軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

うなぎはあたりそうや。やけど博之ばかり考えている。待遇良くしているんやしみんななんか考えろや。半月に1拠点1万文予算で面白いこと3つ報告な

「……うなぎは、うまくいきそうやな」

夜市が帳面を見ながら、ぽつりと言った。

炭火で焼いたうなぎに、甘辛いタレを塗り、飯に乗せる。最初は「川魚をそんな高く売れるんか」と

言われていたが、実際に出してみると、思った以上に反応はよかった。

旅人も食う。

武士も食う。

町人も、少し背伸びして食う。

特に、湯浴みの後や、酒の締めには強かった。脂のあるうなぎと、タレの染みた飯は、

腹にたまる。食べた者の顔が、自然と緩む。

「脂がええ感じに回るんですよね」

お花も頷いた。

「うん。これは伸びると思う」

博之はそう言いながらも、どこか疲れた顔をしていた。

お花がその顔を見て、首を傾げる。

「旦那様、どうしたんです?」

「いや……」

博之は、ごろんと畳に寝転がった。

「なんか、考えるの、わしばっかりやなって」

座敷が少し静かになった。

「うなぎも、海鮮焼きも、マグロ汁も、豚汁も、信楽焼も、瀬戸物も、熱田神宮も、

だいたいわし発やろ」

「まあ……そうですね」

ヨイチが素直に認めた。

「いや、認めるな」

「事実です」

「そこは嘘でも否定しろや」

お花が笑った。

だが、博之は少し真面目な顔になる。

「いやな、みんな寝床あるやろ」

「あります」

「飯あるやろ」

「あります」

「給料も、そこそこええやろ」

「かなりええ方です」

ヨイチが即答した。

「やろ? なら、もっと考えてくれよって思うんや」

博之は天井を見上げながら続けた。

「わし一人の頭だけで回してたら、絶対どこかで固まる。たまたま、うなぎが当たった。

でも毎回、都合よく当たりを引けるわけやない」

お花が腕を組んだ。

「確かに、最近は旦那様が考えて、みんなが動く形になっていますね」

「それがあかんとは言わん。けど、それだけやと、わしが転んだら終わる」

博之は、むくりと起き上がった。

「だから決めた」

ヨイチとお花が顔を上げる。

「半月の帳簿締めごとに、各拠点へ小遣いを出す」

「小遣い?」

「一拠点、一万文」

空気が止まった。

ヨイチの筆も止まった。

「……一万文?」

「そう。一拠点につき一万文」

「三十拠点近くありますよ」

「せやから、一回の帳簿締めごとに三十万文ぐらいやな」

ヨイチがゆっくり帳面を閉じた。

「旦那様、それは遊び代ですか」

「遊び代や」

「半月ごとに、三十万文の遊び代?」

「せや」

「継続ですか?」

「継続や」

ヨイチの顔が、少し遠くなった。

お花も額に手を当てる。

「旦那様、また大ごとを……」

「大ごとやない。投資や」

「遊び代と言いましたよね」

「遊びへの投資や」

「言い換えただけです」

博之は気にせず続けた。

「ただし条件がある」

指を一本立てる。

「各拠点、最低三つ、なんか考えてこい」

「三つ?」

「なんでもええ。飯のネタ、商売のネタ、失敗談、変な客、変な料理、変な屋台。とにかく三つや」

ヨイチが眉を寄せた。

「一万文を渡して、三つの案を出させるんですか」

「案というより、試しやな」

「試し」

「“これ売れるかな”“これ楽しいかな”“これ変かな”と思ったら、その一万文で一回やれ」

博之は机に肘をついた。

「たとえば、“鶏を炭火で焼いたらうまかった”でもええ。“野菜を丸ごと焼いて塩をかけたら酒が進んだ”

でもええ。“魚を焼きながら酒を飲む席を作ったら、客が長居した”でもええ」

「そんなのでいいんですか」

「むしろ、そういうのでええ」

博之は周りを見回した。

「今のうちは、“ちゃんとした案”を出そうとしすぎや。そんなもん、最初から立派に出るわけないやろ」

「マグロ汁も、“捨てるともったいない”から始まった。うなぎも、“骨が邪魔やな”から始まった」

お花が頷いた。

「確かに、最初は全部かなり雑ですね」

「雑でええねん」

博之は言った。

「立派な計画書はいらん。半月の帳簿締めの時に、紙一枚でええから出してこい」

ヨイチが筆を取り直す。

「紙一枚」

「そう。“これをやった”“こうなった”“客がこう言った”。それだけでええ」

「絵でもいいですか」

「ええぞ」

「字が書けない者は?」

「誰かに書いてもらえ」

「失敗した場合は?」

「それも書け」

博之はにやりと笑った。

「失敗談も価値がある。“これはあかんかった”“客が嫌がった”“高すぎて売れなかった”

