軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

蟹江の泥仕合をなんとかできる人はいないか。中立で。伊勢松坂屋の蟹江まとめ役に白羽の矢が立つが責任重すぎて急ぎで博之に文を出す。とりあえず一月休戦を提案し受理される

蟹江の城下から人が抜けていく。

その異変に、最初は誰も正面から向き合おうとしなかった。

織田方は「町人どもが怠けている」と言い、一向衆は「城下の者がこちらを信用しておらぬ」と苛立ち、国人衆は「砦を守るために人がいるのに、何をしておる」と怒った。

だが、数日も経つと、さすがに無視できなくなった。

普請に人が集まらない。

城下の店が開かない。

矢銭を求めても、払う者がいない。

米を集めようにも、米が郊外や港の飯場へ流れている。

夜になると、灯りが少ない。

そして、逃げた者たちの多くは、伊勢松坂屋の郊外拠点か港拠点、あるいはその支援を受けた

寺社に身を寄せていた。

ついに、織田方、一向衆、国人衆、それぞれの側から「話し合いの場を設けたい」という話が出た。

しかし、誰が場をまとめるのか。

織田方に任せれば、一向衆と国人衆が警戒する。

一向衆に任せれば、織田方が席を蹴る。

国人衆が前に出れば、どちらも「自分たちに有利にするつもりだろう」と疑う。

そこで、地元の寺の住職がぽつりと言った。

「伊勢松坂屋のまとめ役殿に、間に立ってもらうのがよいのでは」

その言葉に、場が一瞬静まり返った。

「飯屋にか」

誰かが言った。

だが、反対の声はすぐには続かなかった。

城下から逃げた者の多くが、伊勢松坂屋の飯で生きている。

港の荷も、郊外の炊き出しも、寺社への米も、伊勢松坂屋が支えている。

しかも、織田方にも、一向衆にも、国人衆にも、表立って味方していない。

飯屋である。

だからこそ、場に立てる。

蟹江の伊勢松坂屋のまとめ役は、その話を聞いて顔を青くした。

「いやいやいや、我らは飯屋です。戦の仲裁など、できるわけがございません」

しかし、寺社や町の顔役たちは真剣だった。

「できるかできぬかではなく、今、皆を聞ける相手があなた方しかおらぬのです」

「我らが何か決められるわけでは」

「決めずともよい。まず席を作ってくだされ」

まとめ役は、これは自分の判断だけで動いてよい話ではないと悟った。

すぐに松阪へ文を飛ばした。

蟹江で城下の人が抜けていること。

織田方、一向衆、国人衆がそれぞれ話し合いを求めていること。

伊勢松坂屋のまとめ役を代表にと言われていること。

戦の仲裁のような形になりかねず、一大事であること。

文の最後には、震えるような字でこう添えられていた。

――旦那様、これは飯屋の仕事なのでしょうか。

だが、文が松阪に届くのを待っていては、場が崩れる恐れがあった。

そこで蟹江のまとめ役は、九鬼水軍の蟹江筋のまとめ役にも声をかけた。

「一人では無理です。港と船のことが絡む以上、九鬼様にも同席していただきたい」

九鬼の男は、最初は腹を抱えて笑った。

「飯屋が戦の間に入るんか。えらいことになったな」

「笑いごとではございません」

「分かっとる。けど、旦那のところらしいわ」

「本当に困っております」

「よし。出たる。港と船の話なら、こちらも関わる。何より、蟹江が燃えたら船も荷も困る」

こうして、伊勢松坂屋の蟹江まとめ役と、九鬼水軍の蟹江筋のまとめ役が、話し合いの

場に出ることになった。

場所は、城下から少し離れた寺である。

織田方、一向衆、国人衆、それぞれの代表が来た。互いに目を合わせれば火花が散りそうな

空気だったが、寺の境内には伊勢松坂屋の炊き出しの匂いが漂っていた。

まず、蟹江のまとめ役が深く頭を下げた。

「本日は、皆様にお集まりいただき、ありがとうございます。ただ、最初に申し上げます。

我ら伊勢松坂屋は、どちらの軍にも属しておりません。城を取る者でも、砦を守る者でも

ございません」

織田方の者が鼻を鳴らした。

「ならば、何をしに来た」

「飯を出すためでございます」

その答えに、一瞬、場が白けた。

しかし、まとめ役は続けた。

「城下の人が減っております。普請も回らず、矢銭も集まらず、港も落ち着かず、

