軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

伊勢神宮で海鮮焼きをやります。初日。博之はどうなるかが気になりすぎて胃が痛いwww終わってみるとよく売れた。魅せる販売が成功。

伊勢神宮前で海鮮焼きを本格的に動かす当日、朝早くから伊勢の港では準備が始まっていた。

魚のすり身、茹でた蛸、烏賊、海老、味噌醤油、青のり、竹筒、包み紙、信楽焼の小皿。

どれも前日までに段取りは済ませてある。だが、いざ当日となると、やはり空気が違う。

伊勢神宮前である。

ただの城下でも港でもない。全国から人が来る。商いの目も厳しい。周りの店も多い。

ここで失敗すれば、伊勢松坂屋の評判だけでなく、周囲との関係にも傷がつく。

さすがの博之も、この日は見に行くことにした。

「旦那様、またそわそわするでしょうから、本当に不審者みたいにうろうろしないでくださいね」

お花にそう釘を刺され、博之は少しむくれた。

「分かってる。今日はただ見るだけや」

「その“ただ見るだけ”が一番怪しいんです」

「ひどいな」

ヨイチも横から言う。

「今日は現場の者たちに任せてください。旦那様が口を出しすぎると、逆に乱れます」

「分かってるって」

そうは言いながらも、博之はすでに落ち着かない。現場の女衆が焼き場の確認をしているのを

見るたびに、あそこは大丈夫か、札は足りるか、信楽焼は割れてないか、味噌醤油は濃すぎないかと、

口を出しそうになる。

そのたびに、お花に視線で止められた。

運用は、前もって全員で共有してある。

マグロの汁物は数を絞る。魚のすり身揚げ、つまり天ぷらも、出しすぎない。半刻に一度、

決めた数だけ揚げる。売れたらそこで終わり。次はまた半刻後。売り切れ御免である。

海鮮焼きも同じだ。

持ち帰りは六個百五十文。

店内で信楽焼に乗せて食べるなら二百文。

体験は完全予約で四百五十文。お礼札五枚つき。

売る時間を区切る。体験の時間を区切る。周りの店へ札を流す。売れすぎて周りを

食わないようにする。

それでも、博之は不安だった。

「この運用でも、売れすぎる気がするんよな」

「売れる前提で困るの、贅沢ですね」

ヨイチが言うと、博之は真顔で返した。

「贅沢やけど、ほんまに困るんや」

やがて、伊勢神宮前の人通りが増えてきた。

噂を聞きつけた参詣客や旅人が、ちらちらと焼き場の方を見ている。最初は様子見である。

何やら丸い金型が並び、女衆が種を流し込み、茹でた蛸や烏賊を入れている。

「これが噂の海鮮焼きか」

「伊勢の港で売れてたやつやろ」

「なんぼや」

「持ち帰りは六つで百五十文らしい」

「高いな」

「中で食うたら二百文やて」

「体験は?」

「四百五十文」

「めちゃくちゃ高いやんけ」

そんな声があちこちから聞こえた。

博之は、少し胃が痛くなった。

「やっぱ高すぎたかな」

「安くして売れすぎる方が困ると決めたでしょう」

お花が冷静に言う。

「そうやけど」

その時、焼き手の女衆が、細い串で海鮮焼きをくるりと回した。

丸く焼け始めた生地が、金型の中でころんと転がる。

周りから、小さなどよめきが起きた。

「おお」

「今、回ったぞ」

「何やあれ、面白いな」

「もう一回やるんか」

次々に、くるり、くるりと回っていく。

火の上で丸い飯が転がる。その動きが珍しい。しかも、焼ける匂いが強い。味噌醤油の香ばしさ、

海の具の匂い、青のりの香り。人は自然と足を止めた。

子どもが父親の袖を引く。

「お父ちゃん、あれやりたい」

「お前は火の元やから危ない。けど、お父ちゃんが焼いたろうかな」

「ほんま?」

「お参りしてからやな。予約券、まだあるんか聞いてみよか」

そういう声が、あちこちで上がり始めた。

四百五十文は高い。高いが、確実に座れて、自分で焼けて、店の中で食べられて、

お礼札も五枚つく。しかも、子どもや連れにいいところを見せられる。

高いはずの予約券が、思ったより動き始めた。

「旦那様」

ヨイチが小声で言う。

「予約、売れています」

「やっぱりか」

「嬉しくなさそうですね」

「嬉しいけど怖い」

焼き上がった海鮮焼きは、ぽんぽんと器や包みに移されていった。持ち帰りの者には包み紙で。

店内で食べる者には信楽焼の小皿で。小皿に乗ると、ただの丸い焼き物が少し上等に見える。

「信楽焼に乗ると、やっぱり違うな」

「あれなら二百文でも分かるわ」

「持ち帰りもええけど、中で食べるのもありやな」

客たちが口々に言う。

味噌醤油を塗り、青のりをふわりと振る。女衆が「熱いのでお気をつけください」と笑顔で渡すと、

それだけで少し特別なものに見えた。

そして、焼けた分はあっという間に出ていく。

博之がそわそわしている間に、最初の販売分は見る見る減っていった。

「はい、本日の一回目の海鮮焼きはここまででございます。また半刻ほど後に焼き上げますので、

