軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

博之が語る。北畠の軍勢が強いかわからないが戦後の後処理をする銭や頭はあると。天下を取るには伊勢は欲しい。どうとるか問われた博之は天下を語る

海鮮焼きの鉄板の前には、すでに人だかりができていた。

くるり、と丸い生地が返るたびに、港の子どもたちが声を上げる。大人たちも、

最初は遠慮がちに見ていたが、だんだん前へ寄っていく。織田方の供の者まで、

つい視線を奪われていた。

博之は、信長の前で深く頭を下げた。

「実はですね、木下秀吉様には、この海鮮焼きの姿はまだ見せておりませんでした」

藤吉郎が驚いた顔をする。

「え、そうなんですか」

「はい。松阪の港を通れば、実は海鮮焼き屋はやってました。けど、そこは見せてません」

「見せてくれたらよかったのに」

「見せたら、今日みたいに話が大きくなるでしょう」

博之が真顔で言うと、藤吉郎は言葉に詰まった。

信長は、海鮮焼きに群がる人々を見ながら言った。

「では、これは北畠の領分ではもう広がっているのか」

「はい。伊勢より南、伊勢、鳥羽では普通にあります。もちろん全部の店がこの規模では

ありませんが、海鮮焼きや鉄板の見せ方は、かなり浸透しております」

「北畠の者も、この意味を分かっていると」

「分かっておられます」

博之は慎重に言葉を選んだ。

「領主方も、これで銭が落ちることは重々承知されています。総額までは把握されていないと

思いますが、人が寄る、港が賑わう、店が潤うということは見ておられます」

「そして、お前に釘も刺すわけか」

「はい。“客を持っていきすぎて、他の店の食い口を減らすような真似はするな”と。

松坂の殿様も伊勢の方も、そのあたりはかなり敏感です」

信長は少し笑った。

「飯の商売感覚がある殿様か」

「はい。北畠の軍勢が強いかどうかは、私は知りません。長野家は勝手に折れて、

勝手に吸収されたような形でしたので、一兵も使っていませんし」

「そこはまた嫌な言い方やな」

「事実ですので」

藤吉郎が思わず苦笑した。

博之は、信長へ向き直った。

「織田の軍勢が強いことも分かります。今川を討たれたことも、木下様のような方を

重用されていることも、私は面白いと思っています」

「ほう」

「ただ、今日の蟹江のありさまを見る限り、もし今この状態で伊勢方面を攻めた時、

住民がどちらに同情的になるかは、正直、明らかだと思います」

その場の空気が少し張り詰めた。

藤吉郎がちらりと信長を見る。

しかし信長は怒鳴らなかった。ただ目を細めた。

「続けろ」

「はい」

博之は、腹をくくった。

「北畠には、少なくとも戦の後の荒れを治すだけの銭はあると思っています。飯場を作り、

寺社に寄進し、炊き出しをして、港を戻す。そういうことに銭を回す感覚もあります。

今日この蟹江のように、城下から人が消えて、港や郊外に逃げるような状態になるなら、

住民は“どちらが自分たちを食わせてくれるか”を見ると思います」

信長は黙って聞いている。

「これは北伊勢の国人衆にも言えることです。戦の勝ち負けだけでなく、その後のことを、

彼らはかなり気にしていると思います。私は説教するつもりはありません。ただ、

今回たまたま蟹江にうちの拠点があったので、飯と寝床と湯浴みと仕事を出せました。

もしそれがない場所なら、どうなるかは分かりません」

しばらく沈黙が落ちた。

鉄板の音だけが、じゅうじゅうと響く。

やがて信長が、低く言った。

「耳が痛い話やな」

「申し訳ございません」

「いや、聞いておく話や」

信長は椀を置き、まっすぐ博之を見た。

「だが、こちらも大名として領地を広げねば成り立たぬところがある。この時代、

武士なら天下を取ることを考える。わしもそのつもりや」

その言葉に、周囲の者たちが息を呑んだ。

信長は続ける。

「今川を討った。少なくとも、自分に才がないわけではないことは分かっている。

では、次にどうするか。北伊勢の国人衆を切り取ろうとした。結果は、このていたらくやがな」

信長は、自嘲気味に笑った。

「飯屋に百五十万文を出され、半年の停戦になった」

博之は何も言えなかった。

信長は、ふと問いを投げた。

「では、飯屋のお前ならどうする。伊勢が欲しいなら、どう取る」

藤吉郎が目を見開いた。

お花もヨイチも、博之の方を見た。

博之は一瞬固まったが、すぐに困った顔をした。

「私にそれを聞きますか」

「聞く。飯と物流で家一つ傾けた男やろ」

「潰したくて潰したわけではないんですけど」

「では、潰したくてやるならどうする」

博之は、しばらく黙った。

そして、ぽつりと言った。