“匂いが強すぎた”。そういうのも集めたら、次に役立つ」

ヨイチは、少しだけ表情を変えた。

「なるほど。各地の小さな失敗と小さな成功を集めるわけですね」

「そうや」

博之の声に、少し熱が入った。

「飯の種も、商売の種も、わし一人の頭では足らん。絶対、みんなの方が現場を見とる。

客の顔を見とる。土地の癖を知っとる」

「確かに」

「なのに、“旦那様が考えるもん”ってなったら、もったいない」

博之は、ばん、と机を叩いた。

「もっと遊べ」

お花が眉を上げる。

「遊べ、ですか」

「そう。遊びながら考えろ」

皆が少しきょとんとする。

「飯って、結局、楽しいかどうかや。商売も、“なんか面白い”がないと広がらん」

博之は指を折った。

「“野菜を串に刺したら子どもが喜んだ”でもええ」

「はい」

「“炊き出しの横で面白い話をしたら人が集まった”でもええ」

「はい」

「“雨の日に客へ温かい湯を出したら喜ばれた”でもええ」

「それは地味ですね」

「地味なもんほど大事や」

博之は真顔で言った。

「派手なもんだけが商売になるわけやない。毎日ちょっと嬉しいことが、店を強くする」

お花は少し黙った。

その言葉には、妙な説得力があった。

ヨイチが帳面に書き込む。

「半月締めごとに、各拠点一万文。用途は試作、催し、客寄せ、土地の品の買い付けなど。

提出物は紙一枚。最低三つの報告。成功、失敗を問わず」

「そう。それでええ」

「不正に使う者が出たら?」

「出るやろな」

博之はあっさり言った。

「ですが」

「多少はしゃあない。けど、何も試してないのに使ったら分かるやろ。客の声も、

品も、匂いも、何も残らんからな」

お花が笑った。

「旦那様、そこは意外と現場を信じるんですね」

「信じるというより、見れば分かる」

博之は肩をすくめた。

「ほんまに遊んだやつは、話が面白くなる。何もしてへんやつは、紙がつまらん」

ヨイチが少し笑った。

「怖い評価ですね」

「怒るためやない。拾うためや」

博之は言った。

「面白かったら、こっちから“もっと詳しく教えて”って返す。買い付け隊を行かせてもええ。

その拠点の者を松阪に呼んでもええ」

「そうすれば、現場の知恵が本店に上がってきますね」

「そうや」

博之は頷いた。

「わしだけが考える店にしたくないんや」

座敷が静かになった。

「誰かが思いついて、誰かが試して、誰かが育てる。そういう店にしたい」

お花が、少し柔らかい顔になった。

「旦那様らしいですね」

「そうか?」

「下世話で、無茶で、でも人を見てます」

「褒めてるんか、それ」

「半分くらいは」

「少ないな」

ヨイチは、改めて帳面を見た。

「しかし、半月ごとに三十万文は、かなりの額です」

「分かってる」

「年間で見ると、とんでもないですよ」

「でも、何も生まれんよりましや」

博之ははっきり言った。

「銭を溜め込むだけなら、店は固まる。少しずつ流して、各地で何か生まれるなら、その方がええ」

ヨイチはしばらく黙り、それから頷いた。

「分かりました。制度として整えます」

「頼む」

「ただし、報告の型はこちらで作ります」

「ええよ」

「あと、使途不明が多い拠点は止めます」

「それもええ」

「成功した案は、名前も残します」

博之は少し目を開いた。

「名前?」

「誰が思いついたか分かるようにした方が、皆やる気が出るでしょう」

お花も頷く。

「それはいいですね。旦那様発だけじゃなくなります」

博之は、少し照れたように鼻をかいた。

「……それはええな」

うなぎが当たった。

それは大きなことだった。

だが、それ以上に大事なのは、次のうなぎを、博之以外の誰かが見つけることだった。

半月ごとに三十万文。

各拠点に渡される、失敗してもいい銭。

遊びながら考えるための銭。

伊勢松坂屋は、飯を売る店から、飯の種を育てる店へ変わろうとしていた。

博之は最後に、にやりと笑った。

「三十万文配るんやぞ。遊ばんと損や」

お花がため息をつく。

「旦那様、また変な制度を作りましたね」

ヨイチも帳面を閉じながら言った。

「半月後が怖いです」

博之は畳に寝転がり、楽しそうに天井を見上げた。

「わしは楽しみや」

その顔を見て、お花は小さく笑った。

また、何かが始まった。

誰もが、そう思っていた。