軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

伊勢松坂i屋の本店で第一回飯の道の会が開催される。お花さん、ヨイチが語り、トリで博之が店の歴史とイベントを面白おかしく話す

その夜、伊勢松坂屋の本店奥に、各拠点の主だった者たちが集められた。

松阪、伊勢、鳥羽、桑名、四日市、蟹江、津島、常滑、伊賀、信楽、草津、観音寺城、奈良、京都の端。

全員ではない。

だが、それぞれの拠点で人をまとめたり、飯場を見たり、帳場を手伝ったりしている者たちが、

仕事終わりに集まっていた。

座敷には茶が出され、少し甘いものも置かれている。

博之は、いつものように畳に座り、少しだけ照れくさそうに咳払いした。

「えー、第一回、飯の道の会や」

その名前を聞いて、何人かが小さく笑う。

「笑うな。わしも笑いそうや」

お花が横から言う。

「旦那様が自分で決めた名前でしょう」

「いや、ヨイチや」

「私もそこまで強く推してません」

ヨイチが淡々と返し、座敷が和んだ。

博之は改めて皆を見回した。

「まあ、とりあえずやってみようということや。うちはもう、二十数拠点、国をまたいで

店や飯場や横丁を持つようになった」

集まった者たちは、少し背筋を伸ばした。

「そんな中で、ここに集まった君らは、やっぱりすごいんやぞ」

その言葉に、何人かが目を丸くした。

「根無し草やった者もおる。読み書きも怪しかった者もおる。最初は飯食うためだけに

来た者もおる。けど今、各地で人を見て、飯を炊いて、銭を回して、拠点を支えとる」

博之は少し真面目な声で続けた。

「だから今日は、ただ話を聞くだけやない。聞いた話を持ち帰って、語り部になってほしい」

「語り部、ですか」

「そうや。今日聞いた中で、受けた話、受けへんかった話、印象に残った話、眠かった話、

全部あとで手紙で送ってくれ」

また笑いが起きる。

「眠かった話もですか」

「いる。大事や。眠い話は本にしたらあかん」

ヨイチが筆で控える。

「で、それを集める。どの話が残るか、どの話はいらんか、順繰り順繰り見ていく。

それで、いずれ本にする」

座敷が少しざわついた。

「本、ですか」

「そう。本にする。伊勢松坂屋の心得や。けど、堅苦しい規定だけやと読まれへん。

だから、話として残す」

博之は、自分の胸を指した。

「これから熱田や瀬戸物や、伊勢を出てやらなあかんことが増える。そうなると、

わしやヨイチやお花さんだけでは絶対に足らん」

お花とヨイチも頷く。

「帳簿を見る者がいる。現場を見る者がいる。飯の味を見る者がいる。

人の顔色を見る者がいる。寄進の筋を見る者がいる。そういう人を育てなあかん」

博之は少し笑った。

「で、細かいところは二人に話してもらう。わしは隣で寝転びながら聞いておく」

座敷に笑いが広がる。

お花が即座に睨む。

「寝ないでください」

「寝えへん寝えへん。わしの番になったらちゃんと喋る」

「最初からちゃんと座ってください」

「はい」

最初に話したのは、お花だった。

飯場で荒れた人にどう声をかけるか。

子どもが泣いている時、先に母親を責めないこと。

女衆の働き場を作る時、ただ炊事を任せるだけでなく、逃げ場と休む場所も作ること。

炊き出しの列で、怒鳴る者が出た時は、力で抑える前に温かい汁を渡して、

少し離れた場所に座らせること。

皆、真剣に聞いていた。

博之は横目で見ながら、思った。

お花さん、うまいな。

普段やっていることを、ちゃんと言葉にしている。

次はヨイチだった。

帳簿の話になると、空気が少し変わった。

「まず、銭は溜めすぎても駄目です」

いきなりそう言ったヨイチに、何人かが首をかしげる。

「飯場と寝床と湯浴みがあると、従業員の銭は溜まります。溜まるのは悪くありません。

ただ、溜まりすぎると、賭け事や女や妙な話に流れることがあります」

ヨイチは淡々と続ける。

「だから、買い付け品を回します。器、布、小物、甘いもの、土産。使い道を用意します」

だが、数字が少し出始めると、後ろの方で目がとろんとする者が出てきた。

博之はそれを見て、心の中で思った。

やっぱり帳簿は別会やな。

ヨイチもそれに気づいていたのか、長くは引っ張らず、最後にまとめた。

「帳簿は、人を責めるためにあるのではありません。異変を早く見つけるためにあります。

売上が落ちたら味か、人か、天気か、道か。数字は、現場を見るための入口です」

その言葉には、多くの者が頷いた。

そして、博之の番になった。

博之は少し茶を飲み、ゆっくり話し始めた。

「わしは、根無し草で始まった」

座敷が静かになる。

「松阪の普請で半月働いて、五百文を持って、ボロ小屋みたいなところで豚汁を作った」

何人かが驚く。

「本当にそこからなんですか」

