軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

蟹江騒乱を飯屋にまとめられたことにキレる織田の殿様。言葉が出ない滝川の筋。飯屋だというが断片的な情報だけでもただの飯屋ではないことがわかったであろうが!

その頃、尾張では、織田の殿様がひどく機嫌を悪くしていた。

蟹江の件で、現地から戻った滝川筋の者たちが前に控えている。皆、顔色がよくない。

報告する側からしても、どう説明してよいか分からぬ話だった。

「それで」

織田の殿様は、低い声で言った。

「なんで休戦が半年もある」

滝川筋の一人が、恐る恐る頭を下げた。

「はっ。その……最初は、一月ほど城下を落ち着かせる話でございました」

「一月でもおかしいわ」

「はい。ですが、城下に人がほとんど戻らず、普請も人足も集まらず、矢銭も取れず、

荷も郊外や港に流れておりまして」

「言い訳はええ。なぜ半年になった」

男は、さらに小さくなった。

「言葉のあやでございます」

「言葉のあや?」

「こちらの者が、百五十万文でも積まれたら半年休んでやってもよい、というようなことを……」

その瞬間、殿様の眉が跳ねた。

「誰がそんなことを言うた」

「……現地の者が」

「馬鹿か」

場が凍りついた。

「戦の場で、銭の額を軽々しく口にするな。しかも百五十万文やと。相手が出すと言ったら

どうするつもりやった」

「それが……出すと申されまして」

殿様は、しばらく無言になった。

「出す?」

「はい。伊勢松坂屋が、百五十万文を出すと」

「飯屋がか」

「はい」

「飯屋が、百五十万文を出して、蟹江を半年休ませると言うたのか」

「そのような形に……」

殿様は、近くの肘掛けを指で叩いた。

「それで、お前らは結んできたと」

「申し訳ございません。ただ、蟹江の城下は、すでに空に近い状態でございました。

城を取ったところで、人がいない。普請をしようにも人足が出ない。矢銭を取ろうにも

町人が逃げている。荷も港や郊外へ移っており、このまま無理に押さえても、ただ荒れるばかりで

ございました」

「だから銭をもらって休むのも悪くないと?」

「はっ。体勢を整える猶予としては、悪くないかと」

「誰の猶予や」

殿様の声がさらに低くなった。

滝川筋の者たちは、誰も顔を上げられなかった。

「こちらは蟹江を取りに行った。取り返された。そこまでは分かる。戦やからな。

だが、その後に飯屋が出てきて、銭を積んで半年休ませる。何やそれは」

「私どもにも、正直、よく分からぬところが多く……」

「分からぬまま結んできたんか」

「はっ……」

「お前ら、何をしておる」

殿様は、吐き捨てるように言った。

「で、そもそも、なんで仲介が飯屋やねん」

誰もすぐには答えられなかった。

しばらくして、別の者が口を開いた。

「蟹江の住民が、伊勢松坂屋の郊外拠点と港拠点へ流れておりました。飯場があり、

湯浴みがあり、寝床があり、寺社への炊き出しもありまして」

「それで?」

「織田方、一向衆、国人衆、いずれも、城下に人が戻らぬことに困っておりました。ところが、

住民たちは伊勢松坂屋の飯場には集まる。寺社もそちらを頼る。港の荷もそちらが整えている。

結果として、飯屋のまとめ役が代表のような形になりました」

「恥ずかしいことやぞ」

殿様は、はっきりと言った。

「織田も、一向衆も、国人衆も、蟹江を治めようとしておったのやろ。なのに住民は

飯屋の方へ流れた。つまり、その飯屋の方が、お前らよりも民を置く場所としてましやと

思われたわけや」

「……はっ」

「しかも、その飯屋が場をまとめた。お前らがまとめられんかったものをな」

滝川筋の者たちは、ますます小さくなった。

「普通、戦の後はそんなに簡単にまとまらん。誰が勝った、誰が負けた、誰が銭を出す、

誰が人を出す。そこでもめる。なのになぜか、郊外と港に人が流れて、流民になりきらずに済み、

代表として立つ者までいた。これは、住民の側にもまとまりがあったということや」

殿様は、ゆっくりと言葉を続けた。

「そのまとまりを作ったのが飯屋やというなら、そいつはもうただの飯屋ではない」

「ですが、本人は飯屋だと……」

「本人がどう言おうが関係ない」

殿様は鋭く言った。

「力は、周りが認めた時に力になる。住民が寄り、寺社が頼り、九鬼水軍が横に立ち、

北畠の者まで来た。これで飯屋です、で済むか」

「北畠の者については、本人たちは友人として来たと申しておりました」

「友人?」

「はい。北畠の正式な使いではなく、伊勢松坂屋の友人として来たと」

殿様は、少しだけ鼻で笑った。

「便利な言葉やな」

「はい……」

「九鬼水軍は」

