軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

蟹江、常滑、津島の物をたくさん買おう。困った時ほど助け合い。150万文で買った休戦期間を無駄にするつもりが一切ない博之

蟹江、津島、常滑の動きが一気に始まった頃、博之は珍しく、屋敷の奥でごろごろしていなかった。

帳面と地図を前にして、腕を組んでいる。顔もいつもより少しだけ真面目だった。

ヨイチがその様子を見て、少し驚いたように言った。

「旦那様が、そんなふうに意気揚々と指示を出されるなんて珍しいですね」

「状況が状況やしな」

博之は、蟹江、津島、常滑のあたりを指で叩いた。

「今は早く打たなあかん。半年の猶予を百五十万文で買った。これをただの休みにしたら、

本当に銭を捨てただけになる」

「尾張の海の道に楔を打つ、ということですね」

「そうや。蟹江は戦で傷んだ。けど、傷んだからこそ、そこに仕事を作る。常滑と津島は、

許可をもらった今のうちに横丁を立てる。ここで遅れたら、また誰かに邪魔される」

お花が、少し身を乗り出した。

「具体的には、どう動かしますか」

「全拠点に触れを出す」

「触れ、ですか」

「うん。今回は、全拠点に買えと言う」

ヨイチが眉を上げた。

「買え、と」

「もちろん、言い方は柔らかくする。けど、やることはそうや」

博之は帳面を見ながら続けた。

「普段の買い付け隊は、各拠点十五万文。松阪、伊勢、鳥羽、津、白子みたいな主力は二十五万文。

この流れはそのままや。ただし、蟹江、津島、常滑に関しては、今回しばらく

二十五万文で厚めに買い付ける」

「新拠点なのに、主力級に扱うのですね」

「そうや。今だけやけどな」

「理由は、支援と根張りですか」

「その通り。蟹江は戦で焼かれかけた。人が逃げた。仕事がなくなった。そこに施しだけするのは

簡単や。一時的には助かる。でも、それだけやと人は立ち上がれん」

博之は少し声を強めた。

「うちは慈善事業やない。飯屋や。商売で回す」

お花は静かに頷いた。

「つまり、蟹江で取れたもの、蟹江で作れるもの、蟹江の人が関わったものを、

伊勢松坂屋全体で買うということですね」

「そうや。蟹江の魚、包み紙、縄、港仕事、荷運び、簡単な小物。何でもええ。商いになる形を作る」

ヨイチが筆を走らせる。

「津島と常滑は?」

「津島は市やな。人と物が集まる。そこで仕入れた小物や布、道具、乾物なんかを、まずは

少しずつ全拠点に回す。常滑は常滑焼や。壺、水がめ、甕、普段使いの器。これは絶対に需要がある」

「常滑焼については、各拠点に買い付け目標を置きますか」

「置く」

博之は即答した。

「各拠点、最低一つは買え、ぐらいでええ。茶碗でも壺でも水がめでもええ。もちろん

無理な押し売りはあかん。けど、常滑から来たものを、一度は置く。一度は使う。一度は売る」

お花が少し笑った。

「旦那様、わりと強引ですね」

「強引や。今は大事な時期やからな」

「それをどう綺麗に書くかですね」

「そこや」

博之はお花の方を見た。

「“買え”やと角が立つ。だから、“尾張の道を育てるため、各拠点にて常滑焼、

津島の品、蟹江の品を優先して扱ってください”という感じにしてくれ」

「柔らかく言えば、“新たに加わったご縁の品を、各地でお披露目ください”でしょうか」

「それええな」

ヨイチが書き留める。

「新たに加わったご縁の品、ですか」

「うん。銭を使え、やなくて、縁に使え、やな」

博之は少し照れたように言った。

「うちの従業員は、飯と寝床と湯浴みがある。まかないもある。給金も出る。

賭け事と女関係にどっぷりはまらへん限り、銭は貯まるやろ」

「そこで、銭を貯め込むだけでなく、縁に使ってほしいと」

「そうや。今回、蟹江の人らは戦で苦しんだ。うちらも寝なし草の出が多い。戦で家を

追われる怖さ、飯がない怖さは分かるやつが多いやろ」

部屋にいた古参の女衆が、静かに頷いた。

「分かります。城下が焼けたとか、普請で駆り出されたとか、そういう話を聞くと、

他人事やと思えません」

別の若い衆も言った。

「うちらも、飯があるから立ち直れましたからね」

「そうやろ」

博之は頷いた。

「だから今回は、みんなで助け合いや。ただし、施し一辺倒ではない。蟹江、津島、

常滑のものを買って、使って、売って、評判にする。それが一番ええ支援や」

「買うことが支援になる」

「そうや。飯を食って助ける。物を買って助ける。働く場所を作って助ける。これなら、

相手もただ恵まれるだけやない。自分の仕事で銭を受け取れる」

お花が言った。

「触れには、そこも入れましょう」

「頼む」

ヨイチが文案を読み上げるように話し始めた。

「このたび蟹江の騒乱により、住まいと仕事を失った者が多く出ました。伊勢松坂屋は、

