軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

蟹江半年の休戦が決まり報告をする。まだ気が抜けないが今日くらいゆっくりご飯食べてください。立ち上がる気がある人は雇いますよ

蟹江の港に戻ると、飯場の前には不安そうな顔をした者たちが集まっていた。

織田方、一向衆、国人衆の話し合いがどうなったのか。

城下へ戻れるのか。

郊外や港に残れるのか。

また普請や矢銭を求められるのか。

皆、口には出さないが、目がそれを聞いていた。

博之は、まず蟹江のまとめ役を呼んだ。

「とりあえず、半年は休戦や」

まとめ役は、息を呑んだ。

「半年、でございますか」

「うん。大きな戦はせん。城下を無理に戻さん。郊外や港に逃げた人は、そのままいてもええ。

寺社に身を寄せる人も認める。そこまでは話がまとまった」

「……本当に、まとまったのですか」

「まとまった。まとまってしもうた」

博之は、少し疲れた顔で言った。

「その代わり、伊勢松坂屋として百五十万文出す」

その場にいた者たちが、ざわついた。

「百五十万文……」

まとめ役の顔色が変わる。

「旦那様、それはあまりにも」

「高い。高いけど、半年の時間を買ったと思えば、まだええ」

博之は続けた。

「その銭は、織田方も、一向衆も、国人衆も、それぞれ面子が立つように分ける。もちろん、

こちらで必要な費用は引く。港と郊外の飯場、湯浴み、寝床、炊き出し、桑名への退避、

その分は先に見る」

九鬼水軍の男が横から言った。

「船の手当もやな」

「そうや。九鬼さんにも動いてもらう。人や荷を逃がす時、船がいる」

博之は、港の方を見た。

「残りたい者は残ってええ。郊外や港で避難するなら、うちらは支援する。寝るところ、

湯浴み、飯、できる範囲で用意する」

「城下に戻りたい者は?」

「戻ってええ。ただし、国人衆たちには、戻った者から無理に税や普請を取るなと言ってある。

立て直しはしたいかもしれん。けど、それは自分たちの手持ちでやってくれと話した」

まとめ役は、深く頭を下げた。

「そこまで……」

「まだ安心はできんぞ」

博之はすぐに言った。

「半年だけや。半年後にどうなるかは分からん。だから、その間に人を逃がすなら逃がす。

戻るなら戻る。働く場所を作るなら作る」

そして、声を少し強めた。

「もうここに住まれへん、という人がおったら、うちで雇ってくれ」

「雇う、でございますか」

「うん。これから尾張の常滑と津島に拠点を作ることになる」

「常滑と津島……」

「許可はもらってきた。尾張の領内で商売してええという話になった。瀬戸焼、常滑焼、

津島の市、海の道。そこに人がいる。蟹江で城下に戻れない人がいるなら、

ここで商売の仕方を教えて、向こうへ送る」

まとめ役は、まだ驚きから戻れない。

「それは、蟹江の者たちに、新しい働き口を作るということですか」

「そうや。全部救えるとは言わん。うちは慈善事業やない。今回は、たまたまうちの

飯場の近くで人が困ってたから、ご近所さんとして助けただけや。そのことは、

ちゃんと言うといてくれ」

「ご近所さん、でございますか」

「そうや。伊勢松坂屋は国を取りに来たわけやない。城を持ちたいわけでもない。

飯を出して、働ける人には働く場所を作る。それだけや」

そこへ、港に集まっていた住民たちの間から声が上がった。

「松坂屋の旦那さん、本当にありがとうございます」

「飯と湯だけでも、どれだけ助かったか」

「子どもが久しぶりに寝られました」

博之は、困ったように手を振った。

「いやいや、私はただの、普段は松阪の屋敷でごろごろしてるスケベなじじいです。

礼を言われるような者やありません」

その場が一瞬、ぽかんとした。

お花が横で小さくため息をつく。

「旦那様、言い方」

「ほんまのことやろ」

それでも住民たちは、笑った。

張り詰めていた空気が、少しだけ緩んだ。

博之は、照れくさそうに頭をかいた。

「気まぐれでやっただけです。これがずっと続くかは分かりません。うちにも限りがあります。

やけど、とりあえず今日一日くらいは、苦しまずに飯を食ってください」

住民たちは、静かに聞いていた。

「もし息が続かん、もう城下に戻る気力がない、仕事もない、そういう人がおるなら、

うちは立ち上がろうとする人には、できる範囲で責任を取るつもりです」

博之は、港の飯場を指した。

「面接を受けてください。常滑や津島、尾張の港に店を出すことになります。買い付けで

いろいろ回ることにもなります。最初はしんどいかもしれません。でも、寝るところと、風呂と、

食うことでは困らせません」

一人の男が、ぼそっと言った。

「極楽浄土を唱えながら刀を振られるよりは、スケベなじじいに飯をご馳走してもらう方が、

よっぽどましですわ」

周囲に笑いが起きた。

博之も笑った。

「それはまあ、そうかもしれんな」

別の女が言った。

「偽善でも、ありがたいです」

博之は、少しだけ黙った。

「偽善でも、飯は腹に入りますからな」

その言葉に、寺の者が小さく合掌した。

昼飯の支度が始まると、港の空気はまた少し変わった。

まぜ飯の湯気が上がり、汁物の匂いが広がる。子どもが椀を持って並び、

老人が湯浴みの順番を待つ。若い者たちは、荷を運ぶ手伝いに回る。

博之は、その様子を見ながら、どこか調子が狂うのを感じていた。

百五十万文で半年の時間を買った。

尾張への商いの口も得た。

蟹江の人を雇う道もできた。

けれど、目の前にいるのは、ただ腹を空かせた人たちだった。

「飯屋って、何なんやろな」

博之が小さく言うと、お花が答えた。

「少なくとも今は、飯を出す人です」

ヨイチも静かに頷いた。

「そして、働きたい人に次の場所を示す人です」

「重いな」

「旦那様が重くしました」

「ほんま、調子狂うわ」

そう言いながらも、博之は椀を受け取った子どもが笑うのを見て、少しだけ肩の力を抜いた。

蟹江の港には、まだ戦の匂いが残っている。

だがその昼だけは、飯の匂いの方が勝っていた。