軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

海鮮焼きのお披露目。人が集まり歓声が上がる。飯を食べる前に勝っているなと秀吉。博之の希望を一定飲むという織田信長。

博之は、海鮮焼きの丸型鉄板が運び出されるのを見ながら、深く頭を下げた。

「正直に申し上げますと、海鮮焼きの話は、殿様が言われるまでは出さないでおくつもりでした」

信長は、少し目を細めた。

「ほう。隠すつもりやったか」

「隠すというより、扱いが危ないんです。これは本当に、場を持っていき過ぎます。

我々にとっても怖い飯です」

「それほどのものか」

「はい」

博之は、鉄板の方を見た。

丸いくぼみが並ぶ鉄板に油が引かれ、具材が用意されていく。すでに周囲の者たちは

ざわざわし始めていた。お好み焼きで集まっていた人々の視線が、少しずつそちらへ

吸い寄せられている。

信長はそれを見て、ふっと笑った。

「お好み焼きも、十分人を持っていっておるぞ」

「あれは、まだ見せられる方です」

「これよりもか」

「はい。お好み焼きは大きな鉄板で、ゆっくり焼いて、皆で眺める飯です。海鮮焼きは、

もっと人の目を奪います。丸く焼けて、くるっと返る。匂いが出る。見た目に分かりやすい。

子どもが声を上げる。大人も見たくなる。これは強すぎるんです」

藤吉郎が、少し身を乗り出した。

「松阪で食べた時は、うまいとは思いましたが、そこまでのものとは思いませんでしたな」

信長が横目で藤吉郎を見た。

「猿、お前は食っただけか」

「はい。焼くところまでは、あまり」

「そこを見ておらんからや」

信長は、もう鉄板から目を離していなかった。

博之は続けた。

「伊勢神宮前では、海鮮焼きは限定販売にしています。売れるからといって、

全部出してしまうわけにはいきません」

「なぜや。売れるなら売ればええやろ」

「普通はそう思います」

博之は頷いた。

「ですが、全部こちらが客を取ってしまうと、周りの店が潰れます。海鮮焼きで

腹を満たしてしまえば、よその店の飯が腹に入りません。そうなると、一時の売上は立っても、

町に溶け込めず、恨まれます」

信長は、博之を見た。

「ほう」

「だから、買ってくださった方には、お礼札を渡します。十五文割引の札です。

よその店でも食べてください、という意味を込めて配ります」

「自分の客をよそへ回すのか」

「はい。怖い飯なので」

博之は真顔で言った。

「うちだけが儲けて、周りが潰れるなら、長く商売できません。根を張るというのは、

周りを枯らして自分だけ伸びることではないです。周りの店も食えるようにしながら、

自分も食う。その形にしないと、いつか嫌われます」

信長は、少し黙った。

博之は、さらに言葉を重ねた。

「寄進も同じです。施しも、ただ施しで終わらせると続きません。売上の一部を寺に回す。

寺が炊き出しをする。子どもに文字を教える。市が立つ。人が来る。そうやって

仕組みにして回すから、続くんです」

「取り過ぎたら駄目、ということか」

「はい」

博之は答えた。

「魚でも、獣でも、山の恵みでも同じかもしれません。今あるだけ取れば、

その場の儲けは立ちます。でも、次が続かない。海鮮焼きも同じです。数を絞って、

貴重な飯にして、高い価値を生み出し続ける。食べられなかった人は、次を楽しみにしてくれる。

長い目で見れば、その方が強いんです」

信長は、鉄板の火を見つめた。

「……面白い」

博之は、少し恐縮したように頭を下げた。

「鉄砲の話をされていましたが、そういう意味では、これは火縄銃の連弾みたいなものかもしれません」

「連弾?」

「すみません。変な言い方です。鉄板焼きを弓矢と鉄砲で例えていただくなら、

海鮮焼きは火縄銃十挺分くらいの威力がある、という感覚です」

藤吉郎が目を丸くした。

「飯で火縄銃十挺分ですか」

「はい。あくまで商いの場において、ですけど」

その間に、海鮮焼きの鉄板に生地と具が流し込まれた。

じゅう、と音が鳴る。

小さな丸い穴の中で、生地が膨らみ始めた。海老や魚の切れ端、刻んだ青菜、

香りのあるものが入り、港に海の匂いが広がる。

周囲の子どもが声を上げた。

「なんや、あの丸いの!」

「くるくるするやつや!」