「そうや。最初から屋敷があったわけやない。今みたいに二十拠点もあるわけやない」

博之はヨイチを見た。

「ヨイチなんか、本当に恨めしそうな顔して、わしの豚汁をじーっと見てたんや」

座敷が笑う。

ヨイチが少し顔をしかめる。

「恨めしそうは余計です」

「いや、ほんまにそんな顔やった」

「否定はしません」

さらに笑いが起きた。

「で、飯でも食うかって言うた。仕事するならやるぞって。寝る時は、

ボロ小屋で雨風をしのげる。まかない付き。一日十文」

「十文……」

「そうや。そしたらヨイチが、“それでもええからやらせてくれ”って言うた」

ヨイチが静かに頷く。

「本当に、あの時はそれで十分でした」

座敷が少ししんみりする。

「そこからや」

博之は続けた。

「だんだん人が増えた。でも、人はどんどん辞めた。辛いって言うて辞める。

飯屋は楽やない。朝早いし、火は熱いし、客は文句言うし、鍋は重い」

「今もそうです」

誰かが言い、笑いが起きる。

「それでも少しずつ大きくした。松阪の城下に出し、街道に出し、海に出た」

博之の声に少し熱が入る。

「そこで魚のすり身と、マグロの汁物や。今では伊勢神宮でも売ってるけど、

最初は捨てるような魚やった」

「下魚ですね」

「そう。値がつかん魚。それをすり潰して揚げる。マグロの端を味噌で煮る。食える形にする」

博之は笑った。

「それを九鬼水軍衆が面白がってくれた。捨てるものに値がつく。そこに価値を見出してくれた」

皆が聞き入っている。

「そこから伊勢の港へ行った。寄進もした。伊勢に寄進しすぎて、松阪の殿様に怒られた」

「怒られたんですか」

「怒られた。松坂にも銭を落とせって」

博之は大げさに手を広げた。

「それで布団二百組、十六万文や」

座敷がどっと沸いた。

「布団二百!?」

「意味分からんやろ。わしも分からん」

ヨイチがぼそりと言う。

「あれは今思っても大きかったですね」

「大きすぎるわ」

博之はさらに話を続けた。

「その後、津からも話が来た。店出してもええぞって言われたけど、偉そうやったから断った」

「断ったんですか」

「断った。そしたら港で炊き出しすることになって、殿様が来て、結局津でも商いが始まった」

皆、もう笑いながら聞いていた。

「そして名張の方から、恵んでくれって来た。けど、恵むだけは嫌やった。

商売を育てろと言うて向かった。そしたら1月後の報告の来しなに地侍に捕まって、

身代金を要求しに店まで来た」

「旦那様、波乱が多すぎます」

「ほんまやで」

博之は頷いた。

「で、払うけど伊勢神宮にも行かへんか、って言うた」

「なんでですか!」

座敷中が笑う。

「価値観変えるためや」

「身代金から伊勢神宮ですか」

「そうや。伊勢を見たら、道を塞いで小銭取るより、道を通して

商売した方がええって分かると思った」

「それで?」

「分かった」

博之はにやりと笑った。

「そこから信楽焼の話につながる」

座敷がどよめく。

「え、そこにつながるんですか」

「つながる。伊賀の道を抜けて、信楽焼を買い付ける。器が来る。飯が高く売れる。

寄進にも使える。そこから草津へ伸びる。奈良へ伸びる。京都の端へ伸びる」

博之は手を叩いた。

「つまり、地侍に捕まった話が、今の信楽焼の道につながるんや」

皆が口々に言った。

「旦那様、面白すぎます」

「話が飛びすぎてるのにつながってる」

「これ、時間足りませんよ」

お花も笑いながら言う。

「旦那様、全部話を持っていきましたね」

「いや、まだ全然序盤や」

「序盤で時間切れです」

ヨイチが冷静に言う。

「これ以上は、皆が寝ます」

「寝るか」

「寝ます」

博之は座敷を見回した。

皆、疲れてはいる。

だが、目は輝いていた。

なら、今日はここで切るのがいい。

「ほな、とりあえず今日はここまでにしようか」

「ええー!」

何人かが声を上げた。

「続きはまた話す」

「本当にですか」

「するする。奈良の坊さんの話とか、蟹江の話とか、信長公の話とか、まだ山ほどある」

「それ聞きたいです」

「なら、拠点に戻って今日の話をしてこい。どこが受けたか、どこが分からんかったか、

手紙で送ってくれ」

皆が頷いた。

第一回飯の道の会は、予定よりもずっと笑い、ずっと熱を持って終わった。

お花が片付けながら言う。

「旦那様、結局半分どころか、最後全部持っていきましたね」

「しゃあないやろ。わしの人生が面白すぎるんや」

「自分で言いますか」

ヨイチが茶碗を片付けながら、少しだけ笑った。

「でも、残す意味はありそうです」

博之は、少し照れたように頭をかいた。

「せやな」

飯の道は、ただの規則では残らない。

人から人へ。

笑い話として。

失敗談として。

それでも、芯だけは残るように。

その夜、伊勢松坂屋は、自分たちの物語を初めて“語り継ぐもの”として扱い始めたのである。