軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

博之、買付隊を引き連れて瀬戸で挨拶。最初は警戒されるが噂が回っているのと継続的に買いたたかず大量に買うことで信用を得る

博之は、買い付け隊の一行を連れて尾張へ入った。

まずは九鬼水軍の船を使い、松坂から津島へ出る。

津島の湊は、伊勢や松坂とはまた違う賑わいがあった。船が着き、人が降り、荷が降ろされる。

米、塩、魚、薪、布、酒樽。いろいろな物が行き交い、そのたびに人の声が重なっていく。

博之は、その様子をしばらく眺めていた。

「ここは、人と物がよう動くな」

ぽつりと言うと、横にいた買い付け役が頷いた。

「津島は尾張でも大きな商いの場所ですからね」

「うちの飯の道とも、相性が良さそうや」

「旦那様は、どこを見ても飯の道に見えますね」

「嫌な言い方をするな。けど、見えるもんは見える」

博之は少し笑った。

人が集まるところには飯がいる。

飯が出るところには器がいる。

器があれば、土産にもなる。

土産になれば、店の名も一緒に運ばれていく。

飯屋は、飯だけ売っていればいいわけではない。飯を食べた後に、何かを持ち帰ってもらう。

家でそれを使い、また店を思い出してもらう。そこまでできれば、商いは一段深くなる。

津島を見ながら、博之はそんなことを考えていた。

一行は津島からさらに瀬戸へ向かった。

道を進むにつれ、湊町の湿った空気は薄れ、土と薪と火の匂いが強くなっていく。

荷車を引く者、薪を運ぶ者、焼き物を包む者、商人らしき者が行き交い、

町全体が焼き物を中心に動いているように見えた。

「なるほどな。ここは土と火で飯を食ってる町やな」

博之が言うと、案内役が少し誇らしげに笑った。

「瀬戸は焼き物の町ですから」

「ええ町や」

そう言って、博之は頷いた。

瀬戸へ着くと、まず品物を見せてもらった。

並べられた器を見た瞬間、博之は小さく息をのんだ。

信楽焼とは違う。

信楽焼には、土の強さがある。厚みがあり、荒々しく、山を越えてきたような力強さがある。

飯を盛れば、どっしりとした安心感が出る。

一方、瀬戸物は違った。

薄い。

軽い。

形が整っている。

博之は小皿を一つ手に取り、指先で縁をなぞった。

「……これは、きれいやな」

派手すぎるわけではない。

けれど、日々の飯場や宿に置けば、それだけで飯の見え方が変わる。小鉢に漬物を盛る。

湯呑みに茶を注ぐ。徳利に酒を入れる。白い器に汁物を合わせる。それだけで、

店の空気が少し上品になる。

「信楽の土の強さとは、また違うな。こっちは、繊細や」

博之は、手にした小皿をしばらく眺めていた。

「これは欲しい。店で使うてもええし、売ってもええ。従業員が家に持って帰っても喜ばれる」

買い付け役の一人が頷いた。

「松阪や伊勢で売れば、瀬戸の器というだけでも目を引きそうですね」

「せや。伊勢の人間にとって、尾張の瀬戸物はちょっとした土産になる。逆に尾張の店では、

信楽や伊勢の品を置けばええ。土地が違うだけで、値打ちが生まれる」

博之はそう言って、もう一つ茶碗を手に取った。

その後、一行は瀬戸物を扱う蔵元の主に挨拶へ向かった。

蔵元の主は、最初こそ少し慎重な顔をしていた。

「伊勢松坂屋さん、でしたな」

「はい。博之と申します。今回は、瀬戸物を買い付けに参りました」

「噂は聞いております。尾張でも飯屋を広げておられるとか」

「まだ途中ではありますが、蟹江、津島、常滑。それに伊勢、松坂、鳥羽、桑名、四日市、伊賀、

奈良、大和、近江、京の端あたりにも、うちの荷が回ります」

蔵元の主は、少し目を細めた。

「ずいぶん広いですな」

「広くなってしまいました」

博之は苦笑した。

「ですので、うちは瀬戸物を一度きりではなく、継続して買いたいと思っています」

「継続して、ですか」

「はい。店で使う分もありますし、従業員が買う分もあります。お客さんに売る分もあります」

博之は持ってきた目録を広げた。

「もちろん、上等な品も少しは欲しいです。尾張や京で見せるには、見栄えのする器も必要ですから。

ただ、今回一番欲しいのは日用品です」

「日用品?」

「小皿、飯椀、湯呑み、薬味皿、徳利、壺。毎日使えるものです」

蔵元の主は、少し意外そうな顔をした。

「高い品ばかりを買いに来たわけではないのですか」

「はい。高い品だけでは数が回りません。うちは飯屋です。毎日使う器がいるんです」

博之は落ち着いて続けた。

「従業員も多くなりました。各地に飯場も宿もあります。そこで使う器も必要ですし、

従業員が自分の家に持って帰る品もいります。ほどほどの値段で、使いやすく、見栄えも良いものが

一番強いんです」

蔵元の主は、しばらく黙って聞いていた。

「なるほど。毎日使うもの、ですか」

「はい。毎日使うから、割れればまた買う。家族への土産にもなる。伊勢や松阪で“瀬戸の器”

