軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

飯屋として何を望むと聞かれたので瀬戸物の仕入れと答え笑われる博之。天下を論じる飯屋。面白い。1年休戦して様子を見る

信長は、海鮮焼きの人だかりをしばらく眺めていた。

それから、博之に向き直る。

「飯屋として、お前は何を望む」

博之は、少し考えた。

織田信長を前にして、何を望むか。銭か。停戦か。尾張での商売許可か。

だが、口から出たのは、それよりもずっと飯屋らしい言葉だった。

「瀬戸物を仕入れたいなと思っております」

信長は一瞬、黙った。

「瀬戸物?」

「はい」

藤吉郎が思わず笑いそうになった。

「この流れで瀬戸物ですか」

「飯屋ですから。器は大事です」

博之は真顔で言った。

「当面は、海の道で九鬼水軍さんに協力していただきながら、常滑焼や津島、蟹江、津島の

拠点を立ち上げていくつもりです。けれど、その先には瀬戸物まで見ています」

信長の目が細くなる。

「瀬戸まで見ておるのか」

「はい。今、六角の観音寺の近くに横丁を持ち始めています。そこから佐和山、さらに美濃へ入り、

尾張へつなぐ道ができれば、一つの巡回ルートができます」

博之は地面に指で線を描くようにしながら続けた。

「最近、私は飯の道を作る楽しさを覚えました」

「飯の道」

「はい。伊賀の道があります。伊賀から奈良へ下り、奈良から京都の郊外へつなぎ、

京都郊外から草津、草津から関・亀山、そこから松阪へ戻る道。信楽焼を伊賀から通す道。

草津から関へ抜ける道。いくつかの道ができています」

信長は黙って聞いている。

「そこへ美濃から尾張へ抜ける道ができれば、買い付け隊の巡回ルートがまた一つできます。

瀬戸物、常滑焼、信楽焼、奈良の葛やそうめん、京都の小物、伊勢の品。

そういうものがぐるぐる回るようになる」

「お前、ほんまに飯屋か」

「飯屋です」

博之は即答した。

「飯をうまく出すには、器も要ります。器が良くなれば飯も映えます。器が売れれば、

焼き物の里も潤います。従業員も喜びます」

信長は、少しだけ笑った。

「では、その道の途中で、わしらが荒らした後は直してくれるのか」

博之はすぐには答えなかった。

港の方を見る。蟹江の者たちが、お好み焼きや海鮮焼きを囲んで笑っている。

その後ろには、まだ戻りきらない城下がある。

「善意だけでは無理です」

博之は静かに言った。

「日頃からの炊き出し、寺社への挨拶、顔役との根回し、飯場、湯浴み、寝床。

そういうものがないと、急に直そうとしても直りません」

「金だけではないか」

「金は必要です。でも、金だけでも無理です」

信長は、少し面白そうに見た。

博之は続ける。

「戦の花形は、騎馬隊や鉄砲隊や弓の者でしょう。けど、今日みたいな交渉をきちんとする

木下様のような方を育てることも大事やと思います」

藤吉郎が少し驚いた顔をした。

「私ですか」

「はい。木下様は、話を聞いて、見て、持ち帰れる方です。そういう方がいないと、

戦で勝っても後が続きません」

信長は藤吉郎をちらりと見た。

「猿、褒められておるぞ」

「ありがたいことでございます」

博之は、さらに言った。

「できれば、私の例を出すのはあれですけど、長野家を丸ごと取り込むように、国人衆を少しずつ

説得しながら織田に組み込む。休戦中だから今すぐは難しいでしょうが、

普段から飯を与え、顔を立て、寺社に寄進し、周りに“織田はそこまで丁寧にやる”と見せていく」

「不満を焚きつけるのか」

「いいえ。焚きつけるのではありません」

博之は首を振った。

「ただ、不満がある者に対して、織田に寄った方が飯が食える、仕事がある、

寺も壊されっぱなしにされない、そう思わせるんです。ゆっくり染み込ませるように」

信長は、じっと博之を見た。

「お前、本当に刀を持っておらんで良かったわ」

博之は固まった。

「え」

「刀を持って、謀略を疑われるような立場でそれを言うてきたら、怖すぎて斬るところやったぞ」

「勘弁してください。今日はご飯会じゃないですか」

「ご飯会にしては、国の話ができすぎる」