まず飯と湯浴みと寝床を整えます。しかし、それだけでは人は立ち上がれません。

ゆえに、蟹江、津島、常滑の品を各拠点にて扱い、商いの中で支えることとします

「ええな」

「各拠点は、新たに届く尾張筋の品を優先してお披露目ください。常滑焼については、

各拠点で最低一品を扱うこと。壺、水がめ、器など、使えるものから選ぶこと。津島の品、

蟹江の品についても、無理のない範囲で市に並べること」

「無理のない範囲、は大事やな」

「ただし、今回は緊急の支援でもあるため、通常より多めに扱うことをお願いする」

「“お願い”でええ。命令に見えるけどお願いや」

お花がくすりと笑った。

「旦那様らしいですね」

「命令しすぎると嫌やろ。でも、今回はちょっと強制感もいる」

「綺麗めに強制、ですね」

「嫌な言葉やな」

ヨイチはさらに続ける。

「従業員の皆様へ。伊勢松坂屋では、飯、寝床、湯浴みをできる限り整えております。

そのため、給金を貯めることも大切ですが、時には縁に使ってください。尾張から届く

品を買うことは、蟹江で困った人たちの仕事を作ることにつながります」

「それや」

博之は膝を打った。

「“銭を縁に使う”。これを入れてくれ」

「はい」

お花が言う。

「ただし、買えない者に無理をさせてはいけません」

「そこも入れて。無理に買わせるな。掛け売りも禁止や。買える者が買う。欲しい者が買う。

けど、できれば一つ手に取ってほしい、という形や」

「分かりました」

「あと、買い付け隊にも言うといてくれ。蟹江、津島、常滑の品は、しばらく優先的に仕入れる。

ただし、質の悪いものを情で買うな。ちゃんと使えるもの、売れるものを買え」

「支援でも、目利きは落とさない」

「そうや。粗悪品を買い続けたら、尾張の品の評判が落ちる。相手のためにもならん」

ヨイチが頷く。

「では、買い付け隊への別触れも作ります」

「頼む」

古参の一人が、感心したように言った。

「旦那様、今回は本当に早いですね」

「早い方がええ。半年しかないんや」

「百五十万文を払った分を回収する、ということですか」

博之は少し苦い顔をした。

「言葉は悪いけど、そういう面もある。けど、単に銭を取り返すだけやない。

尾張に飯の道を作る。蟹江の人に仕事を作る。常滑と津島に伊勢松坂屋の根を張る。その全部や」

「楔ですね」

「そうや。楔を打つ。けど、鉄の楔やなくて、飯と物の楔や」

お花が微笑んだ。

「旦那様、今日は格好いいことを言いますね」

「そうやろ」

「その顔をしなければもっと良いです」

「すぐ落とすな」

部屋に少し笑いが起きた。

けれど、話の中身は重かった。

尾張は織田の目がある。蟹江はまだ不安定。津島も常滑も、地元の顔役や寺社との関係を

丁寧に作らなければならない。そこへ伊勢松坂屋が急に入る以上、金と飯と礼を尽くさなければ、

すぐ反発される。

博之は、最後に全員を見渡した。

「ええか。これは蟹江を助けるためやけど、同時に伊勢松坂屋を守るためでもある。人を抱えるなら

仕事がいる。仕事を作るなら品がいる。品を売るなら道がいる。道を通すなら、各拠点が

買ってくれんと始まらん」

「はい」

「だから、今回は全拠点に頼む。松坂、伊勢、鳥羽、津、白子、桑名、草津、大津、奈良、宇治、

藤井寺、伊賀筋。みんなに尾張の品を扱ってもらう」

「承知しました」

「緊急やということも伝えてくれ。けど、押しつけすぎるな。うちらは飯屋や。

人に嫌われたら終わりや」

お花が静かに頭を下げた。

「触れは、今日中に整えます」

ヨイチも頷いた。

「買い付け隊への指示、各拠点への買い付け目標、尾張品の帳簿枠、すべて分けます」

「帳簿、大丈夫か」

「死にかけます」

「すまん」

「今回は必要な死にかけです」

「嫌な言い方やな」

女衆の一人が、ぽつりと言った。

「でも、いいと思います。貯め込むより、こういう時はみんなで助け合いですから」

別の女衆も頷く。

「私ら、根なし草やった者も多いですし。戦で焼かれたところがかわいそうって、すごく分かります」

「そうやな」

博之は少しだけ柔らかい顔になった。

「飯があるところに、人は戻る。仕事があるところに、人は立ち上がる。うちらはそれをやる」

そして、いつものように少しだけ余計なことを言った。

「まあ、常滑焼の壺ぐらい、みんな一個は買うてもええやろ。水入れにもなるし、

漬物にも使えるし、なんか持ってたら格好ええし」

お花が笑った。

「最後の理由が一番旦那様らしいですね」

「格好も大事や」

その日、伊勢松坂屋から全拠点へ緊急の触れが飛んだ。

尾張の品を買え。

蟹江の人に仕事を作れ。

津島と常滑の道を育てろ。

銭を貯め込むだけでなく、縁に使え。

それは命令であり、お願いであり、支援であり、商売だった。

そして伊勢松坂屋は、百五十万文で買った半年を、一日も無駄にしないつもりだった。