軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

織田の殿様が秀吉からの文を呼ぶと自分のところに呼びつける。話は分かった。飯を食えばわかるか?お伊勢参りは?蟹江あたりで博之と飯を食えるか?諸々探りながらやれ。いら立ちより興味が出てきた

昨日届いた伊勢松坂屋からの手紙を、織田信長は一通り読んだ。

読み終えてから、しばらく黙っていた。

文は妙に飾り気がなかった。根なし草だった男が、松阪の普請で半月働いて五百文を稼ぎ、

その銭で飯屋を始めた。戦災孤児や身寄りのない者を拾い、読み書きのできない子どものために

寺へ寄進した。松阪一か所に固まる危うさを恐れて伊勢へ伸ばし、寄進の仕方を松阪の殿に

叱られて買い付けを始めた。伊賀では恵みを求められ、商売として立たせようとしたら

地侍に身代金を求められ、なぜかその地侍が仲間になった。

話としては面白い。

だが、読めば読むほど、信長には分からなかった。

「猿を呼べ」

すぐに木下藤吉郎が呼ばれた。

藤吉郎は座敷に入るなり、頭を下げた。

「お呼びでございますか」

信長は、伊勢松坂屋からの手紙を指で叩いた。

「読んだ」

「はい」

「いろいろ読んだが、やっぱりよう分からん」

「そうでございましょうな」

「お前、笑うな」

「笑っておりませぬ」

「顔が笑っとる」

藤吉郎は慌てて顔を引き締めた。

信長は文を手に取った。

「半分は、身の上話やな。根なし草やった、腹が減っていた、五百文で飯屋を始めた、

子どもに文字を教えるために寺へ寄進した。そういう話や」

「はい」

「要は、これは悪いものではないと言いたいのやろう」

「おそらくは」

「だが、やっていることは結局、飯の道を作ることや。飯を出し、寝床を作り、湯浴みを作り、

買い付け隊を走らせ、市を立て、寺社とつながり、困った民を拾う。そうしているうちに、

人が寄ってきている。そう見ればええのか」

藤吉郎は頷いた。

「だいたい、その見方でよいと思います」

「嘘ではないのか」

「全部本当かどうかは分かりませぬ。隠していることも当然あるでしょう。銭の量、

北畠との本当の距離、九鬼水軍との深さ、買い付け隊の利幅。そこは書いておりません」

「だろうな」

「ですが、少なくとも、書いてある筋そのものは嘘には見えませぬ」

「なぜそう思う」

「格好がつかなすぎます」

信長は少し眉を上げた。

「格好がつかん?」

「はい。謀略なら、もっと飾ります。天命だの、大義だの、北畠への忠義だの、民を救うために

立っただの、そういう書き方をするでしょう。ですが、この文は、腹が減った、

五百文しかなかった、子どもが文字を読めなかった、寺に頼んだ、殿に怒られた、

地侍がなぜか仲間になった、という話ばかりです」

藤吉郎は少し笑った。

「間が抜けております。ですが、その間の抜け方が、かえって本当らしい」

信長は文を読み返した。

「確かに、妙に着飾っておらんな」

「はい。噺家の昔話のようでございます」

「噺家か」

「はい。話が転がっております。飯屋を始めたら子どもが来た。子どもに文字を教えようとして

寺へ行った。伊勢へ伸ばしたら松阪にも銭を使えと怒られた。買い付けを始めたら伊賀へ伸びた。

伊賀へ行ったら地侍が仲間になった。信楽焼が見えたら、今度は砂糖や小豆を探しに行った」

「笑い話のようやな」

「ですが、その笑い話の先に、今の伊勢松坂屋があるのです」

信長は少し黙った。

「では、あいつに領地を取る気はないと見てよいのか」

「少なくとも、文からはそう見えます。城を持ちたい、土地を支配したい、

兵を抱えたいという欲は薄い。本人も、飯場、荷の道、寝床、湯浴み、働き口に執着しております」

「それはそれで気持ち悪い」

「はい。そこが気持ち悪いのです」

藤吉郎は正直に言った。

「宗教でもございませぬ。念仏でまとめているわけではない。政治でもございませぬ。

城や領地を求めていない。商人でもございますが、銭だけで動いているわけでもない。

ですが、飯を通じて人を集め、荷を通じて銭を回し、寺社に顔を立て、逃げた民を拾い、

従業員を土地に根付かせております」

「それを本人に言うたのか」

「はい」

「どうだった」

「困っておりました」

藤吉郎は少し笑った。

「私は松阪で捕まりました。織田の者があちこち嗅ぎ回っていれば、さすがに目立ちます。

北畠方では、切るかという話もあったようですが、伊勢松坂屋の博之が、そんなに知りたいなら

飯を食べに来いと言って、切られずに済みました」

信長は少し口元を歪めた。

「切られずに済んだか」

「はい。伊勢松坂屋の本店に通され、飯を食いました」

