軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

奈良に150万文投げて文化交流を始める話を聞き満足する秀吉。会談の場所は蟹江でしましょうか。と話がまとまる

小休憩を終えた木下藤吉郎は、座敷へ戻ってくるなり、少しすっきりした顔で腰を下ろした。

「いや、失礼しました。頭も腹も少し落ち着きました。これで話を聞けます。さあ、どうぞ」

博之は苦笑した。

「本当に長いですよ」

「ここまで来たら聞かない方が気持ち悪いですわ。奈良の百五十万文の話、お願いします」

博之は頷き、茶を一口飲んでから話し始めた。

「大和八木の方へ拠点を伸ばしていた時です。奈良の方から話が来ましてね。

五十万文を出したら、奈良の端で店を出してもええ、というような話でした」

「津と似た話ですな」

「そうです。正直、腹が立ちました。奈良は格式が高い。寺社仏閣も強い。

こちらが頭を下げて入れてもらう立場なのは分かります。けど、言い方がね、

どうも“飯屋ごときが入るなら銭を出せ”という感じに聞こえまして」

「それで三倍を投げた」

「はい。百五十万文を現金で用意して、これで文化交流しましょう、と」

藤吉郎は、改めて聞いても呆れた顔になった。

「やっぱり無茶苦茶ですな」

「自分でもそう思います」

「奈良の方は、どうなったんですか」

「当然ながら、奈良の人たちもまさか五十万文どころか、百五十万文を投げてくるとは

思ってなかったみたいで、ものすごく驚いてました。で、年配の方々が代表で何人か、

松阪まで来てくださったんです」

「怒りに?」

「いや、最初はこっちも少し面白がってやろうかと思ってたんです。でも、

来られた方々が本当に心底くたくたで」

「くたくた?」

「はい。格式高い奈良の方々、と言っても、皆が皆、豊かで余裕があるわけではない。

寺も人も疲れている。話を聞くと、いろんなところに気を使い、格式を守り、

でも実入りは苦しい。そんな感じでした」

博之は少し顔を伏せた。

「だから、まず湯浴みと飯を出しました」

「また飯ですか」

「飯屋ですから」

藤吉郎は笑いながらも、もう突っ込まなかった。

「それで、百五十万文を投げたくだりについて、松阪郊外の和尚さんにも来てもらって

話していただいたんです」

「郊外の和尚さん」

「はい。うちが最初の頃からお世話になっているお寺さんです。ボロボロの寺には、

そもそも寄進なんてそんなに来ません。お小遣い稼ぎのように子どもたちに文字を教え、

寺を掃除し、時々もらう野菜を炊き出しに使う。そうやって細々やっている、と」

お花が横で静かに補足した。

「そのお寺さんは、伊勢松坂屋が手伝うようになってから、人が集まるようになりました。

炊き出しを一緒にやり、市や小さな催しをして、売り上げの一部を寄進に回す。

単なる施しではなく、町の中で回る仕組みにしたのです」

「なるほど」

藤吉郎は頷いた。

「奈良の方々は、それに感銘を受けられた?」

「はい。特に、寄進というのは上から下へ銭を落とすだけやない。飯を出し、

文字を教え、品を売り、その売り上げをまた炊き出しに回す。そういう形にできるんや、

というところを面白がってくださったみたいです」

博之は、そこで少し照れたように笑った。

「そこから、奈良の方々には時期をずらして、数人ずつ松阪や伊勢へ来てもらうようになりました」

「何をしに?」

「奈良の書物や知識、寺の作法、昔からの話。そういうものを持ってきていただきました。

こちらでは、いろんな寺を回っていただいて、一緒に炊き出しをしてもらう。

子どもたちに文字を教える時のやり方も教えてもらう」

「文化交流、ですな」

「そうです。こちらから奈良へは、拠点を作りました。百五十万文も渡したので、

さすがに足場はできた。そこで小さく炊き出しを始めました」

藤吉郎は腕を組んだ。

「百五十万文が、ただの許可料ではなく、拠点と交流の元手になったわけですか」

「そういう形にしました」

「最初の投げ方は乱暴ですが、落としどころは綺麗ですな」

「最初は無茶苦茶ですけどね」

博之は素直に認めた。

「あと、信楽焼の道が伊賀でできていたので、奈良方面にも信楽焼を少し回しました。