として並べれば、それだけで喜ぶ人もいます」

「値を叩くつもりは?」

「ありません」

博之はすぐに答えた。

「こちらは長く買いたいのです。なら、最初から嫌われるような買い方をしても意味がありません」

買い付け役の一人も頷いた。

「安く買って一度だけ得をするより、良い品を長く回していただく方が助かります」

その言葉で、蔵元の主の表情が少し和らいだ。

「それなら、こちらも話がしやすい。継続して買ってくれるなら、良いものを出しましょう」

「ありがとうございます」

「ただ、あんたらの噂は本当に聞いておりますよ」

「噂ですか」

「織田様にも知られた飯屋だと。尾張に入り、津島や常滑にも顔を出し、伊勢や奈良や近江にも

道を持っていると」

博之は小さく笑った。

「目立つつもりはないんですがね」

「いや、商いとしては面白い」

蔵元の主は少し身を乗り出した。

「もし、あんたらの市に瀬戸物を置けるなら、こちらとしてもありがたい。瀬戸まで来ない者にも

品を見てもらえる」

「そのつもりです」

博之は頷いた。

「信楽焼、常滑焼、瀬戸物。伊勢の小物、松阪の干物、鳥羽の海産物。できる範囲で並べます。

人が来れば、器も見てもらえます」

「なるほどな。飯屋が市を持つわけか」

「飯を食べに来た人が、ついでに器を見る。器を買った人が、また飯を食べに来る。

そういう流れを作れればと思っています」

蔵元の主は、楽しそうに笑った。

「変わった飯屋ですな」

「よく言われます」

「で、今日はどれほど買うつもりです」

博之は、少しだけ間を置いた。

「まずは十五万文ほど」

蔵元の主の手が止まった。

「……十五万文?」

「はい。初回ですので、まずはそのくらいから」

周囲にいた者たちも、少しざわついた。

「初回でそれだけ買うのですか」

「松阪だけなら多すぎます。けれど、桑名、四日市、蟹江、津島、常滑、伊賀、奈良、近江、

京の端まで回すなら、むしろ足りないくらいです」

蔵元の主は、思わず笑った。

「大きい商いですな」

「まだまだこれからです」

「それで、日用品を中心に?」

「はい。小皿、飯椀、湯呑み、壺。それと、少しだけ高めの飾り皿も。松坂や伊勢の上客に

見せる品も必要ですので」

博之は目録を差し出した。

「ただし、うちは一度に全部を売り切るつもりではありません。店で使い、従業員に見せ、

客に売り、市に並べる。土地ごとに何が受けるかも見たい。売れ筋が分かれば、

次からもっと絞って買えます」

蔵元の主は、目録を見ながら何度も頷いた。

「なるほど。これは、こちらにも利がありますな」

「はい。瀬戸まで来られない人にも、瀬戸物を見せられます」

「分かりました」

蔵元の主は力強く頷いた。

「良いものを出しましょう。長く買ってくれる相手なら、こちらも手は抜けません」

こうして、瀬戸での最初の買い付けは、思ったよりも穏やかにまとまった。

茶碗、小皿、湯呑み、徳利、壺。

次々と器が包まれ、木箱に詰められていく。

博之は、荷造りされていく器を見ながら、少しだけ笑った。

信楽の土の強さ。

常滑の実用の重み。

そして瀬戸の繊細さ。

それらが伊勢へ行く。松坂へ行く。奈良へ行く。近江へ行く。京へ行く。

器が変われば、飯の見え方も変わる。

飯の見え方が変われば、値も変わる。

値が変われば、人の流れも変わる。

「ええ買い物になったな」

博之が呟くと、買い付け役が笑った。

「帳簿を見たら、少し怖くなるかもしれませんよ」

「それも間違いないな」

博之は苦笑した。

けれど、その顔は明るかった。

瀬戸の空には、窯の煙が細く上がっていた。

その煙の下で、伊勢松坂屋の新しい買い付けの道が、静かに開き始めていた。