「聞かれたからです」

「聞かれてそこまで答える飯屋がおかしい」

藤吉郎は、横で苦笑した。

「殿、私も松坂で同じことを思いました」

「やろうな」

博之は慌てて言った。

「でも、これは飯の道を考えていたら、自然とそうなるんです」

「自然に天下取りの道筋が出てくるのか」

「天下取りではなく、物流です」

「似たようなものや」

「違います」

博之は必死に否定した。

「例えば、京都の真ん中は格式が高くて入れません。だから京都の端を見ます。宇治、大津、草津を

つなぐ。そこから関・亀山へ戻る。そうやって道を作ると、物流が良くなるんです。

拠点の従業員がめちゃくちゃ喜びます」

「なぜや」

「いろんな国のものが手に入るからです」

博之は、少し楽しそうになってきた。

「信楽焼、常滑焼、瀬戸物、奈良の葛、そうめん、京都の小物、伊勢の干物、尾張の品。

全部が売れるわけではありません。けど、買い付け隊でぐるぐる回していると、結構な量が

売れていきます」

「遠方のものほど値が上がる」

「はい。珍しいですから。しかも、こっちの目利き、従業員の目利きで買います。

これならあの店で売れる、これは伊勢で受ける、これは松阪の女衆が欲しがる。

そうやって選ぶから、金回りも良くなる」

「地元の者も喜ぶのか」

「喜びます。手に入らないものが手に入るからです。逆に、自分たちの土地のものが遠くで売れると

なれば、それも喜ぶ。焼き物の里も、漁師も、農家も、寺も、商人も、少しずつ喜ぶところが出ます」

信長は、海鮮焼きの鉄板を見た。

人が集まっている。銭が動いている。笑いが生まれている。だが、博之の話は、

そこからさらに遠くの道まで伸びていた。

「飯から、器へ。器から道へ。道から国へ」

信長は、低く呟いた。

「本人は国を取る気がないのに、国の形を見ておる」

「国を見てるというより、道を見てます」

「それが国や」

博之は返す言葉を失った。

藤吉郎が、少し呆れたように笑った。

「旦那、殿の前で瀬戸物が欲しいと言うて、気づけば美濃、尾張、佐和山、京都、

国人衆の取り込みまで話してますよ」

「本当に、なんでこうなるんですかね」

「自分で言うたんです」

「聞かれたから」

信長は、ふっと笑った。

「お前、ほんま何屋やねん」

博之は、少し考えてから、いつものように答えた。

「飯屋です」

「飯屋が瀬戸物を欲しがり、美濃を語り、国人衆の帰心を語るか」

「器がないと飯が映えませんし、道がないと器が届きませんし、人が荒れたら飯が売れませんから」

信長は、ついに声を出して笑った。

「理屈は通っておる。そこがまた腹立つ」

「腹立つんですか」

「腹立つくらい面白い」

信長は、少し真面目な顔に戻った。

「瀬戸物の話は覚えておく。常滑、津島、蟹江については、こちらへ筋を通せ。

勝手に奥へ入りすぎるな」

「承知しました」

「美濃の話もな」

博之はびくっとした。

「私は何も」

「言った」

「言いましたけど、飯屋の戯言です」

「戯言にしては、筋が良すぎる」

藤吉郎がうなずいた。

「殿、少なくとも聞いて損はない話でした」

「分かっておる」

信長は、海鮮焼きをもう一つ取った。

「飯屋のくせに、飯より後に効いてくる話をする」

博之は困ったように笑った。

「うちの飯も、後から気づきが来ると言われました」

「その通りや」

信長は海鮮焼きを食べ、遠くの蟹江の城下を見た。

「一年見る。その間に、お前の飯の道がどう動くか見せてもらう」

「ありがとうございます」

「ただし、怖い動きをしたら止める」

「はい」

「だが、面白い動きをしたら」

信長は少しだけ笑った。

「使う」

博之は深く頭を下げた。

港のざわめきは続いている。

お好み焼きの匂い。

海鮮焼きの歓声。

マグロの汁物の湯気。

信楽焼の皿。

常滑の小壺。

飯屋のご飯会は、いつの間にか尾張、美濃、近江、京都、伊勢をつなぐ話になっていた。

藤吉郎はその様子を見ながら、心の中で呟いた。

本当に、何屋なのだろうか。

だが、答えは博之の中では決まっている。

飯屋。

ただし、国の道まで見えてしまう、あまりにも厄介な飯屋だった。