作品タイトル不明
松坂郊外の夏市で尾張の西瓜割りを思いつくwww割れた景品はうなぎ200文タダ券な。ヨイチ慌てて先着5名にする。意外と好評。周囲も楽しそう
松坂郊外の夏市で、博之はまた妙なことを思いついた。
尾張から仕入れた西瓜を前にして、腕を組んでいる。
井戸水を張った大きな桶の中には、丸い西瓜がいくつも沈められていた。水に冷やされた
西瓜の表面には、細かな水滴がついている。それだけでも、暑い日の市では十分に人目を引いた。
「普通に切って売ったら、四十文ぐらいですね」
ヨイチが帳面を見ながら言った。
「まあ、それでも売れるやろ」
博之は頷いた。
「尾張から来た珍しい瓜や。井戸水で冷やして切れば、それだけで客は寄る」
「では、普通に売りますか」
「いや」
その一言で、お花がすぐに嫌な顔をした。
「旦那様が“いや”と言う時は、だいたい面倒なことを言います」
「西瓜割りをしよう」
「西瓜割り?」
周りの者たちが首をかしげる。
博之は、近くにあった棒を手に取った。
「目隠しする。子どもなら三回、大人なら十回、棒を頭につけてぐるぐる回る。
で、周りの者が“右や”“左や”“もう少し前や”って言うて、西瓜を割らせる」
一瞬、皆が黙った。
「……食べ物で遊ぶんですか」
「遊ぶんやない。夏の娯楽や」
「同じでは?」
「ちょっと違う」
博之は堂々と言い切った。
「普通に西瓜を買うなら四十文。西瓜割りに挑戦するなら七十文か八十文。
割れへんでも、最後は切った西瓜を渡す。つまり損はせん」
夜市が少し考える。
「つまり、西瓜代に遊び代が乗るわけですね」
「そうや」
「割れた場合は?」
「うなぎ二百文ただ券」
ヨイチの筆が止まった。
「旦那様」
「なんや」
「簡単に当たったら、馬鹿みたいに出ますよ」
「ほな先着にしよう」
「先着?」
「うなぎただ券は五人まで」
「五人でも大きいです」
「その後は、海鮮焼きただ券か、優先券でどうや」
夜市は、少し目を細めた。
「優先券ならまだましですね。混む時間に先に食べられるだけなら、原価は増えません」
「せやろ」
「ただ券は五枚まで。以降は海鮮焼き優先券、麦茶券、甘味券。これなら回せます」
「決まりやな」
お花はため息をついた。
「また勢いで決めてますね」
「夏市は勢いや」
「でも、盛り上がりそうなのが腹立ちます」
準備はすぐに始まった。
竹で簡単な囲いを作り、真ん中に西瓜を置く場所を作る。少し離れたところに見物人が立てるよう、
縄を張る。棒は長すぎず、重すぎないものを選ぶ。子ども用には、少し軽い棒も用意した。
札も立てた。
尾張西瓜。
井戸水冷やし。
普通売り、四十文。
西瓜割り、七十文。
子ども三回まわり。
大人十回まわり。
当たりは、うなぎただ券五名まで。
以後、海鮮焼き優先券、麦茶券あり。
最初、客たちは不思議そうに見ていた。
「なんや、あれ」
「西瓜を割るんやて」
「目隠しして?」
「回ってから?」
「阿呆ちゃうか」
そう言いながらも、足は止まる。
井戸水で冷えた西瓜が、夏の日差しの中で涼しげに光っていた。横では麦茶が売られ、
奥からはうなぎのタレが焼ける匂いも流れてくる。
その中で、最初に挑戦したのは子どもだった。
「やる!」
母親が苦笑しながら七十文を出す。
「外しても泣いたらあかんで」
「泣かへん!」
目隠しをされ、棒を持たされる。
「三回や。ゆっくり回れ」
博之が言うと、子どもは真剣な顔でぐるぐる回った。
「一、二、三!」
回り終えた瞬間、少しふらつく。
周りから声が飛んだ。
「右や!」
「違う、そっちは和尚さんや!」
「前、前!」
「行き過ぎ!」
子どもは言われるままに進み、思い切り棒を振った。
すかっ。
西瓜の横の地面を叩いた。
その場がどっと笑いに包まれる。
子どもは悔しそうに口を尖らせたが、すぐに切った西瓜を渡されると、ぱっと顔を明るくした。
「冷たい!」
その一言で、周りの子どもたちが一斉に騒ぎ出した。
「次、俺やる!」
「私も!」
「当てたらうなぎやろ!」
親たちも笑いながら銭を出す。