寺社にも人が逃げております。このままでは、どなたが砦を持とうとも、蟹江そのものが弱ります」

国人衆の代表が腕を組んだ。

「では、どうしろと言う」

「一月、停戦していただけませんか」

場がざわついた。

「一月だと」

「はい。一月だけ、城と砦を空にする。兵を詰めすぎず、普請も最低限に止める。

城下から無理に人を引かない。矢銭を求めない。荷を押さえない」

織田方の者が声を荒げた。

「城を空にしろとは、こちらに退けと言うのか」

「退けではございません。蟹江を壊さぬために、一月だけ熱を冷ます、という話です」

一向衆の者も疑わしげに言った。

「その間に織田方が戻ってくるのではないか」

九鬼のまとめ役が口を開いた。

「だから、双方で見張ればええ。城に兵を詰めん代わりに、周りに目は置く。

船の荷も、港の荷も、こちらが見届ける。どちらかが抜け駆けしたら、その時点で話は終わりや」

国人衆の代表が言った。

「民はどうする。城下に戻すのか」

蟹江のまとめ役は首を振った。

「戻りたい人は戻ればよろしい。ただし、戻りたくない人を無理に戻さないでください」

「では、逃げた者をそのままにするのか」

「はい。郊外に住む者、港へ移る者、寺社に身を寄せる者、それぞれを認めていただきたい」

織田方の者が眉をひそめる。

「それでは城下が戻らぬ」

「無理に戻しても、また逃げます」

まとめ役は、静かに言った。

「人は、飯が食えて、寝られて、無理に奪われないところへ寄ります。城下に戻ってほしいなら、

城下をそういう場所に戻すしかありません」

その言葉に、場が少し静まった。

地元の寺の住職が後押しした。

「伊勢松坂屋さんは、郊外と港に飯場と湯浴みを増やしてくださっています。

逃げた者をすべて抱え込もうとしているのではありません。命をつないでいるのです」

蟹江のまとめ役は続けた。

「伊勢松坂屋としては、郊外と港に、しばらく人が住めるように用意します。

寝床、飯、湯浴み、仕事。できる範囲で整えます。ですが、これは城下を奪うためではありません。

人を戻すまでの間、蟹江を空にしないためです」

「飯屋が人を抱えるのか」

「人を抱えるのではありません。飯を出すだけです」

九鬼の男が横で小さく笑った。

「その飯があるから、人が残るんやけどな」

織田方も、一向衆も、国人衆も、すぐには返せなかった。

結局、話はそこに落ち着いた。

一月の停戦。

城と砦は、兵を詰めすぎず、実質的に空に近い状態にする。

普請と改修は最低限。

矢銭は求めない。

城下に戻る者は戻る。

戻りたくない者は、郊外、港、寺社に身を寄せてもよい。

伊勢松坂屋は郊外と港に飯場、寝床、湯浴みを用意する。

九鬼水軍は港と船の荷を見届け、不穏な動きがあれば双方に知らせる。

織田方は不満げだったが、城下に人がいないままでは普請も兵糧も成り立たない。

一向衆も、民が寺社へ逃げ込んでいる以上、無理に動けば自分たちの顔が潰れる。

国人衆も、土地を守るには人が必要だった。

誰も満足はしていない。

だが、誰も拒めなかった。

話し合いが終わると、蟹江のまとめ役は深く頭を下げた。

「我らは、戦を止められる者ではございません。ただ、一月だけ、飯を食う時間をください」

その言葉に、寺の住職が静かに合掌した。

数日後、その話は周囲に広まった。

飯屋が、戦の仲裁をした。

しかも、織田方、一向衆、国人衆の間に立ち、一月の停戦と城の空白をまとめた。

その噂は、尾張だけでなく、桑名、白子、松阪へも届いた。

松阪でその文を読んだ博之は、しばらく絶句した。

「……うち、何してんの?」

お花が文を読み直しながら言った。

「飯屋が、戦の火を少しだけ弱めましたね」

ヨイチは真顔で言った。

「旦那様、これは掟に加えるべきかもしれません」

「何をや」

「飯場を守るためなら、戦の間にも立つ。ただし、勝とうとしない。飯を食う時間を作る」

博之は頭を抱えた。

「飯屋って何なんやろな」

誰も、すぐには答えられなかった。

だが蟹江では、その日から一月だけ、城下に少し静けさが戻った。

そして人々は、恐る恐る城下へ戻る者、寺社に残る者、港で働く者、桑名へ向かう者に

分かれていった。

戦は終わっていない。

だが、飯を食う時間だけは、かろうじて生まれた。