軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

蟹江での会談を文にしたためて秀吉に松坂までもって行けと話す。飯屋の運用を戦後処理や調略の運用に使えないか。あと伊勢を見たいがいい考えないか聞いて来いと言われる

信長は、蟹江での会談を終えた後、すぐに文をしたためさせた。

内容は、蟹江における停戦を一年とすること。伊勢松坂屋が蟹江、津島、常滑など織田方の領内で、

飯場、横丁、市、湯浴み、炊き出しに関わる拠点を置くことを認めること。ただし、兵を抱えず、

砦とせず、織田方へ筋を通すこと。

信長は、その文を藤吉郎に渡した。

「猿。お前が持っていけ」

「私が、でございますか」

「そうや。伊勢松坂屋へ行け。あいつに一年の休戦と、領内での横丁作りを認める文を渡してこい」

「承知しました」

藤吉郎が頭を下げると、信長はさらに続けた。

「ついでに、聞いてこい」

「何をでございますか」

「寺社仏閣への寄進の仕方、炊き出しの仕方、飯場の置き方、人の集め方や。武家は別に炊き出しや

寄進が本業ではない。だが、それをうまく使える者がいるかどうかで、取った後の土地の

戻りが変わる」

藤吉郎は、蟹江の港を思い出した。

荒れた城下のそばで、飯が出て、湯浴みがあり、人が働いていた。あれは、

ただの善意ではなかった。仕組みだった。

「それを学べ、ということでございますな」

「学ぶだけやない。人を育てろ」

信長は言った。

「うちの領内で、そういうものを勉強させた者を作る。寺社に顔を出せる者、

炊き出しを仕切れる者、商人と話せる者、民の不満を拾える者。そういう者を育てて、美濃へ放つ」

「美濃へ」

「そうや。斎藤を攻めるにしても、武だけでは足りん。じわじわ染み込ませる。

織田に寄れば飯が出る、寺も立つ、商いも通ると思わせる。そうすれば、美濃を取る速度が

上がるかもしれん」

藤吉郎は、思わず息を呑んだ。

「それは、実験でございますか」

「実験や」

信長はあっさり言った。

「伊勢松坂屋がやっておることを、そのまま真似できるとは思わん。だが、使えるところはある。

あいつは飯屋やが、土地に染み込むやり方を知っておる」

「では、私は伊勢松坂屋の監視役でございますか」

「監視もある」

信長は、口元を少し歪めた。

「だが、それだけやない。寄進見習い、炊き出し見習い、飯場見習いのようなものやな」

「私が、飯屋に学ぶわけですか」

「嫌か」

「いえ」

藤吉郎はすぐに頭を下げた。

「むしろ、あの者のところは、見れば見るほど妙でございます。学ぶものは多いかと」

「なら行け。人の選別はお前に任せる。雇う者も任せる。美濃へ出せそうな者、寺社に向く者、

商人に向く者、民と話せる者を見つけろ」

「承知しました」

「それと」

信長は少し声を落とした。

「博之に聞け。どういう運用をすればよいか。率直に聞け」

「そのまま、でございますか」

「そのままや」

信長は、博之の困った顔を思い出したように笑った。

「あいつは、変に飾って聞くより、率直に聞いた方が何か出す。『殿から言われております。

織田領内で寄進や炊き出しを学ばせ、美濃へ染み込ませる者を育てたい。

どう運用すればよいか』とな」

「たしかに、率直に聞いた方が出しそうです」

「出してくるわ」

信長は断言した。

「それともう一つ。伊勢を見たい」

藤吉郎は顔を上げた。

「伊勢でございますか」

「そうや。伊勢を見たい。だが、北畠がある。いきなり踏み込めば角が立つ」

「北畠への顔も立てながら、伊勢を見る方法を探れ、と」

「そうや」

信長は頷いた。

