作品タイトル不明
うなぎと白飯とタレで申し出に美味いが一工夫。卵焼きにうなぎをまきうなぎ巻とご飯→うなぎ→ご飯→うなぎにしてうな重(笑)
焼き上がったうなぎを前に、博之は腕を組んでいた。
台所には、甘辛いタレと魚の脂が焼ける匂いが広がっている。炭で焼いた皮目は少し焦げ、
身は思ったよりふっくらしていた。そこへタレをさっと塗ると、じゅっと音がして、
周りの者たちが思わず喉を鳴らす。
「……これはこれで、もううまいやろ」
お花が言った。
「はい。普通に白飯に乗せたら、それだけで売れます」
「せやな」
博之は頷いた。
うなぎと白飯。
甘辛いタレ。
香ばしい匂い。
それだけで十分に飯になる。むしろ、下手に触らない方がいいほどだった。
だが、博之の顔はまだ納得しきっていなかった。
「もう一つ、何か欲しいな」
ヨイチが嫌な予感を覚えた顔をする。
「旦那様がそう言う時は、だいたい何か始まります」
「ちょっと出汁持ってこい」
「ほら」
「あと卵。酒も少し。砂糖と醤油も」
台所の者たちは、もう慣れた様子で動き出した。
博之は卵を割り、出汁を加え、酒を少し垂らす。砂糖と醤油で軽く甘辛く整え、
箸で混ぜながら味を見る。
「うん。これでいこう」
薄く油を引いた鍋に卵液を流す。
じゅわ、と音がした。
半分ほど火が通ったところで、焼いたうなぎを細く刻ませる。
「それ、真ん中より少し手前に置いて」
「手前ですか」
「そう。その方が巻きやすい」
うなぎを細長く並べると、博之は卵をくるりと巻いた。
さらに卵液を流し、また巻く。
中にうなぎを抱いた玉子焼きが、少しずつ太くなっていった。
「おお……」
台所の者たちが声を上げる。
最後に形を整え、しばらく置いてから、博之は包丁で切った。
断面には、黄色い玉子の中に、うなぎの身がきれいに入っていた。
「これ、どうや」
小皿に乗せて出すと、お花が最初に一口食べた。
「……おいしい」
ヨイチも続いて口に運ぶ。
「玉子の柔らかさと、うなぎの厚みが合いますね」
「出汁が入ってるから、重すぎへん」
「甘辛いタレとも合います」
台所の若い者が目を輝かせた。
「旦那様、これ名物になりますよ」
「名前やな」
博之は少し考えた。
「うなぎ巻き」
一瞬、場が静かになった。
お花が笑う。
「まんまですね」
「まんまやな」
ヨイチも珍しく笑った。
「でも、分かりやすいです」
「うなぎ巻き。ええやん。高めの小皿で出せる。飯だけやなくて、酒の肴にもなる」
博之は少し気を良くした。
「で、もう一つや」
「まだあるんですか」
「ある」
今度は白飯を用意させた。
博之は小さめの重箱を持ってこさせ、底に飯を敷く。その上に、焼いたうなぎを半分ほど乗せ、
タレを少しかけた。
さらに、その上からまた飯を乗せる。
お花が首を傾げる。
「旦那様、隠すんですか?」
「隠す」
そして最後に、上にもまたうなぎを乗せた。
艶のあるタレを塗ると、香りだけで贅沢だった。
「これや」
博之は重箱を指した。
「上のうなぎを食うやろ。飯もうまいやろ。そしたら、下にもまたうなぎがある」
若い衆が笑う。
「分かってても嬉しいやつですね」
「そうやろ」
博之はにやりとした。
「食べ進めたら、またうなぎが出てくる。これは嬉しい」
ヨイチはすぐに計算を始めた。
「大きさで調整できますね。上を見栄えよくして、下は少し細かくしても満足感は出ます」
「せや。一尾丸ごと使わんでも、小さい重なら形になる」