「私なら、とりあえず斎藤を取ります」

場が凍った。

藤吉郎が思わず声を上げる。

「斎藤を?」

信長も、わずかに目を見開いた。

「伊勢ではなく、美濃か」

「はい。できれば綺麗に取ることが大事です」

「綺麗に?」

「蟹江のありさまを見ると、攻める方も守る方も、住民のことをあまり考えていません。

城を取っても、城下が空では税も商売も立ちません。ですから、戦の後始末をしながら、

丁寧に治めていく。国力を落とさない。落ちても一時的にする。そこまでやってくれる家なら、

その家の下で働いてもいいかな、と思う者は出てくるはずです」

信長は静かに聞いていた。

博之は続ける。

「もちろん、必要な銭は払わないといけません。そのためには税収を上げる。税収を上げるには

商売が下手では駄目です。平時は商売を回す。戦になったら壊したものを直し、安心させる」

「それで斎藤を取ると」

「はい。今、蟹江で半年の停戦ができました。この半年で争う先を減らす。北伊勢は、

飯荷の約定で争う先を減らし始めている。松平も、まだ三河で小さい。なら、

今織田家が大きく動くなら、美濃、斎藤の領分をどれだけ取るかだと思います」

藤吉郎は口を開けたまま聞いている。

「大義名分は、義理の父である斎藤道三様の仇討ち、あるいは国を譲るという話があったことを

理由にする。奥方様の里帰りも兼ねるような形にして、丁寧に進める。荒らしすぎず、

降る者には役目を与え、寺社や商人には早めに顔を立てる」

「尾張と美濃を持つ」

信長が低く言った。

「はい。尾張と美濃が取れれば、力の見え方が変わります」

「次は?」

「南近江の六角です」

藤吉郎がさらに目を丸くした。

「六角まで」

「はい。ただし、これもできれば国力を温存して屈服させる方がよいと思います。

長野家のように丸ごとは難しいでしょうが、戦を長引かせて焼き尽くすより、要所を押さえ、

商いと寺社を先に取り込んで、早く終わらせる」

信長の表情が、だんだん真剣になっていく。

「尾張、美濃、南近江。すると」

「六角と尾張で北伊勢を挟めます。さらに京都への道が見えます」

「京都か」

「はい。もっと言えば、京都を取る。朝廷なり将軍家なりの意向で、伊勢を平定せよという

大義名分を得る。あるいは、北畠に京都まで挨拶に来いと言わせる。そこで

“なぜ織田に挨拶せねばならんのか”と反発させる。反発を口実に、伊勢を取り込む」

完全に場が止まった。

信長も藤吉郎も、しばらく何も言わなかった。

港の人々のざわめきが遠くに聞こえる。

海鮮焼きの丸い玉が、また一つ、くるりと返った。

やがて藤吉郎が、ようやく声を絞り出した。

「旦那……あんた、飯屋ですよね」

「飯屋です」

「今、天下取りの道筋みたいなことを言いましたよ」

「聞かれたので」

博之は困った顔で言った。

「私は、自分でやる気はないです。城も領地もいりません。ただ、もし伊勢が欲しいなら、

伊勢をいきなり攻めるより、周りの大義と道を整えてからの方が綺麗かなと思っただけです」

信長は黙って博之を見ていた。

その目には、怒りではなく、驚きと興味が混じっていた。

「斎藤、美濃、六角、京都、朝廷、将軍家、大義名分、伊勢」

信長は一つずつ言葉を並べた。

「飯屋の口から出る話ではないな」

「すみません」

「謝るな」

信長は、低く笑った。

「面白い」

藤吉郎はまだぽかんとしていた。

「殿、これは……」

「猿」

「はっ」

「こいつは、ほんまにただの飯屋ではないな」

「はい」

博之が慌てて口を挟む。

「ただの飯屋ではないかもしれませんけど、飯屋ではあります」

「そこが一番厄介や」

信長は、海鮮焼きを一つ取り、じっと見つめた。

「飯で人を集め、荷で道を作り、戦の後始末まで考え、聞けば天下の道筋まで口にする」

「やりませんよ、私は」

「分かっておる」

信長は口元を歪めた。

「だから、なおさら聞く価値がある」

そして、博之に向かって言った。

「蟹江の停戦、少なくとも一年は見る」

博之は目を見開いた。

「よろしいのですか」

「ただし、尾張の港での動きは、こちらにも逐一通せ。津島、常滑、蟹江。

勝手に兵を抱えるな。飯場を砦にするな」

「承知しました」

「その代わり、港と飯場の立て直しは見せてもらう」

「はい」

信長は、海鮮焼きを口に入れた。

噛み、飲み込む。

「腹立つくらい、うまいな」

博之は、少し震えた声で言った。

「ありがとうございます」

藤吉郎は、まだ博之を見ていた。

この男は、本当に飯屋なのか。

それとも、飯屋だからこそ、この道筋が見えるのか。

答えは分からない。

ただ、蟹江の港で、飯を囲んだ場が大きく動いたことだけは確かだった。