「伊勢松坂屋なら、北畠と近い。九鬼水軍とも近い。寺社とも近い。伊勢神宮前の海鮮焼きもある。

あいつに聞けば、北畠の顔を立てながら、伊勢を見る方法を何か考えるやろ」

藤吉郎は、思わず苦笑した。

「殿、完全に伊勢松坂屋を便利に使うおつもりでございますな」

「便利なものは使う」

「本人は嫌がると思います」

「嫌がるやろな」

信長は楽しそうに言った。

「だが、飯の道が増える話なら、最後には考える。あいつはそういう男や」

藤吉郎は深く頭を下げた。

「では、文を持って伊勢松坂屋へ向かいます。休戦一年の書面、織田領内の横丁と飯場の許可、

炊き出しと寄進を学ぶ人材の相談、美濃へ向けた運用、そして北畠の顔を立てながら伊勢を見る方法。

この五つを、率直に聞いてまいります」

「そうや」

信長は、文を藤吉郎へ渡した。

「ただし、忘れるな。あいつは面白いが、怖い。取り込みすぎるな。だが、遠ざけすぎるな」

「難しい役目でございます」

「だからお前にやらせる」

藤吉郎は、少しだけ笑った。

「ありがたきことにございます」

「飯も食ってこい」

「それは、必ず」

信長は低く笑った。

「うまい飯を食いながら、国の取り方を聞いてこい。あの飯屋なら、また妙なことを言う」

藤吉郎は文を懐にしまい、頭を下げて退出した。

数日後、伊勢松坂屋に着いた藤吉郎は、博之に文を差し出した。

博之はそれを読んで、まず胸をなでおろした。

「一年、本当に書面になったんですね。ありがたいです」

「殿からの正式な文です」

「助かります。蟹江の人らも安心しますわ」

そこで藤吉郎は、信長から言われたことをそのまま話した。

「それで、もう一つ。殿から率直に聞いてこいと言われております」

「嫌な予感がします」

「織田領内で、寺社への寄進、炊き出し、飯場、市、横丁の作り方を学ばせる人材を育てたい。

そこで学ばせた者を美濃へ出し、じわじわ土地に染み込ませるような形で、美濃を取る速度が

上がるか試したい。どう運用すればよいか」

博之は、しばらく固まった。

「……織田様、めちゃくちゃ吸収早くないですか」

「殿は、良いと思ったものは取り入れます」

「怖いなあ」

「さらに、伊勢を見たいそうです。ただし、北畠への顔を立てながら。その方法も探れ、と」

博之は、両手で顔を覆った。

「なんで私に聞くんですか」

「殿いわく、率直に聞けば何か出してくる、と」

「信頼されてるのか、面倒ごと投げられてるのか分からん」

お花が横で笑った。

「両方では」

「ひどい」

ヨイチが静かに帳面を開いた。

「ですが、これは伊勢松坂屋にとっても大きな話です。織田領内で正式に飯場と横丁が認められ、

人材育成の話まで来た。慎重に組めば、かなり大きな道になります」

博之は、深いため息をついた。

「また飯の道が増えるんか」

藤吉郎は笑った。

「殿もそう言っていました。旦那は嫌がっても、飯の道が増える話なら考える、と」

「見透かされてるやん」

博之は天井を見上げた。

「分かりました。まずは織田領内で学ぶ者向けの心得会を作りましょう。寄進、炊き出し、

飯場、市、寺社、顔役、帳簿、採用。全部いっぺんにやると死ぬので、分けます」

「出ましたな」

「出させたのはそちらです」

博之は、疲れた顔で言った。

「ただし、うちは飯屋です。戦の道具そのものにはなりません。飯を出す。人を戻す。

寺社に顔を立てる。商いを通す。そこまでです」

藤吉郎は頷いた。

「それで十分でございます」

博之は小さく呟いた。

「十分が怖いんですよ」

こうして、伊勢松坂屋はついに、織田領内での飯場作りだけでなく、

織田家の“戦の後始末を担う者”の育成にも関わることになっていくのだった。