軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

織田信長と蟹江で飯会談。鉄板でお好み焼きの会を催していて人だかりができていることに信長が気付く。

蟹江の港に船が着いた。

博之が九鬼水軍の船から降りると、港の方から声が上がった。

「おお、伊勢松坂屋さんの旦那や!」

「旦那様が来はったぞ!」

最初は数人だった声が、あっという間に広がる。荷運びの者、炊き出しに並んでいた者、

蟹江から逃げて港や郊外に身を寄せた者たちが、わらわらと集まってきた。

博之は、思わず後ずさった。

「いやいやいや、そんな大層なもんちゃいますよ。私はただのスケベなおっさんですから」

すると、年配の女が笑って言った。

「そのおっさんが飯をくれてるからありがたいんや」

「そうやそうや。偉い殿様より、飯くれるおっさんの方が今はありがたいわ」

「いや、その言い方も困るんですけどね」

博之は苦笑した。

だが、港の空気は悪くなかった。

織田信長が来るかもしれないという噂で、皆が緊張していた。戦を起こした側の大将が来る。

そう聞けば、怖がる者もいる。怒る者もいる。逃げようかと考える者もいる。

だからこそ、博之はまず港の者たちに声をかけた。

「今日はここで、ちょっとしたご飯会をさせてもらいます。けど、皆さんはあんまり

こっちばっかり見んといてください」

「無理ですわ。旦那、気になりますもん」

「気にされすぎると、こっちも困るんです」

博之は港の市の方を指した。

「あちらで、今日は鉄板焼きの催しをします。お好み焼きというものでして、

うちの慣れた者が根っこのところは焼きます。皆さんは、好きな具材を二人で選んだり、

家族で選んだりして、一緒に食べてください」

「お好み焼き?」

「はい。ごぼうを入れたり、海老を入れたり、大葉を入れたりできます。

女衆がちゃんと案内しますから、見ていってください」

港の若い者が目を輝かせた。

「なんや、面白そうやな」

「鉄板で焼くんか」

「匂いするんやろか」

「します。だから、そっちに行ってください。こっちをじろじろ見られると、私の胃が持たんので」

周りに笑いが起きた。

だが、別の男が少し真面目な顔で言った。

「でも旦那、今日の話がうまくいったら、戦が止まる時間が延びるかもしれんのやろ」

博之は一瞬、言葉に詰まった。

「……それは、まあ、少しは思ってます」

「やっぱり」

「でも、あんまり言わんといてください。こっちも荷が重いです」

「こっちは期待してまいますわ」

「だから、まずは飯です。うちは飯屋ですから。うまい飯を食うてもらうだけです」

そう言いながらも、博之の顔は少し硬かった。

港の者たちも、それを見て察したのか、少しずつ市の方へ流れていった。

ちょうどその頃、お好み焼きの鉄板に火が入った。

女衆が声を張る。

「今日は蟹江の港のご縁焼きです。二人で具を選んでも、一人で好きなものを選んでもええですよ。

ごぼうは根を張る縁、海老は腰が曲がるまで長生き、大葉は香りよく人に覚えてもらえる縁、

そんな感じでどうですか」

「またうまいこと言うなあ」

「ほな、ごぼう入れよか」

「わしは海老や。腰曲がっても生きたいわ」

鉄板の上で生地がじゅう、と音を立てた。

匂いが広がる。

最初は博之たちを見ていた人々も、自然と鉄板の方へ寄っていった。子どもが背伸びをし、

大人が笑い、女衆が小話を挟む。具材を選ぶだけで、もう小さな会話が生まれていた。

博之は、それを横目で見て、小さく息を吐いた。

「よし。少し散ったな」

お花が隣で言った。

「旦那様の狙い通りですね」

「まだ始まったばかりやけどな」

そうこうしているうちに、港の空気がふっと変わった。

織田方の一行が見えたのである。

先に木下藤吉郎が歩き、その少し後ろに、織田信長がいた。供の数は多すぎない。

だが、ただ者ではない空気がある。港の者たちは一瞬で静まり、鉄板の音だけが妙に大きく聞こえた。

博之は、背筋を伸ばして頭を下げた。

「伊勢松坂屋の博之でございます。本日は、ようお越しくださいました」

信長は、じっと博之を見た。

そして、意外なほど気さくに言った。

「手紙、読んだぞ」

「ありがとうございます」

「めちゃくちゃ面白い飯屋がいると聞いた。話を聞きに来た」

博之は、苦笑した。

「こちらとしては、めちゃくちゃ緊張しております」

「そうは見えんな」

「見えないだけです。腹の中は大騒ぎです」

藤吉郎が横で笑った。

「旦那は、緊張しても飯の話になりますからな」

「そこは飯屋ですので」

博之は顔を上げた。

「まずは、うちの飯を食べていただきながら、お話しできればと思っております」

信長は、周囲を見た。

「ところで、あの人だかりは何や」

博之は内心で、来た、と思った。

だが、顔には出さずに答えた。

「あれは鉄板で、お好み焼きというものを焼いております」

「お好み焼き」

「はい。うちは炊き出しや市をやる中で、ただ腹を満たすだけでなく、

見て楽しい飯、待って楽しい飯というものを少しずつ作っております」

信長の目が、鉄板の方へ向いた。

女衆がちょうど一枚をひっくり返し、周囲から「おお」と声が上がったところだった。

博之は続けた。

「鉄板焼きは、縁になる飯なんです。ご縁の会といって、男女の出会いや、

土地の者と新しく来た者の縁も少し推奨しております。具材を選ぶ時に、女衆が小話を入れるんです」

「小話?」

「たとえば、ごぼうなら根を張る縁。海老なら腰が曲がるまで長く続く縁。

大葉なら香りよく覚えてもらえる縁。そうやって、飯を待つ間に話が生まれます」

藤吉郎は、にやりと笑った。

「松坂で聞いた話より、現場で見ると分かりやすいですな」

信長はしばらく黙って見ていた。

博之は少しだけ余計なことを言った。

「まあ、私が縁の話をすると、縁が逃げると言われるんですけどね」

お花が小さく吹き出し、藤吉郎も笑った。

周りの緊張も、ほんの少しだけ緩んだ。

信長も、口元を少し歪めた。

「飯屋の旦那が縁を逃がすのか」

「そこは本当に困っております」

「面白いな」

信長はそう言ってから、用意された膳の方へ歩いた。

信楽焼の皿に、まぜ飯。

マグロの汁物。

魚のすり身揚げ。

肉あん。

漬物。

常滑の小壺に入った味噌。

博之は深く頭を下げた。

「まずは、普段うちが蟹江の港で出している飯を食べてください。高いものもありますが、

その分、炊き出しや湯浴み、寝床にも回しております」

信長は椀を手に取った。

「飯を食いながら、人を集める。人を集めながら、市を動かす。そういうことか」

博之は少し驚いた。

まだ食べる前に、そこを見ている。

「……はい。そういうところもあります」

信長は、マグロの汁物を一口飲んだ。

少しだけ目が動く。

「うまいな」

博之は、ようやく少し笑えた。

「ありがとうございます。そこだけは、胸を張れます」

港の緊張は、まだ消えていない。

だが、鉄板の音と、汁物の湯気と、人々の小さな笑い声が、その場を少しずつ柔らかくしていた。

蟹江の会談は、まず飯から始まった。