軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

六角から帰り数日後、ゴロゴロしながら道のことを考えていると、お取り寄せ便をやろうと思いつく。売値の1.5倍だが確実に手に入る。

六角から戻ってしばらく経ったある日、博之はいつものように屋敷の奥でごろごろしていた。

畳の上に寝転がりながら、目の前には近江から持ち帰った地図が広げられている。松坂、白子、

関、草津、大津。そこから京都の端、宇治、奈良。さらに伊賀、信楽、尾張、堺。

線を引けば引くほど、道が増えていく。

「なあ」

博之がぼそっと言った。

ヨイチが帳面から顔を上げる。

「はい」

「六角行った時の道、あれ考えてたんやけどな」

「また何か思いつきましたか」

「南近江と京都の端がつながったらさ、信楽焼の道は当然太くなるやろ」

「はい。草津、大津、関、白子、松坂へ回せますからね」

「そうそう。で、奈良のものも、京都経由で回せるようになったら、物流はどんどん増える」

お花が少し警戒した目で見る。

「旦那様。その顔は、また帳簿が増える話ですね」

「まだ何も言うてへん」

「言う前から分かります」

博之は少しむくれたが、そのまま続けた。

「市は市でええねん。いろんな国のものが見られるし、掘り出し物もある。けど、

欲しいものが手に入らへんっていうことはあるやろ」

「それはありますね」

「たとえば信楽焼。人気あるやん。でも数は限られてる。早く行かな買えへん。奈良の葛とか、

三輪そうめんとか、伊勢小物とか、京都の珍しいものとかもそうや」

「はい」

「なら、お取り寄せ品みたいな形でやったらどうや」

その瞬間、ヨイチの顔がすっと青くなった。

「旦那様。帳簿が死にます」

「出たな」

「どれだけ面倒くさいことを思いついているか、ご自覚ありますか」

「ある。だから全部やらへん」

「全部やらなくても死にます」

「一・五倍や」

ヨイチが筆を止めた。

「一・五倍?」

「そうや。普通に市で買うより五割増し。取り置きというか、定期便の取り寄せやな。

半分前金でもらう。で、札を渡す

「前金、札、受け取り管理、品目管理、拠点別管理、未着管理……旦那様、帳簿が本当に死にます」

「だから全部やらへんって」

博之は起き上がり、地図の上に指を置いた。

「各地域の人気商品だけや。信楽焼なら茶碗、湯飲み、小皿くらい。奈良なら三輪そうめん、葛、

お寺関係の写しや小物。京都なら珍しい小物や甘味の材料。伊勢なら伊勢小物。

そういう特産品に近いもの、人気商品だけ」

お花が少し考え込む。

「つまり、何でも注文できるわけではなく、伊勢松坂屋が決めた品目だけということですね」

「そう。じゃないと帳簿係が混乱する」

「もう十分混乱します」

ヨイチが即答した。

「あと、各拠点でまとめる」

「各拠点?」

「郊外の小さい横丁まで対応したら死ぬやろ。松阪なら松阪の本店。伊勢なら伊勢の本店。

奈良なら奈良の本拠。草津なら草津の拠点。そういう大きいところだけで受ける」

「なるほど」

「細々したところまでは配らへん。取りに来てもらう。受け取りも決めた日だけ。

そうしたら、まだ回るやろ」

ヨイチは少しだけ表情を戻した。

「それなら、まだ制度としては形になります」

「やろ」

「ただし、品目数と口数は絞るべきです」

「そこは絞る。毎度毎度、限定や。予約便が大量に来たら困るからな。札を撒く数も決める。

各拠点で、今月は信楽焼二十口、伊勢小物十口、奈良の葛十口、みたいな感じや」

「それなら……帳簿は増えますが、死にはしません」

「死なん程度にしてくれ」

「旦那様が殺しに来ているのですが」

お花が横から言った。

「でも、ありかもしれませんね」

「お花さんが味方した」

「味方ではありません。仕組みとしては、需要があると思います。市に来た人も、欲しいものが

売り切れていたら残念がります。そこで、次の便で取り寄せできますよ、と言われたら喜ぶでしょう」

「そうやろ。これは市とは別のお楽しみ会や」

「お楽しみ会、ですか」

「うん。市はその場で見る楽しみ。取り寄せ札は、次に届く楽しみ。待ってる間も話のネタになる。

『次の便で信楽焼の湯飲みが来るんや』って言えたら、それだけで楽しいやろ」

ヨイチは帳面に書きつけながら言った。

「ただし、期待値を上げすぎると危険です。届かなかった時の扱いを先に決める必要があります」

「入らなかったら次便に回すか、前金を返す」

「返金は帳簿が面倒です」

「じゃあ次便に回すのを基本にする」

「それも苦情になります」

「ほな、札に書いとけ。『入らぬ時は次便、または返し』って」

「字が読めない人もいます」

「絵も入れよう」

お花が笑った。

「また掟の本みたいな話になってきましたね」

「分かりやすいのが一番や」

博之は楽しそうに続けた。

「信楽焼やったら、茶碗か湯飲みか小皿ぐらいしか選ばせへん。色や形を細かく選ばせたら死ぬ。

あとは買い付け隊の目利きや感性の問題や」