良い器を寺へ寄進として差し出す。寺はそれを檀家さんへのお礼や、寄進のお返しに使う。

そこからまた炊き出し一回分の費用を賄う。そういう形で、信楽焼も奈良の中に

溶け込ませていきました」

藤吉郎は、じっと博之を見た。

「飯、器、寄進、炊き出し、書物、子どもの読み書き。全部つながっている」

「つながってしまいました」

「“しまいました”なんですな」

「はい。最初から全部狙ってたわけじゃないです」

藤吉郎は、深くため息をついた。

「これは殿様が喜ぶから困りますな」

「喜びますか」

「喜びます。絶対に面白がります。五十万文を求められて、三倍の百五十万文を投げ、

怒りを文化交流に変えた飯屋。しかも、その百五十万文が蟹江の話と同じ数字」

「蟹江の時は、その前例があったから、あ、これはまとまるなと皆思ったんです」

「だから松阪の殿様も九鬼水軍も、あの場で驚ききらなかった」

「はい。奈良の話を知ってましたから」

藤吉郎は、手を打った。

「なるほど。ようやくそこがつながりました。蟹江の百五十万文は、外から見ると突然の大金です。

けれど、伊勢松坂屋の内側では、奈良で一度使ったことのある“場を変える額”だった」

「場を変える額……うまい言い方ですね」

「報告に使わせてもらいます」

「怖くない感じでお願いします」

「無理です」

「またですか」

「殿様にとって、これは面白すぎます。怖くないわけがない」

藤吉郎は、少し考え込んだ。

「顔合わせの場所ですが」

「はい」

「やはり、最初は蟹江がよいかもしれません」

博之は静かに頷いた。

「私もそう思います」

「織田の殿様に、蟹江の城下がどうなったかを見てもらう。織田と国人衆が争い、

城下から人が消えた。その一方で、港や郊外に飯場と湯浴みがあり、

人が少しずつ戻っている。これは、よい薬になるかもしれません」

「戦で勝つだけではなく、その周りで住民が困っている、というところを見てもらえたらと思います」

「ただ、松阪や伊勢までいきなり来るのは難しい」

「はい。そこは北畠様の領分ですし、初手では大きすぎます」

「蟹江なら、織田の顔も立つ。伊勢松坂屋の飯場もある。九鬼水軍も動きやすい。

北伊勢の国人衆も様子を見やすい」

「そうですね」

「では、まず私が殿様に話します。蟹江あたりで、飯を食べながら雑談する場を作る。そこで、

半年の停戦をもう少し伸ばすのか、物流を増やすのか、尾張での横丁をどう扱うのか、

お互いに飲めるところを探る」

「それがありがたいです」

博之は少しほっとした顔をした。

「いきなり親密にはなれないと思います。でも、ご飯を食べて、少し話して、

関係性が少し柔らかくなれば、見せられるものも増えるかもしれません」

「それを落としどころにしましょう」

藤吉郎は頷いた。

「ただし、殿様が本当に来るとなれば、かなり大きな話になります」

「分かっています」

「その時は、飯をしっかりお願いします」

「そこは任せてください」

博之は、そこだけは自信満々だった。

藤吉郎は笑った。

「今日は土産話がたくさんできました。伊賀、長野、北伊勢、六角、奈良の百五十万文。

これは文だけでは絶対に伝わらない」

「話が多すぎてすみません」

「いや、今日は楽しく寝られそうですわ」

「楽しくですか」

「はい。殿様にどう伝えるかを考えると胃は痛いですが、話としては面白い。噺家なら一晩語れる」

博之は苦笑した。

「本にしないでくださいよ」

「本にしたら売れますな」

「やめてください」

その夜、藤吉郎は伊勢松坂屋の客間に布団を敷いてもらった。

寝床は清潔で、湯浴みも済ませ、腹にはうまい飯が入っている。

外からは、飯場を片付ける女衆の声と、買い付け隊の者たちが明日の荷について話す声が聞こえた。

藤吉郎は布団に入り、天井を見上げた。

伊勢松坂屋は、やはり得体が知れない。

だが、少しずつ分かってきた。

この飯屋は、金を投げて終わらせない。

飯に変え、道に変え、人の居場所に変える。

そして、その話がいちいち面白い。

「殿様、絶対食いつくな」

藤吉郎はそう呟き、少し笑った。

明日からまた悩むことになる。

だが、その夜だけは、うまい飯と重すぎる土産話のおかげで、妙に楽しく眠れそうだった。