作品タイトル不明
うなぎで半日贅沢コースつくろうぜ。高級湯あみ→参拝→うなぎ予約→布団で昼寝で満喫。おっぱじめた奴は出禁か布団買取www
熱田の話が出たのは、「飯の道の会」を終えた翌日の昼過ぎだった。
博之は相変わらず畳に転がりながら、熱田の地図らしきものを眺めていた。
熱田神宮の門前をどうするか。伊勢神宮のような圧倒的な門前町にはできない。
だが、何もできないわけではない。港が近く、人の道もあり、参拝客もいる。
ならば、熱田には熱田の楽しみ方を作ればいい。
「なあ」
博之が口を開くと、お花がすぐに嫌な顔をした。
「旦那様が“なあ”から始める時は、だいたい変なこと言います」
「熱田神宮でさ、贅沢コース作らへんか」
「ほら」
ヨイチが筆を止める。
「贅沢コース、ですか」
「うん。五百文ぐらい取ってええと思うねん」
「五百文」
お花が目を丸くした。
「伊勢神宮価格でも、なかなかですよ」
「せやから熱田でやるんや」
博之はむくりと起き上がった。
「伊勢神宮みたいな門前町を作るのは無理や。けど、熱田神宮に来た人が、
“今日はええ一日やった”って思う仕組みは作れる」
「具体的には?」
「まず湯浴みや」
博之は指を一本立てた。
「身を清めてからお参りしてください、という形にする」
夜市が頷く。
「神宮参りとの筋は通りますね」
「で、参った後に、うな重を食う」
「うな重」
「熱田やぞ。うなぎは絶対強いやろ」
熱田の周辺は水にも近い。津島や川筋とのつながりもある。そこで、
うなぎを名物にできれば、ただの飯屋ではなく、熱田参りの楽しみになる。
「下で食ううなぎは、普通に人気にする。並ぶ。安くはないけど、手の届く値段にする」
「では、贅沢コースは?」
「二階や」
博之はにやっと笑った。
「二階建ての建物を作る。下は普通の飯屋と茶屋。上は広い畳敷きの座敷にする」
お花が眉を上げた。
「二階で食べるんですか」
「そう。完全予約。家族でも、夫婦でも、仲のええ男女でもええ。二階の広い座敷で、うな重を食べる」
「それだけで五百文ですか」
「まだある」
博之は二本目の指を立てた。
「食ったあと、布団敷いて昼寝できる」
座敷が一瞬、静まり返った。
「……昼寝?」
「せや」
「熱田神宮で?」
「熱田神宮で」
博之は真顔だった。
「湯に入る。身を清める。お参りする。うまいうな重を食う。腹いっぱいになる。
布団で少し寝る。起きたら茶を飲んで、市を見る。最後に土産を買う」
博之は手を広げた。
「半日、熱田神宮コースや」
お花は口元を押さえて考え込んだ。
「馬鹿みたいですけど……分からなくはないです」
「やろ?」
「湯浴みして、神様にお参りして、おいしい飯を食べて、少し眠る。確かに、かなり満足感はあります」
ヨイチも帳面に何か書きながら言った。
「五百文は高いですが、時間を買うと考えれば成立するかもしれません」
「そうやねん」
博之は嬉しそうに膝を叩いた。
「下でうなぎを食うなら並ばなあかん。混む。待つ。座れないこともある。でも上は予約や。
場所がある。布団もある。人目を気にせず、ゆっくりできる」
つまり下の店は飯を売る。
上の座敷は、時間を売る。
そこが違いだった。
ただし、お花の目が急に鋭くなった。
「若い男女が何か始めたらどうします?」
「出禁や」
博之は即答した。
「もしくは布団買い取り」
ヨイチが吹き出しそうになった。
「布団買い取りですか」
「そらそうやろ。うちは宿屋でも色町でもない。熱田神宮参りの休憩所や」
「旦那様が言うと説得力が薄いです」
「なんでや」
「普段の言動です」
「ひどい」
お花は真面目な顔で続けた。
「でも、そこは本当に規則を作らないと駄目です。家族、夫婦、身元の分かる者。