「そこはいいですね」

お花が頷く。

「細かく指定させず、伊勢松坂屋の目利きを信用してもらう。つまり、物だけではなく

信用を売るわけですね」

「そうそう。『伊勢松坂屋が選んだ信楽焼』や。ええ響きやろ」

「旦那様、急に商人の顔になりますね」

「飯屋や」

「その飯屋が注文商いを始めようとしているのです」

ヨイチが言うと、博之は少し苦笑した。

「でも、売上は上がるはずや」

「上がります」

「上がるんか」

「上がります。ただ、また金が増えますよ」

「それも嫌やな」

「嫌ならやめますか」

「いや、でも買い付け隊をただ働きさせるのは違うやろ。人気品を確実に運ばせるんやから、

手間賃は取るべきや」

「それは正しいです」

「一・五倍なら高いけど、旅行に行くことを考えたら安いやろ。奈良まで行く、信楽まで行く、

伊勢まで行く。普通の人には無理や。しかも偽物つかまされるかもしれん。

うちの買い付け隊が持ってくるなら安心料込みや」

「五割増しでも、十分通ると思います」

お花が言った。

「むしろ安いくらいかもしれません。今でも市では、ものによってはかなり乗せても売れていますから」

「そうやろ。うち、今でも三倍くらい乗ってても売れてるものあるやん」

「あります」

「なら、そこから一・五倍での取り寄せでも、むしろ良心的や」

「ただし、数量限定だからこそです」

「分かってる。限定や。大量に受けん」

ヨイチは、だいぶ真剣な顔になっていた。

「制度名はどうしますか」

「取寄せ札」

「そのままですね」

「分かりやすいやろ」

「分かりやすいです」

「取寄せ札は五割増し。半金前払い。品目は決まったものだけ。受け取りは本拠点のみ。

入らなければ次便か返し。急かす者は次から受けない」

「急かす者は受けない、は入れたいですね」

「絶対入れろ。女衆や帳簿係に文句言うやつは出禁や」

お花が満足そうに頷いた。

「そこは大事です」

「あと、買い付け隊にも無理させすぎない。人気品だけ。特注は別帳簿、別見積もり。

武家や寺社の大口も別」

「旦那様」

「何や」

「思ったより制度としてまとまっています」

「そうやろ」

「その顔が腹立ちます」

「褒めてくれたんちゃうんか」

「褒めましたが、調子に乗らないでください」

博之は少し笑った。

「これ、うちの従業員だけじゃなくて、よそさんも使えるようにしよう」

「市に来ているお客さんも、ですか」

「そうや。従業員だけやともったいない。市で遊んでる人だって、欲しいものはある。

信楽焼なんか普通に欲しいやろ。奈良の葛も、伊勢小物も、京都の小物も。

『次に来る時に受け取れる』となったら、また市に来る理由にもなる」

「再来場の理由になりますね」

「そう。市が一回きりやなくなる。次の楽しみができる」

ヨイチが帳面に大きく書いた。

「取寄せ札。人気品限定。数量限定。五割増し。半金前払い。本拠点受取。市との併用」

「おお、まとまったな」

「まとまりましたが、運用試験が必要です」

「どこでやる?」

「松阪、伊勢、草津あたりでしょうか」

「草津は信楽焼が近いからええな。伊勢は伊勢小物。松阪は全部の見本市みたいにできる」

「奈良は?」

「奈良はまだ慎重に。寺社絡みの商品は揉めると面倒や」

「賢明です」

お花が言った。

「最初は、信楽焼と伊勢小物くらいがよいかもしれません。そこに少量だけ奈良の葛や

三輪そうめんを入れる」

「うん。普段より少し多めに買い付けて、市に出す分と、取寄せ札の分を分ける」

「買い付け隊にも、取寄せ札分は別に包ませます」

「帳簿も別やな」

「はい。通常市帳と取寄せ札帳を分けます」

ヨイチの声は、少し諦めていた。

「帳簿、死なんか?」

「死にかけますが、限定なら生き残ります」

「頼む」

「旦那様が増やした仕事です」

「分かってる」

博之はごろりと横になった。

「でも、たぶん当たるで」

「なぜそう思うのですか」

「話のネタになるからや。『次の便で届く』って、なんか楽しいやろ。人は待ってる

時間も買うんやと思う」

お花が少し驚いたように博之を見た。

「旦那様、また良いことを言いましたね」

「そうやろ。わしは結構いいこと言う男やねん」

「その一言がなければ最高でした」

「またそれか」

部屋に笑いが起きた。

しかし、ヨイチの帳面にはしっかりと新しい制度が書き込まれていた。

市で見る楽しみ。

取寄せ札で待つ楽しみ。

遠くの品が、次の便で届く安心。

それを支える買い付け隊と、また増える帳簿。

伊勢松坂屋の物流は、また一段、形を変えようとしていた。

そして博之は、畳の上でごろごろしながら、満足そうに呟いた。

「普段も、ちょっと多めに買い付けやな」

ヨイチとお花が、同時にため息をついた。

「帳簿が死なない範囲でお願いします」

博之は笑った。

「そこは任せる」

「一番任せてはいけないところを、またこちらに投げましたね」

それでも、二人とも本気で止めようとはしなかった。

当たりそうな気がしたからである。