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作品タイトル不明

博之から文をもらった木下藤吉郎秀吉は噺家みたいやと笑ってしまう。筋は通っているがどう殿様に報告しようか迷うwww

木下藤吉郎は、伊勢松坂屋から届いた手紙を読みながら、思わず笑ってしまった。

笑うつもりはなかった。これは織田の殿様に報告するための大事な文である。伊勢松坂屋という

得体の知れぬ飯屋が、自分たちは何者なのかを説明するために送ってきた文だ。

だが、読み進めるほど、どうにも笑いがこみ上げてくる。

「二年前は根なし草で、松坂の普請で半月働いて五百文を稼ぎ、それを元手に飯屋を始めた……か」

藤吉郎は、文を膝の上に置き、しばらく天井を見た。

これは、なかなか面白い。

最初から大きな商人だったわけではない。北畠の隠し財布でもない。九鬼水軍の裏道具でもない。

少なくとも、本人の語りではそうだ。

腹が減っていた。

飯がなかった。

だから飯を出した。

そこから、戦災孤児や身寄りのない者を拾い、読み書きのできぬ子らのために寺へ寄進し、

飯場を広げていく。格式ある寺へ大金を積むのではなく、困っている寺、文字を教えてくれる寺、

炊き出しを一緒にできる寺と縁を結んだ。

藤吉郎は、そこに妙な説得力を感じた。

「ここは、嘘にしては地味やな」

もし謀略のために自分の由来を飾るなら、もっと格好よく書くだろう。天命だの、

大義だの、北畠への忠義だの、神仏の導きだの。

だが、この手紙は違う。

腹が減っていた。

五百文しかなかった。

子どもが文字を読めなかった。

だから寺に頼んだ。

妙に格好がつかない。だが、その格好のつかなさが、かえって本当らしい。

次に、松坂一か所に固まる怖さが書かれていた。

戦、火事、強盗、上の都合。もし何かあれば、全員が潰れる。だから伊勢へ伸ばした。

伊勢へ伸ばす時に寄進をしたら、松坂の殿様に「伊勢に使うなら松阪にも使え」と怒られた。

そこから、従業員のために品を買い付け、目の前まで運ぶ買い付け隊が始まった。

「怒られて買い付けが始まった、か」

藤吉郎は、また笑った。

普通、商人が自分の商売の始まりを語るなら、才覚を誇る。目利きを誇る。利益を見抜いたと書く。

だが、伊勢松坂屋は違う。

怒られた。

だから松坂にも銭を落とすようにした。

従業員に品を持っていった。

手間賃を乗せたら、買い付けになった。

「噺家みたいやな」

藤吉郎は、口の中でつぶやいた。

話の筋が、落語のように転がっていく。

伊賀のくだりなど、なおさらだった。

伊賀の者が恵んでくれと言ってきた。施しだけでは続かぬから、商売として立ち上がるなら

助けると言った。すると地侍が出てきて身代金を求めた。そこで「身代金を取るより、

一緒に商売した方が儲かる」と説得したら、なぜか仲間になった。

藤吉郎は、ここで声を出して笑った。

「なぜか仲間になった、やないやろ」

だが、ここにも妙な力がある。

嘘なら、もっと格好よく書ける。伊賀の地侍を知略で下したとか、武で屈服させたとか、

北畠の威を借りて従わせたとか。

ところが、文には「なぜか仲間になった」とある。

間が抜けている。

だからこそ、謀略には見えにくい。

それでいて、筋は通っている。

飯を出す。

人を拾う。

寺に頼む。

店を分ける。

従業員に品を売る。

伊賀へ道が伸びる。

信楽焼が見える。

さらに砂糖、小豆、葛、そうめん、特産品を探しに奈良や京都へ伸びる。

天下を取るためではない。

飯の種を探したら、道が伸びた。

藤吉郎は、文をもう一度読み返した。