若い男女だけなら女衆の見回りを入れる。長居しすぎない。布団の扱いも決める」
「そこは頼む」
「頼まれました」
ヨイチは計算を始めた。
「五百文の内訳を作るなら、湯浴み、参拝前の清め、うな重、茶、昼寝、席料、布団使用料、
土産割引札あたりでしょうか」
「土産割引札もええな」
博之が頷く。
「最後に市へ回すんや。腹いっぱいで、湯上がりで、昼寝の後で気分がいい。そこで財布の紐が緩む」
「下衆ですね」
お花が即座に言った。
「商売や」
「下衆な商売ですね」
「でも幸せやろ?」
博之は笑った。
「湯に入って、うまい飯食って、寝る。人間、だいたいそれで幸せになる」
「それは否定できません」
お花も少し笑った。
さらに博之には、もう一つ狙いがあった。
「しかも布団の宣伝になる」
「そこですか」
「そこや」
二階で寝てもらう布団は、伊勢松坂屋の良い布団にする。寝心地を知ってもらう。
気に入れば、買って帰れるようにする。
「布団を買って帰るんですか」
「持って帰るのは大変やから、家まで届ける仕組みを作る」
ヨイチが顔を上げた。
「それは強いですね」
「やろ。熱田で布団を試して、尾張の家まで届ける。遠方なら船や荷車で送る。
布団、器、茶碗、土産、全部“後で届く”にすれば、手ぶらで参拝できる」
「それ、かなり商売になります」
「せやろ」
お花は腕を組んだ。
「ただ、最初から大きくやるのは危険です」
「もちろん」
「二階建てを一つ。贅沢コースは一日数組。完全予約。値段は五百文。ただし、
始めは試しで四百文、あるいは五百文でも土産札付き」
「ええな」
ヨイチも続ける。
「下の店では普通のうなぎを出す。上の予約席との差をはっきりさせる必要があります」
「下は飯。上は時間や」
博之が言った。
「下は“うなぎを食った”。上は“熱田で半日過ごした”。この差やな」
「分かりやすいです」
お花が頷いた。
熱田神宮は、ただ参るだけの場所ではなくなる。
身を清め、参り、うな重を食べ、畳の上で休み、茶を飲み、市で土産を見る。そんな流れができれば、
熱田には熱田の門前町の形が生まれる。
「型ができたら、人は迷わん。迷わんかったら銭を使う」
ヨイチが感心したように言った。
「旦那様、またまともなことを」
「またって何や」
「ただし、布団買い取りのくだりは下衆です」
「それは必要やろ」
皆が笑った。
お花は茶を注ぎ直しながら、静かに言った。
「でも、なしではないですね」
「やろ?」
「湯浴み、うな重、昼寝、買い物。半日コースとしては綺麗です。金のない人向けではなく、
“たまの休みを贅沢に過ごす人向け”として出せば、熱田神宮の新しい楽しみ方になります」
「そうや」
「そして最後に市を見る。気分が良く、財布の紐が緩んでいるところで、
瀬戸物や常滑焼、布団、土産を買ってもらう」
「完璧や」
「下衆ですが」
「もうそれはええって」
夜市は帳面に大きく書いた。
熱田半日贅沢コース。
湯浴み。
参拝。
うな重。
昼寝。
茶。
市巡り。
完全予約。
二階畳席。
布団宣伝。
土産札。
「まずは試しですね」
「うん」
博之は再び畳に寝転がった。
「こういうのをいくつも試す。熱田は伊勢とは違う。だから、熱田でしかできない楽しみ方を作る」
お花が静かに笑う。
「信長公に見せたら、また面白がりそうですね」
「怖いなあ」
「でも、やるんでしょう」
「やるしかないやろ」
博之は天井を見上げた。
「湯に入って、うな重食って、昼寝する神宮参り。ええやん」
ヨイチがぼそりと言った。
「旦那様が一番やりたいだけでは」
「……ちょっとある」
座敷に笑いが広がった。
熱田神宮を伊勢神宮にはできない。
だが、熱田で半日を幸せに過ごす仕組みなら作れるかもしれない。
それが、伊勢松坂屋の最初の答えになりそうだった。