それまで周りのお店もぜひご覧くださいませ」

女衆がそう声を張ると、少し惜しむ声が上がった。

「もう終わりか」

「もうちょっと焼いてくれへんのか」

「次はいつや」

「半刻後です。体験の方は、札をお持ちの方から店内へどうぞ」

売り切れたことで、かえって人の熱が残った。

買えなかった者の一部は、お礼札を持つ者に羨ましそうな目を向け、別の者は近くのお茶屋や

餅屋へ流れていった。札を受け取った者は、周囲の店で茶を飲み、小物を見て、また戻ってくる。

博之は、それを見て少し安心した。

「札、効いてるな」

「効いていますね」

お花も周囲を見ながら頷いた。

「売り切れで人が散っても、周りへ流れています。これなら、恨みは買いにくいと思います」

隣の天ぷら、魚のすり身揚げも、運用を変えた効果が出ていた。

半刻ごとに揚げる数を決め、売れたら終わり。次まで待ってもらう。最初は不満が出るかと

思われたが、海鮮焼きの熱があるせいか、そこまで荒れなかった。

「天ぷらも次は半刻後やて」

「ほな、その間に茶でも飲むか」

「さっきの札、使えるんやろ」

そんな声が聞こえる。

売れすぎて止める。止めると暇になる。暇になるはずが、次の体験の準備、信楽焼の整理、

包み紙の補充、味噌醤油の確認、予約客の案内、店内の片付けと、細かい仕事が山ほどある。

焼き場は休んでいるのに、現場は完全には止まらない。

「これは……案外、いい間ができてるな」

博之が言うと、ヨイチも頷いた。

「焼き続けるより、現場の疲れは少ないかもしれません。区切りがあるので、整理できます」

「売り切れで暇になる贅沢な悩みかと思ったけど、暇ではないな」

「暇ではありません。ただ、慌て続けてはいません」

「それがええな」

博之は少し離れたところへ移り、お花とヨイチを連れて、周囲の店を回った。

もちろん、見張りも兼ねている。

茶屋で茶を飲みながら、周りの客の声を聞く。

「あの丸いやつ、面白かったな」

「高いけど、旅の話にはなるわ」

「奈良のそうめんも売ってたで」

「伊勢松坂屋は、遠方の物をよう持ってくるな」

「信楽焼の小皿、あれ欲しいわ」

「次に取寄せ札が出るらしいぞ」

そういう声が、自然と耳に入ってくる。

海鮮焼きだけではない。伊勢小物、奈良の品、そうめん、葛、信楽焼。伊勢松坂屋が

持ち込む遠方の品そのものが、だんだん話の種になっていた。

博之は包み紙を持って歩く客を見た。

海鮮焼きの包みを持つ者。すり身揚げの包みを持つ者。信楽焼の小皿を抱える者。

お礼札を握りしめて茶屋へ向かう者。

「だいぶ、浸透してきたな」

博之がぽつりと言う。

「はい」

お花が答える。

「海鮮焼きだけでなく、伊勢松坂屋の回し方そのものが、少しずつ受け入れられています」

「怖いくらいやな」

「怖がっているうちは大丈夫です」

ヨイチが言う。

「問題は、慣れて雑になることです」

「それはあかん」

博之は茶を飲み、もう一度焼き場の方を見た。

次の販売が始まっていた。

また人が集まり、また海鮮焼きがくるりと回る。子どもが歓声を上げ、大人が笑い、

体験の予約客が店内へ案内されていく。

大きな混乱はない。

売れすぎてはいる。

だが、売れすぎて壊れてはいない。

夕方近く、博之たちが店へ戻ると、現場のまとめ役が少し疲れた顔で、それでも笑っていた。

「旦那様、今のところ、大きな揉め事はありません」

「売れ行きは?」

「売れすぎです」

「やっぱりか」

「ただ、区切っているので何とか回っています。店内体験も、完全予約にしたのが良かったです。

飛び込みを断りやすいですし、準備ができます」

「天ぷらは?」

「半刻ごとの限定で、そこまで不満は出ていません。むしろ“次はいつや”と待ってくれています」

「よし」

博之は大きく息を吐いた。

「事なきを得たな」

お花がすぐに言った。

「まだ一日目が終わっただけです」

「分かってる。でも一日目が一番怖かったんや」

「それは確かに」

ヨイチは帳面を閉じた。

「数字は後で見ますが、運用としては成功です。売る数を絞り、札で周囲へ流し、

体験を完全予約にした。この三つが効いています」

「海鮮焼き、いけるな」

「いけます。ただし、調子に乗らないことです」

「分かってる」

博之は、少しだけ笑った。

「飯の火縄銃は、空に向けて撃つ。人に向けん」

「伊勢のお殿様の言葉ですね」

「ほんま、その通りやったわ」

伊勢神宮前の海鮮焼きは、本格初日を大きな混乱なく終えた。

人は集まった。

飯は売れた。

札は回った。

周りの店にも人が流れた。

体験は話題になった。

そして博之は、また一つ確信した。

飯は、食べるだけではない。

見るものになり、待つものになり、語るものになる。

伊勢松坂屋の商いは、また一段、形を変え始めていた。