軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

自分やヨイチ、お花さんの分身を作らないと現場と帳簿が回らないwww伊勢松坂屋心得会を作ろう。本も作るか?

九鬼水軍との話を終えて戻ってきた博之は、ヨイチとお花を呼んだ。

屋敷の奥で、いつものようにごろごろしながらである。

「水軍の方で、いろいろ話してきたんやけどな」

「はい」

「要は、旦那だけが分かっててもあかんぞ、という話になった」

ヨイチが帳面を抱えたまま頷く。

「それは本当にそうです」

「飯の話ちゃうけどな」

「旦那様、その話はもう諦めてください」

「早いな、突っ込みが」

博之は少し寂しそうにしたが、すぐに真面目な顔になった。

「つまりや。わしの分身というか、夜市の分身、お花さんの分身も、

たくさん作らなあかんということが分かった」

お花が静かに頷いた。

「現場を見る者、帳簿を見る者、人を見る者。それぞれ必要ですね」

「そうや。帳簿を見れる者がいないと死ぬ。けど、帳簿だけ見て現場が見えん者に任せると、

今度は店が死ぬ」

「どちらも必要です」

「だから、十万文ずつぐらい渡すから、予算として使って、勉強会をやろうかと思う」

ヨイチが目を細めた。

「十万文ずつ、ですか」

「少ないか?」

「いえ、旦那様の金銭感覚が相変わらず怖いだけです」

「怖い言うな。必要経費や」

博之は畳に肘をついた。

「もちろん、仕事もあるから毎日集めるわけにはいかん。何日かに一回、順々に話す。

帳簿を見る会、現場を見る会、人を見る会、港を見る会、寺社を見る会、そういう感じやな」

「座談会ですね」

「勉強会でもええ」

「お茶会でもいいですね」

「名前は何でもええわ」

お花が少し笑った。

「旦那様の昔話を聞く会、でもよいのでは」

「それやと寝なし草時代の恥ずかしい話ばっかりになるやん」

「皆、好きだと思いますよ」

「やめてくれ」

ヨイチが筆を取る。

「ただ、旦那様の話や、お店が失敗しかけた話、奈良の百五十万文、伊賀の地侍、長野家、蟹江。

そういう話を本のようにまとめるのは、意味があると思います」

「本にするんか」

「掟は掟として作ります。けれど、掟だけでは心に落ちません。なぜそうするのか、どこを見るのか、

どこで失敗するのか。それが分かる話が必要です」

「なるほどな」

博之は少し起き上がった。

「じゃあ、表も作ろう」

「表?」

「漏れがないか見る表や。飯はうまいか。炊き出しは回ってるか。湯浴みは汚れてないか。

寝床は足りてるか。地元の店を食いすぎてないか。寺社への挨拶はしてるか。帳簿の銭と現場の

空気がずれてないか。新人が嘘ついてないか。仲間を大事にしてるか」

お花が少し驚いた顔をした。

「旦那様が、またまともなことを言っています」

「またって何や」

「いえ、立派です」

「絶対思ってへんやろ」

ヨイチは真面目に頷いた。

「でも、本当に必要です。採用の見方も入れましょう。嘘をつかない。弱い者を食い物にしない。

仲間を売らない。女衆に横柄にしない。銭を持って急に偉そうにしない」

「頼むわ」

博之は、少し遠い目をした。

「これ、織田の領土までまたあれやぞ。蟹江、津島、常滑。そこに瀬戸焼きまで入ってきたら、

帳簿死ぬやろ」

「死にます」

ヨイチは即答した。

「しかも瀬戸焼きは高いです。松阪や伊勢で出したら、従業員たちはかなり銭を使うと思います」

「吐き出してくれるやろ」

「吐き出すって言い方」

お花が笑う。

博之は真面目に言った。

「でも、ほんまにそうやで。根なし草の頃から考えたら、ヨイチもお花さんも、

自分の銭もう数えてへんやろ」

ヨイチは少し目をそらした。

「自分の部屋の銭は、数えるのをやめました。多すぎるので」

お花も小さく頷く。

「私も、だいたいで見ています」

「ほらな。銭が溜まりすぎるのも怖いんや。だから瀬戸物とか、信楽焼とか、常滑焼とか、

そういう形あるものに変えてくれた方がええ。銭の匂いも溜めすぎると臭なる」

「ああ、それはお香を炊いてごまかしています」

「そういう話ちゃうねん」

博之は思わず突っ込んだ。

「適度に吐き出してもらわんと。銭を品に変える。品を使う。誰かに贈る。寺社に回す。

市で使う。そうやって回さんと、銭だけ抱えてると狙われる」

ヨイチが筆を走らせる。

「従業員向けにも、銭の使い方の会が必要ですね」

「それもいるな」

「貯めるだけではなく、使い方を覚える。瀬戸物、信楽焼、常滑焼、布、道具、家族への仕送り、

寺への寄進」

「あと、賭け事と女に突っ込みすぎるな、やな」

「それも大事です」

お花が穏やかに言う。

「旦那様は、飯の道だけではなく、人の暮らしの道も作り始めているのかもしれませんね」

「また大きいこと言う」

「実際、そうなっています」

博之は畳に転がり直した。

「怖いなあ」

「でも、楽しいのでしょう」

ヨイチが言う。

博之は少し黙ってから、観念したように答えた。

「楽しい」

「では、やりましょう」

「じゅんぐりじゅんぐりやな」

「はい。まずは勉強会の名を決めましょう」

「飯の道お茶会」

「軽すぎます」

「根なし草講座」

「暗すぎます」

「伊勢松坂屋心得会」

「それが無難です」

お花が笑った。

「では、心得会ですね」

博之は目を閉じた。

「心得会か。まあええわ。ヨイチとお花さんの分身を作る会や」

「旦那様の分身もです」

「わしの分身は、あんまり増えたら困るやろ」

「確かに、全員がごろごろし始めたら困ります」

「ひどいな」

座敷に笑いが起きた。

けれど、話は笑い話だけでは終わらなかった。

蟹江、津島、常滑。

その先の瀬戸。

京都の端。

南近江。

道が増えるなら、人も増やさねばならない。

店を増やすなら、心得も増やさねばならない。

博之は、布団にくるまりながら呟いた。

「飯屋って、人を育てる仕事でもあるんやな」

ヨイチが帳面を閉じた。

「今さらです」

「ほんま、今さらやな」

お花が静かに茶を注いだ。

「でも、今気づいたなら、間に合います」

博之は小さく頷いた。

「ほな、十万文ずつ。心得会、始めようか」

飯の道は、また少し形を変えようとしていた