軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

話が大きくなり得たいが知れない者に見られているため、博之の成り立ちを木下秀吉に文を送り説明する。ついでに従業員向けの本にしようか(笑)

蟹江、津島、常滑、北伊勢飯荷の約定。話がどんどん大きくなっていく中で、博之はふと考えた。

「……とりあえず、木下殿に手紙でも書こうかな」

お花とヨイチが顔を上げた。

「木下殿に、ですか」

「うん。織田の殿様に直接送ったら角が立つやろ。けど、木下殿なら飯も食うてくれたし、

話も聞く気はありそうやった。だから、こっちが話せる範囲で、伊勢松坂屋の生い立ちを

書いて送ろうと思う」

ヨイチは少し考えてから頷いた。

「それはよいかもしれません。こちらが話せる形に整えれば、隠したいものは隠しやすいです。

相手に勝手に探られるより、出してよい筋をこちらで示せます」

「そういうことや」

博之は筆を持ったが、すぐに止まった。

「とはいえ、長々書いたら読みにくいから、箇条書きにしよう」

「旦那様らしいですね」

「まず一つ目。私は二年前、根なし草で腹を空かせていました。松阪の普請で半月働いて稼いだ

五百文を元手に、松阪の片隅、ぼろ小屋で飯を出し始めました、と」

お花が静かに頷いた。

「そこは大事ですね。最初から大きな商いではなかったことが分かります」

「そうや。根っこはそこや。腹が減ってた。飯がなかった。だから飯を出した」

博之は筆を走らせる。

「二つ目。店を始めた後、戦災孤児や身寄りのない者を拾い、店を広げていきました。

ただ、読み書きのできない子どもが多かったので、近くのお寺の和尚さんに寄進し、

読み書きやそろばんを教えていただくようになりました」

ヨイチが言う。

「寄進の始まりですね」

「うん。うちは最初から格式高い寺に大金を積んで名を上げようとしたわけやない。

困っているお寺さん、子どもに文字を教えてくれるお寺さん、炊き出しを

一緒にできるお寺さんと縁を深めてきた。そう書こう」

「今でもその寝なし草精神があるから、炊き出しや寺社とのつながりを大事にしている、と」

「それや」

お花が口を挟む。

「“格式ではなく、今日飯を食えぬ者と、文字を知らぬ子どもを見て始めた”

