持っていく」
「それは、独立を捨てる話にもなります」
「分かっとる」
男は低く言った。
「けど、このまま次に攻められたら、独立も何もない。城も町も焼ける。人も逃げる」
一向宗の者は答えなかった。
考えたくない話だった。
だが、考えないわけにもいかなかった。
そんな重い話の向こうで、炊き出しの列はゆっくり進んでいた。
伊勢松坂屋の者が粥をよそう。
蟹江の国人衆が椀を渡す。
一向宗の者が年寄りを座らせる。
子どもが湯気の立つ椀を抱え、母親が頭を下げる。
その光景は、城を守る軍勢ではない。
だが、人が戻るための最初の形だった。
「不思議なもんやな」
国人衆の男が呟いた。
「我らが集まっても話は進まんのに、飯を炊くと人は戻る」
「飯は、理屈より先に届きますからな」
一向宗の者が言った。
「腹が満ちれば、明日のことを考えられる。腹が減れば、誰も先の話など聞きません」
「なら、我らもまず飯からか」
「少なくとも、炊き出しを軽く見てはいけません」
男は、炊き出し場の方を見た。
慣れない手で粥を配る若い国人衆の姿がある。
味噌汁をこぼして、伊勢松坂屋の者に笑われながら教わる一向宗の若者がいる。
それを見て、町の者たちが少し笑っている。
以前なら、その笑いは馬鹿にしたものだったかもしれない。
だが今は、少し違う。
「あの人らも、やろうとしてるんやな」
そんな空気が、確かに生まれ始めていた。
国人衆の男は、小さく息を吐いた。
「……まあ、あれは続けるしかないな」
「ええ」
「定価で払ってくれるなら、米も薪も人も出す」
「ありがたがられるのは、伊勢松坂屋でしょうが」
「それは腹立つな」
「ですが、今は一緒に立っております」
「それは、もっと大事や」
二人はしばらく、炊き出しの煙を見ていた。
北伊勢の連合は、まだまとまらない。
蟹江の先行きも、まだ見えない。
織田にどう向き合うかも、答えは出ない。
それでも蟹江では、少しずつ人が戻り始めている。
伊勢松坂屋と、蟹江の国人衆と、一向宗が、慣れない手で同じ鍋を囲んでいる。
その事実だけが、今の小さな救いだった。
炊き出しの煙が、蟹江の空に細く上がっていた。
それは戦の煙ではない。
人が戻り、町が戻るための煙だった。