「見たい!」

大人たちも、自然と足を止める。

女衆が串を持ち、焼け具合を見ながら、一つをくるりと返した。

丸い玉が、きれいにひっくり返る。

その瞬間、周囲から「おおっ」と歓声が上がった。

信長の目が、わずかに鋭くなった。

「……なるほどな」

藤吉郎も目を見開いていた。

「これは、食う前にもう勝っておりますな」

「そうなんです」

博之は小さく頷いた。

「待つのも楽しいんです。焼けるまで見て、ひっくり返るのを見て、匂いを嗅いで、

まだかまだかと待つ。子どもが見れば、親も買いたくなる。少し高くても、買う理由ができる」

鉄板の周りでは、すでに人だかりができていた。

「私もやってみたい」

「これは体験もあるんか」

「伊勢では、体験もやってるらしいで」

そんな声が聞こえる。

博之は信長に向き直った。

「本当にやる時は、体験版もあります。もちろん火の扱いがあるので、女衆や慣れた者が付きます。

でも、自分でくるっと回したいという人が多いんです」

信長は、少しだけ笑った。

「そら、やりたくなるな」

「だから怖いんです」

博之はもう一度言った。

「食うだけなら、ただの飯です。でもこれは、見て、待って、やってみたくなって、食べて、

誰かに話したくなる飯です。だから、周りの店へ人を回す札を配るところまでしないと、

出すのが怖い」

信長は、深く頷いた。

「この力を間違えて使えば、他の店を全部食う」

「はい」

「海鮮焼き屋ばかりになる」

「そうです」

「腹を満たしてしまえば、よその飯が入らん。すると、町の飯の口が減る。お前は、

それを嫌うわけやな」

「嫌います。町に恨まれる飯は、長続きしません」

信長は、じっと博之を見た。

「ここまで考えておるのか」

「考えざるを得ませんでした。伊勢神宮前で実際に人が集まりすぎましたので」

「なるほど」

信長は唸った。

藤吉郎は、横で完全に驚いていた。

「殿、これは……」

「分かっておる」

信長は短く言った。

「飯がうまいだけではない。人の流れを作る。銭の流れを作る。しかも、

取り過ぎないことで長く続ける」

信長は海鮮焼きがくるくる返される様子を眺めながら、ゆっくり言った。

「ここまで飲もうか」

博之は一瞬、意味を測りかねた。

「飲む、とは」

「お前の話を、ある程度飲むということや」

場の空気が変わった。

信長は続けた。

「蟹江で、飯場と港をしばらく続けること。津島、常滑での横丁。北伊勢の荷の道。

そこをいきなり潰すより、まず見た方がよいということは分かった」

博之は深く頭を下げた。

「ありがとうございます」

「ただし」

信長の声が少し低くなる。

「飯で人を集める力は、わしも見た。だからこそ、勝手に兵を集めるような真似はするな。

城を持つな。飯場を砦にするな」

「それはいたしません」

「ならば、蟹江の半年は延ばす余地がある」

藤吉郎が驚いた顔をした。

「殿」

「猿、お前も見たやろ」

「はい」

「これは潰して終わりにするには惜しい。だが、放っておくには怖い。ならば、

こちらの目の届くところで使う」

博之は、静かに息を吐いた。

信長の言葉は、優しいものではない。

だが、否定ではなかった。

「一年、とはすぐには言わん」

信長は言った。

「だが、半年で切るより、様子を見る。蟹江の港と郊外、津島、常滑。その動きを見て判断する」

「十分でございます」

博之は深く頭を下げた。

その後ろで、海鮮焼きが焼き上がり、また歓声が上がった。

藤吉郎は、まだ半ば呆然としながら言った。

「飯で、ここまで話が動くとは」

信長は、海鮮焼きを一つ受け取り、少し冷ましてから口に入れた。

しばらく噛む。

「うまい」

それから、少し笑った。

「腹立つくらいにな」

博之は、恐る恐る答えた。

「そこは、できれば普通に褒めてください」

周囲に笑いが起きた。

港の空気は、先ほどよりずっと柔らかくなっていた。

信長は、もう一度鉄板の人だかりを見た。

「火縄銃十挺分か」

博之は恐縮して頭を下げる。

「言い過ぎでしたら、すみません」

「いや」

信長は、低く笑った。

「飯屋のくせに、なかなか物騒なたとえをする」

そして、もう一つ海鮮焼きを見つめながら言った。

「だが、分からんでもない」