「また飯か」

「美味かったです」

「それは前にも聞いた」

「ですが、大事でございます」

「分かっとる。続けろ」

「飯を食いながら、こちらも聞きました。伊勢松坂屋は、宗教でも政治でもない。

だが飯を通じていろいろやっている。形式として気持ち悪い、と」

「よう本人に言うたな」

「仕事ですので」

「それで?」

「本人は本当に困っておりました。自分は飯を出して、寝床と湯浴みを用意して、

働ける者に仕事を作りたいだけだと。官位の話も嫌がっておりました。大膳亮になるかもしれぬと

言われて、重い、飯屋ではなくなる、と」

信長は目を細めた。

「それは本心か」

「私には本心に見えました。ただし、本心だからといって危なくないわけではありませぬ」

「そうやな」

「本人に領地欲がなくとも、飯場に人が寄ります。荷が通ります。寺社が寄ります。

国人衆が頼ります。北伊勢飯の会などという、笑い話のようなものまで生まれております」

「飯の会」

信長は嫌そうに言った。

「ふざけた名や」

「ふざけた名だから、広がります」

「そこが腹立つ」

「はい」

藤吉郎は頷いた。

「しかも、そこへ官位が乗る。従五位下・大膳亮。飯屋には似合いすぎる。

似合いすぎるから、民も国人衆も覚えます。これは厄介です」

信長は、しばらく文を眺めていた。

「その手紙、もう一度出せ」

藤吉郎は懐から写しを出した。

「こちらでございます」

信長は受け取り、改めて読み始めた。

根なし草。

五百文。

五六屋。

戦災孤児。

寺への寄進。

松阪から伊勢。

買い付け隊。

伊賀の地侍。

信楽焼。

砂糖と小豆。

読み進めるにつれ、信長の表情から怒りが少し薄れ、興味が勝っていった。

「なるほどな」

ぽつりと呟く。

「着飾ってない感じが、また面白いな」

「はい」

「本人が書いたのか」

「おそらく、博之が話し、周りの者が整えたのでしょう。文としては読みやすくなっておりますが、

ところどころ本人の間の抜けた言い回しが残っております」

「そこが残っているのがよい」

信長は、小さく笑った。

「怒りながら読むつもりが、最後まで読んでしもうた」

「そうなると思いました」

「猿」

「はっ」

「お前、この男と飯を食って、少しは分かったか」

藤吉郎は少し考えた。

「少しだけでございます」

「何が分かった」

「本人は、善人ぶりたいだけではありません。商売もうまい。銭も回す。高く売るものは高く売る。

けれど、困っている者に飯を出したいという気持ちは本物です」

「本物か」

「蟹江でやったことが、まさしくそうでございました。逃げた者を拾い、飯と湯浴みを出し、

半年の時間を買った。あれは、この手紙の筋と合っております」

「筋は通っている、か」

「はい。危険ですが、筋は通っております」

信長は考え込んだ。

敵と断じるには、少し惜しい。

味方と断じるには、得体が知れない。

放置するには、広がりすぎる。

潰すには、民と寺社と九鬼と北畠が絡みすぎている。

厄介だった。

「一緒に飯を食ったら、もう少し分かるか」

信長が言うと、藤吉郎は少し驚いた顔をした。

「殿が、ですか」

「どうせ、お伊勢参りという名目なら行けるやろう」

「北畠の目もございます」

「少人数なら、いきなり斬りかかっては来まい」

「見立てとしては、そう思います」

「蟹江あたりで飯を食えんか」

「蟹江でございますか」

「蟹江なら、こちらの顔も立つ。松阪まで行けば北畠の懐に入る。伊勢まで行けば大事になる。

蟹江なら、飯場もあり、織田の領内にも近い」

藤吉郎は少し考えた。

「蟹江で、伊勢松坂屋の飯を食いながら、博之と話す。あり得なくはございません」

「そいつは来るか」

「飯屋ですので、飯を持って来いと言えば来るかもしれません」

「飯屋は便利やな」

「便利すぎるので、皆が頼ります」

信長は、また文を見た。

「根なし草の飯屋か」

その声には、先ほどまでの苛立ちだけではなく、明らかな興味があった。

「猿。もう少し探れ。ただし、向こうに捕まるような間抜けは二度するな」

「それは……努力いたします」

「それと、蟹江で飯を食う段取りも考えろ」

「承知しました」

藤吉郎は頭を下げた。

信長は手紙を畳みながら、低く呟いた。

「飯屋がここまで来るとはな」

その言葉に、怒りと警戒と、そして少しの面白がりが混じっていた。

木下藤吉郎は、それを聞きながら思った。

殿は、もう伊勢松坂屋をただの飯屋としては見ていない。

だが同時に、少し食ってみたいとも思い始めている。

それこそが、伊勢松坂屋の一番厄介なところなのかもしれなかった。