「一人で食べられる大きさにすれば、熱田でも出せるかもしれません」
「熱田か」
博之の目が少し光った。
熱田神宮の門前。
参拝帰り。
少し特別な飯。
うなぎを重に詰め、蓋を開けた時に香りが立つ。
これは強い。
「名前はどうします?」
お花が聞いた。
「うなぎの重ね飯」
「少し長いです」
「うなぎ重」
「売り物っぽすぎます」
「うな重」
博之が言うと、少し間が空いた。
ヨイチが頷く。
「うな重。分かりやすいですね」
「うなぎの重やから、うな重や」
「これもまんまですね」
「まんまが一番ええねん」
さっそく試食が始まった。
まず上のうなぎを飯と一緒に食べる。甘辛いタレが飯に染みている。さらに食べ進めると、
飯の下から、またうなぎが現れた。
「おお!」
「ほんまに出てきた!」
「分かってても嬉しいですね、これ」
「贅沢感があります」
お花も笑った。
「最初に上を見て喜んで、途中でもう一回喜べますね」
「そう。それや」
博之は箸を置いた。
「飯は味だけやない。見て楽しい、待って楽しい、食べて驚く。海鮮焼きと一緒や」
ヨイチは帳面に書き込む。
「試作。うなぎ巻き。うな重。熱田披露候補」
「熱田で出す前に、松阪と伊勢で味を整えよう」
「はい」
「タレの甘さ、飯の量、うなぎの切り方、重の大きさ。全部調整や」
博之は続けた。
「うなぎ巻きは小皿で出せる。酒にも合う。待ってる間の一品にもなる。うな重は本命のごちそうや」
「値段は高めですね」
ヨイチが言うと、博之は即答した。
「高くする。うなぎは手間がかかる。ぬめり取って、さばいて、焼いて、蒸して、
タレを塗って、重に詰める。安売りしたらあかん」
お花が頷く。
「熱田や伊勢なら、参拝帰りのごちそうとして出せますね」
「うん。ただし、数は絞る。うなぎは仕入れも扱いも難しい。売れるからって
雑に増やしたら味が落ちる」
台所の者たちは、すでに目を輝かせていた。
戦や国人衆や熱田神宮の重たい話ばかりが続いていた中で、久しぶりに台所には純粋な熱気があった。
焼けたうなぎの香り。
玉子の甘い匂い。
タレの艶。
重の中に隠れる二段目のうなぎ。
新しい飯が生まれる。
それだけで、伊勢松坂屋の者たちは元気になれた。
若い女衆が笑う。
「旦那様、また名物っぽくなってきましたやん」
「名物にするんや」
「熱田神宮で披露目ですか」
「まずは様子見や」
博之はそう言いながらも、顔は完全に楽しそうだった。
「でも、熱田に行くなら、伊勢松坂屋はこれぐらい持っていかなあかん」
「瀬戸物、常滑焼、飯場、茶屋、湯浴み、うなぎ」
「どんどん増えますね」
「増やしたくて増やしてるわけやない」
お花が笑う。
「でも、旦那様、楽しそうですよ」
「……ちょっとだけな」
博之は照れ隠しのように、うな重の蓋を閉じた。
「よし。明日から味を整えるぞ」
「はい」
「うなぎ巻きは小皿で何種類か。うな重は小重と大重を試す。値段も見る。名前の札も作れ」
「うなぎ巻き、うな重ですね」
「まんまやけど、ええ」
その場に笑いが広がった。
博之は、重箱を見つめながら小さく呟いた。
「熱田で、これ出したらどうなるやろな」
ヨイチが即座に言う。
「高く売れます」
お花も頷いた。
「人も寄ります」
博之はにやりと笑った。
「ほな、熱田への土産は決まりやな」
こうして、伊勢松坂屋の熱田神宮前に、新たな目玉が加わることになった。
うなぎ巻き。
そして、うな重。
飯屋の無茶振りに対する答えは、やはり飯から始まるのであった。