軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

松坂の港に信長一行が到着。迎える博之。湯あみを勧め、松坂の城主と晩の会食へ

松坂の港へ船が入る頃には、夕暮れの色が海に落ち始めていた。

港にはすでに伊勢松坂屋の者たちが並んでいる。

「ようこそお越しくださいました」

お花とヨイチが頭を下げ、その後ろには帳場の者、湯治場の者、港の荷運びたちまで並んでいた。

信長は船から降りながら周囲を見渡す。

蟹江も賑わっていたが、こちらはもっと落ち着いている。騒がしいだけではない。

人の流れと荷の流れが、妙に整理されている。

藤吉郎が小声で言った。

「殿、あれです。旦那が“根が張っとる状態”って言ってたやつです」

「なるほどな」

博之は慌てて駆け寄ってきた。

「いやいや、ほんまに来はったんですね」

「お前が来い言うたんやろ」

「言いましたけど、こんな早いと思わへんかったんです」

信長は笑った。

「決めたら早い方がええ」

「それでこっちの胃が死ぬんですよ」

周囲が笑う。

博之はすぐに切り替えた。

「とりあえずこちらに着いたので、一息ついてから松阪の殿様のところへ参りましょう。

……いや、その前に湯でも浴びに行きます?」

「湯?」

滝川筋の者が反応する。

博之は頷いた。

「戦続きで疲れてるでしょうし。船乗った後って、意外と体に来るんですよ。

飯の前に一回湯入ると楽です」

「ほう」

信長も少し興味を示した。

案内されたのは、港近くに作られた湯あみ場だった。

簡素な湯ではない。

木と石で丁寧に整えられ、香の匂いまで漂っている。

信長が湯に浸かると、思わず声を漏らした。

「……ええな」

「でしょう?」

博之は湯の縁に腰掛けながら笑う。

「高い方の湯あみです」

「高い方?」

「はい。簡易的な湯治は従業員用にもっと安いのがあります。こっちは、旅人とか、

金持ってる人向けです」

「金取るんか、従業員から」

「取ります」

即答だった。

滝川筋の者が驚く。

「旦那、そこは無料ちゃうんですか」

「いや、金回さなあかんのです」

博之は真顔で言った。

「特に、寝るところと食べるものと湯あみ。ここ無料にしすぎると、人が銭使わへんようになる。

金が溜まりすぎる」

「金が溜まるのはええことちゃうんか」

「ほどほどならええです。でも根なし草上がりの人間って、急に銭持つと、

逆に使い方わからへんようになるんですよ」

ヨイチが横から補足する。

「だから、適度に店の中で回してもらうんです。湯、寝床、器、服、酒。そうすると、

従業員の暮らしが整う」

「しかも病みにくいです」

お花も頷いた。

「湯に入って寝る場所があるだけで、人はかなり変わります」

信長は湯に浸かりながら感心した。

「お前、ほんまに飯屋か?」

「最近そればっか言われます」

湯あみを終えると、一行は着替えを整え、松坂城へ向かった。

城へ入ると、松阪の殿様自ら出迎えた。

「ようこそお越しくださいました。伊勢神宮へのご参拝の件、承っております」

信長も礼を返す。

「急な話ですまんな」

「いえ。飯屋と付き合っていると、変なことが起きるのは慣れました」

その場に笑いが起きる。

松坂の殿様は博之を見ながら続けた。

「しかし、まさか織田様とこうして会えるとは思いませんでした」

「わしもや」

信長が笑う。

「飯屋に伊勢へ連れて行かれるとは思わんかった」

「私もです」

博之も真顔で頷いた。

「なんでこんなことになってるんやろって、まだ思ってます」

藤吉郎が吹き出す。

「旦那、自分で流れ作っとるでしょうに」

「いや、流れは作ったけど、殿様が本当に来ると思わへんやん」

「来たぞ」

「来はりましたね……」

松坂の城主が酒を口にしながら笑った。

「そういえば、蟹江の会談にも来ておられましたな」

「はい」

博之は平然と答える。

「私は友達として行きました」

一瞬、座が静まり、次の瞬間どっと笑いが起きた。

「どんな気軽さで北畠の城主使っとんねん!」

滝川筋の者が思わず突っ込む。

博之は肩をすくめた。

「いや、友達ですし」

「友達で済む立場ちゃうやろ!」

「でも友達なんですよ」

松阪の城主も笑いながら言う。

「こやつ、最初からこうなのです。気づいたら横におる」

「怖い話やな」

信長が酒を飲みながら言った。

「気づいたら飯食いながら国の話になっとる」

「私としては飯の話してるつもりなんですけどね」

「どこがや」

また笑いが起きる。

だが、笑いながらも、皆どこか不思議な感覚を抱いていた。

つい少し前まで、蟹江で刃を交えていた。

その延長で、今こうして同じ湯に入り、同じ膳を囲み、伊勢神宮へ向かおうとしている。

その中心にいるのが、刀も持たぬ飯屋。

信長は杯を置き、博之を見た。

「お前、ほんまに変な男やな」

「最近それもよう言われます」

「だが、面白い」

「ありがとうございます」

「褒めてるかどうかは分からんぞ」

「怖いこと言わんといてください」

松阪の城主が笑う。

「しかし、飯屋のおかげで北畠と織田が同じ席に座る。世の中、分からんものですな」

博之は少しだけ真面目な顔になった。

「飯って、不思議なんですよ」

「ほう」

「腹減ってる時、人は殺気立つんです。でも、湯入って、飯食って、酒飲んだら、

ちょっとだけ話聞けるようになる」

信長は静かに頷いた。

「……それは、あるな」

「だから私は、飯屋やってるんやと思います」

座が少し静かになった。

外では、松坂の港の灯が揺れている。

信長の伊勢行き。

それはただの参拝ではない。

飯屋が作った“道”を、戦国の覇者が実際に歩き始めた瞬間だった。