七十文は安くはない。だが、西瓜が食べられて、子どもが楽しめて、周りも笑えるなら、
悪くない。そういう空気ができ始めていた。
次に挑戦したのは、若い男だった。
近くにいた女衆が見ていたせいか、妙に格好をつけている。
「大人は十回やぞ」
博之が言う。
「分かってます」
男は棒を頭につけ、ぐるぐる回り始めた。
五回を過ぎたあたりで、足元が怪しくなる。
八回で完全にふらつく。
十回終わると、もうどちらを向いているのか分からない。
周りは大騒ぎだった。
「右や!」
「いや左!」
「そっちは違う!」
「女の子の方に行ってるぞ!」
その言葉で、男は慌てて方向を変え、さらにふらついた。
女の子は顔を赤くして笑っている。
男は気合いを入れて棒を振った。
ぱこん。
鈍い音がした。
西瓜にひびが入った。
「おお!」
周りが一気に沸いた。
もう一度振ると、西瓜が割れた。
中の赤い実が見えた瞬間、拍手と歓声が上がる。
「当たりや!」
「うなぎただ券や!」
男は息を切らしながら、得意げに胸を張った。
女の子はまだ顔を赤くしたまま、小さく拍手している。
博之はその様子を見て、にやにやしていた。
すぐにお花が横から言う。
「旦那様、その顔やめてください」
「いや、ええ感じやなと思って」
「すぐご縁に結びつける」
「飯と遊びは縁を作るんや」
「言い方だけ立派です」
割れた西瓜は、その場で切り分けられた。
種をぴゅっと飛ばす子どもがいる。
それを真似する大人がいる。
「こら、行儀悪い」
そう言いながら、親も笑っている。
和尚さんは、少し離れたところからその様子を眺めていた。
やがて、ゆっくり博之のところへ来る。
「これは、なかなかの娯楽ですな」
「でしょう」
「西瓜一つで、ここまで人を笑わせるとは」
「普通に売るだけやと、食べて終わりですからね」
博之は、割れた西瓜を見ながら言った。
「目隠しして、回って、周りが声を出す。外れても笑う。当たれば拍手。割れたら皆で食べる。
そうすると、西瓜が飯やなくて、場になるんです」
和尚さんは感心したように頷いた。
「場になる、ですか」
「はい。市は、物を売るだけやと弱いんです。人が立ち止まって、笑って、誰かと話す理由がいる」
「それで、西瓜割り」
「そうです」
和尚さんは笑った。
「旦那様は、まことに商売がうまい」
「いや、遊んでるだけです」
「遊びを銭に変えるのは、なかなか俗ですな」
「和尚さんも、だいぶ俗物ですね」
「寺も人の世にありますから」
二人は笑った。
その後も、西瓜割りは思った以上に盛り上がった。
子どもが挑戦し、親が笑う。
武士が挑戦し、ふらついて町人に笑われる。
若い男女が互いに声をかけ合い、少し距離を縮める。
外した者も、切った西瓜を食べれば機嫌が直る。
当たった者は、うなぎただ券を手にして誇らしげにする。
五枚のうなぎただ券が出た後も、海鮮焼き優先券や麦茶券を目当てに挑戦する者は減らなかった。
夜市は帳面を見ながら、少し驚いた顔をしていた。
「普通に売るより、かなり銭が落ちています」
「やろ」
「しかも、見物人が麦茶や甘味に流れています」
「夏は涼しさと笑いや」
博之は得意げに言った。
「あと、うなぎの匂い」
「そこまで計算ですか」
「半分ぐらいは」
「残り半分は?」
「思いつきや」
お花が呆れたように笑った。
「旦那様らしいです」
夕方になる頃には、井戸水で冷やした西瓜はほとんど売れていた。
西瓜割りの周りには、最後まで人だかりができていた。
割れた西瓜の甘い匂い。
子どもの笑い声。
大人の野次。
和尚さんの軽口。
奥から漂ううなぎの煙。
博之はその光景を眺めながら、少し満足そうに息を吐いた。
「こういう市も、ええな」
和尚さんが横で頷く。
「人が笑う市は、また来たくなります」
「そうなんです。飯も商いも、結局そこなんです」
博之は、西瓜の種を飛ばして遊ぶ子どもたちを見て、少し笑った。
物を売る。
飯を売る。
けれど、それだけではない。
夏の暑い日に、井戸水で冷えた西瓜を囲んで笑う。
その時間そのものが、また一つの商いになる。
松坂郊外の市は、また少し賑やかになっていた。