「港と船を見る立場として、こちらも伊勢松坂屋の友人だと」

「皆、友人か」

殿様は呆れたように言った。

「飯屋の友人に北畠と九鬼が並ぶ。ますます分からん」

そこで、廊下の向こうから慌ただしい足音が聞こえた。

使いの者が入ってきて、頭を下げる。

「申し上げます」

「何や」

「蟹江の件につきまして、前金が届きました」

場の空気が変わった。

「前金?」

「はっ。九鬼水軍を通じて、五十万文が届けられました。伊勢松坂屋より、

半年の取り決めに対する前金であると」

殿様は、しばらく何も言わなかった。

滝川筋の者たちも、息を殺した。

「本当に払うんか」

「そのようでございます」

「飯屋が、五十万文を前金で出した」

「はい」

「残り百万文も来るということか」

「おそらくは」

殿様の顔が、さらに険しくなった。

「なんでそんなに銭を持ってんねん、そいつは」

誰も答えられなかった。

「調べてへんのか」

「申し訳ございません。伊勢松坂屋については、松阪や伊勢、白子、草津、大津、奈良方面に

飯場と横丁を持ち、買い付け隊を動かしているという話は聞いておりましたが……」

「聞いておりましたが、何や」

「ここまで即座に大金を動かせるとは」

「分かってなかったんやな」

「はっ」

「なぜ分からん」

殿様は、苛立ちを隠さなかった。

「蟹江に入り、飯屋に銭を求め、横丁を潰すぞと脅し、その結果、地元の寺社や住民が飯屋を庇った。

そこまであった時点で、普通の飯屋ではないと分かるやろ」

「……申し訳ございません」

「しかも今度は、その飯屋が百五十万文を出す。北畠と九鬼が横にいる。国人衆も一向衆も納得する。

住民はそちらに寄っている。お前らは何を見ていた」

誰も何も言えなかった。

殿様は、立ち上がりかけて、また座った。

怒鳴るだけでは済まない。これは調べるべき相手だった。

「伊勢松坂屋の博之とか言うたな」

「はい」

「そいつは何者や」

「根なし草から成り上がった飯屋、と聞いております」

「根なし草が百五十万文を出すか」

「……」

「松阪の北畠と近いのか」

「近いようです。松阪の城主とも、かなり親しくしているとの話が」

「伊勢神宮前でも店を出しているのか」

「はい。海鮮焼きという、鉄板で焼く珍しい飯が評判になっているようで」

「九鬼水軍とは」

「海産物や船の道でつながりがあると」

「奈良とは」

「寺社と交流があり、書物や炊き出しの道があると」

「近江は」

「草津、大津、信楽焼の道を持っているようです」

殿様は、ますます不機嫌になった。

「それだけ並べて、なぜ“飯屋”で済ませた」

「申し訳ございません」

「飯屋という皮をかぶった物流やないか」

その一言に、部屋の空気が重くなった。

「銭があり、飯があり、荷があり、寺社とつながり、水軍とつながり、北畠ともつながっておる。

しかも、住民が逃げ込む場所になっている。こんなもの、下手な国人衆よりよほど厄介や」

「はっ」

「それで、尾張で商いする許可まで出したのか」

滝川筋の者が、さらに小さくなる。

「百五十万文の条件として、津島、常滑方面での商いを認める形に……」

「認めたんか」

「蟹江の人を働かせるという名目でございます。領地を求めたわけではなく、

店と買い付けの道だけであると」

「それが怖いと言うてるんや」

殿様は、指で畳を叩いた。

「領地を求めぬ者は、追い出しにくい。城を求めぬ者は、攻めにくい。飯場を作る者は、

民が寄る。民が寄れば、そこに銭と荷が集まる」

部屋の者たちは、ようやく事の重さを理解し始めていた。

「すぐに調べろ」

「はっ」

「伊勢松坂屋の拠点、買い付け隊、九鬼との関係、北畠との距離、津島や常滑で何をするつもりか。

全部や」

「承知しました」

「ただし、雑に手を出すな」

殿様は釘を刺した。

「今、蟹江でその飯屋に手を出せば、住民も寺社も九鬼も北畠も反応する。織田が飯場を

潰したとなれば、こちらが悪者になる」

「では、どうなされますか」

「まず見ろ。使えるなら使う。邪魔なら潰す。だが、何者か分からんまま触るな」

「はっ」

殿様は、届いたという五十万文の報告をもう一度見た。

飯屋が、前金で五十万文。

笑い飛ばすには大きすぎる額だった。

「ほんまに、なんでそんなに銭を持ってんねん」

殿様は、苛立たしげに呟いた。

「飯屋が蟹江を半年止めるとはな」

その声には、怒りと警戒と、わずかな興味が混じっていた。

織田の家中で、伊勢松坂屋の名は、この日から明確に別の意味を持ち始めた。

ただの飯屋ではない。

銭と飯と人を動かす、妙な存在。

そして、その妙な存在を、現地の者たちはよく調べもせずに相手にしてしまった。

織田の殿様の苛立ちは、しばらく収まりそうになかった。