と入れるとよいかもしれません」

「ええな。それ入れよう」

博之はさらに続けた。

「三つ目。松阪一か所に店が固まっていると、北畠様や上の都合、戦、火事、強盗などで

潰された時、皆がやられてしまう。だから伊勢へ伸ばしました、と」

「そこは、織田方にも分かりやすいでしょうね」

「うん。防衛のためや。店を増やしたのは、欲だけやない。一か所に固まる怖さがあった」

ヨイチが帳面を見ながら言う。

「その後、伊勢で丁寧に寄進をしたら、松阪の殿様に“伊勢に使うなら松阪にも使え”と怒られた、

という話ですね」

「そこも書く」

博之は苦笑した。

「伊勢に寄進した分くらい、松阪にも銭を落とせと言われた。そこで、松阪や伊勢の従業員向けに、

品を買い付けて目の前まで持っていくことを始めました。これが買い付け隊の始まりです、と

「一・五倍ほどの手間賃を乗せて運ぶ、と」

「そうや。遠くまで買いに行けない従業員に、信頼できる品を持っていく。もちろん手間賃は乗せる。

けど、その代わり品は届く。これが買い付けの始まりや」

お花が微笑む。

「もともとは、従業員に銭を使わせ、松坂や伊勢にも金を回すためだった、と書くと自然ですね」

「うん」

博之は、少し調子が出てきた。

「四つ目。松坂、伊勢でそれをやっていると、津からも話が来た。さらに、

それを聞きつけた伊賀の者たちが“恵んでくれ”と言ってきた」

「ここから話が跳ねますね」

「跳ねるな」

博之は苦笑した。

「恵むだけでは続かない。だから、商売として立ち上がるなら助けると言った。

そうしていたら地侍が来て、身代金を要求された」

お花が思わず笑った。

「何度聞いても変な話ですね」

「ほんまや。そこで、“身代金を取るより、一緒に商売した方が儲かる”と説得したら、

なぜか仲間になった」

ヨイチが淡々と言う。

「そこは、相手に信じてもらえるでしょうか」

「信じてもらえんかもしれんけど、事実や」

「では、“結果として伊賀の道が開けた”と書けばよいでしょう」

「それやな。伊賀の道が開け、信楽焼の道が見えました、と」

博之は、信楽の名を書きながら言った。

「五つ目。信楽焼の道が見えた一方、伊賀や名張の者たちの中には、ただ荷を運ぶだけでは

やりがいを感じにくい者もいました。そこで、飯の種を探すことにしました。

砂糖、小豆、葛、そうめん、特産品。うまい飯や菓子につながる品を探しに行こう、と」

「それが奈良や京都、近江へ伸びる理由ですね」

「そうや。天下を取るためやない。飯の種を探しに行ったら、道が伸びた。

特産品を探しに行ったら、買い付けの道になった」

お花が、少し感心したように言う。

「こうして整理すると、筋は通っていますね」

「筋は通ってるんや。おかしいけど」

「おかしいですが、筋は通っています」

ヨイチは文案をまとめながら言った。

「木下殿に送るなら、最後にこう入れてはどうでしょう。伊勢松坂屋は、城も領地も望みません。

飯を出し、荷を通し、働く場所を作り、困っている寺社や民に炊き出しをする。

そのために道を作ってきました、と」

「ええな」

博之は頷いた。

「織田の殿様に直接送ると、なんやこいつはとなるやろ。けど、木下殿なら、

多少は読んでくれるやろうしな」

「木下殿も根なし草に近いところから上がってきた方ですから、分かる部分はあるかもしれません」

「そこやな」

博之は筆を置いた。

「しかし、こうして書くと、なんか物語を書いてるみたいやな」

お花が笑った。

「実際、物語みたいです」

「根なし草が五百文で飯屋を始め、戦災孤児を拾い、寺に寄進し、伊勢へ伸び、

伊賀で地侍を仲間にし、信楽焼を通し、奈良や京都へ飯の種を探しに行く」

ヨイチが淡々と続ける。

「そして蟹江で百五十万文を払い、北伊勢飯荷の約定をまとめ、大膳亮になるかもしれない」

「後半おかしいやろ」

「前半も十分おかしいです」

博之は、しばらく黙ってから、にやりと笑った。

「これ、みんなに配るか」

「何をですか」

「伊勢松坂屋の生い立ち。新しく入った者に読ませる。うちはこうやって始まったんやぞって」

お花が手を叩いて笑った。

「それはよいですね。掟と一緒に置いておけば、旦那様の考えも伝わります」

ヨイチも頷く。

「各拠点に置くなら、帳簿とは別に“伊勢松坂屋の始まり”としてまとめましょう。

読み書きの練習にもなります」

「おお、それええやん」

博之は急に楽しそうになった。

「木下殿に送るついでに、うちの者にも配る。なんか一石二鳥やな」

「ただし、余計なことは書かないでください」

「スケベな親父のくだりは?」

「不要です」

「蟹江で評判ええのに」

「不要です」

博之は残念そうにした。

「まあ、そこは口伝でええか」

「口伝にもしないでください」

座敷に笑いが広がった。

だが、その笑いの中で、伊勢松坂屋はまた一つ形を持とうとしていた。

ただ大きくなった飯屋ではない。

五百文と腹の減りから始まり、飯と寝床と湯浴みと働く場所を広げてきた組織。

木下藤吉郎へ送る手紙は、織田への説明であると同時に、伊勢松坂屋自身が

自分たちの始まりを見つめ直すためのものになりつつあった。