「隠したいことは、そらあるやろな」

たとえば、正確な銭の量。

拠点の数。

北畠との本当の距離。

九鬼水軍との取り決め。

買い付け隊の利益。

蟹江で百五十万文を出せた理由。

この手紙は、すべてを明かしてはいない。むしろ、明かせる範囲だけを丁寧に選んでいる。

だが、だからといって丸ごと嘘とも思えない。

少なくとも、伊勢松坂屋の博之という男が、自分の店をどう見ているかは伝わってくる。

腹が減った者に飯を出したい。

寝る場所のない者に寝床を与えたい。

働ける者には仕事を作りたい。

寺社とは格式ではなく、炊き出しや読み書きでつながりたい。

従業員には銭を貯め込むだけでなく、土地へ使わせたい。

荷の道を作り、飯の種を探したい。

そして、その結果として、北伊勢飯の会などという奇妙な話まで出てきている。

藤吉郎は、そこでまた苦笑した。

「ここが一番、人間くさいな」

織田の殿様に怪しまれている。

だから分かってもらいたい。

その一方で、北伊勢の国人衆を飯と荷の約定でまとめようとしている。

分かってもらいたいと言いながら、やっていることはますます怪しい。

謀略にしては間が抜けている。

善人にしては商売がうますぎる。

商人にしては炊き出しに入れ込みすぎる。

政治家にしては、自分の官位を嫌がりすぎる。

「ほんま、どこにも入らんな」

藤吉郎は、腕を組んだ。

織田の殿様にどう伝えるべきか。

そのまま読ませれば、信長は怒るかもしれない。

「飯屋の昔話など聞きたいわけではない」

そう言う顔が目に浮かぶ。

だが、ただ「怪しい」と報告するのも違う。

伊勢松坂屋は怪しい。

しかし、怪しいだけではない。

筋がある。

その筋が、武家の筋でも、商人の筋でも、寺社の筋でもないだけだ。

藤吉郎は、報告の言葉を考えた。

――伊勢松坂屋は、隠し事はあります。

――ですが、語っている筋は通っています。

――根なし草から始まり、飯と寝床と寺への寄進で人を集め、買い付けで銭を回し、

飯の種を探して道を広げた。

――これは、最初から北畠や九鬼のために作られた仕組みではなく、広がるうちに

北畠や九鬼が絡まざるを得なくなったものに見えます。

だが、それだけでは信長は納得しない。

だから、こうも言う必要がある。

――ただし、危険です。

――本人に天下や領地を取る気は薄くとも、飯場と荷の道が人を集めます。

――人が集まれば、寺社と商人が寄ります。

――寺社と商人が寄れば、国人衆も頼ります。

――そこへ官位が乗れば、ただの飯屋では扱えなくなります。

藤吉郎は、文を畳んだ。

「殿様は、怒るやろな」

飯屋が分かってもらおうとして手紙を送ってきた。

その手紙が面白い。

しかし、面白いからこそ覚えやすい。

覚えやすいからこそ、人が寄る。

北伊勢飯の会も同じだ。

名前だけ聞けば笑い話。

だが、笑い話だから広がる。

広がれば、いつの間にか形になる。

「噺家みたいな飯屋か。厄介やな」

藤吉郎は立ち上がった。

報告は、慎重にしなければならない。

伊勢松坂屋を侮れば見誤る。

大きく見すぎても見誤る。

敵と決めつけても違う。

味方と決めつけても危うい。

ただ一つ言えるのは、博之という男は、謀略の達人というより、転がる話に巻き込まれながら、

そのたびに飯を出して道を作ってきた男だということだった。

藤吉郎は、もう一度だけ手紙を見て、ぽつりと言った。

「これ、殿様に読ませたら、怒りながら最後まで読むやろな」

そして、少し笑った。

伊勢松坂屋の生い立ちは、確かに面白い。

だが、その面白さこそが、織田にとって一番やりづらいところなのかもしれなかった。