軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

六角との一件が終わり松坂郊外の和尚さんとゆっくり話す。愚痴兼報告。ゆっくりやりなはれ。

六角との一件がひと段落した頃、博之は松坂郊外のお寺へ向かった。

手には、まぜ飯、魚のすり身揚げ、肉あん、それから試しに作らせた小さな菓子がある。

甘味と呼ぶにはまだ粗いが、蜂蜜を少し使った、素朴なものだった。

寺に着くと、和尚さんは博之の顔を見るなり、少し笑った。

「また愚痴でも吐きに来はりましたか」

「愚痴というか、近江の方まで行ってきましたので、報告がてらです」

「ほう。とうとう近江まで」

「はい。六角様のところまで行ってきました」

そう言うと、和尚さんは少し眉を上げた。

「それはまた、飯屋の話ではなくなってきましたな」

「私もそう思います」

博之は苦笑しながら、持ってきた飯と菓子を広げた。

「まずは食べてください。話は長くなります」

「それはありがたい」

和尚さんは、すり身揚げを一つ口に入れた。

「うまいですな」

「ありがとうございます」

「で、何があったんです」

博之は、ぽつぽつと話し始めた。

「津の長野様が、北畠の内側に入ることになりまして」

「ほう」

「それで北伊勢の国人衆、白子や亀山、関の者たちが、北畠や六角に先に挨拶するかと思いきや、

なぜかうちに来ました」

「なぜか、ではないでしょう」

「私からしたら、なぜかです」

「飯屋なのに、道と荷を握っているからですな」

「そういう言い方をされると、怖いんですよ」

博之は頭をかいた。

「で、それを六角様がいぶかしんだんです。なぜ北伊勢の国人衆が、六角でも北畠でもなく、

伊勢松坂屋に先に挨拶したのかと。それで六角から使者が来て、飯でも持って話に来いと

いうことになりまして」

「それで行ったと」

「はい。切られずに帰ってきました」

「それは何よりです」

和尚さんは、軽く笑った。

「旦那様の話は、松阪の端で聞いている分には、本当に面白いですよ。

どこぞの大名家の英雄譚より、よほど面白い」

「そう言っていただけると、話しがいがあります」

「でも、ご本人は疲れておられる」

「正直、私は松坂の端で、和尚さんたちと飯や炊き出しの話をしていた頃が一番楽しかった気もします」

「でしょうな」

和尚さんは頷いた。

「初めの頃は無我夢中で広げていたのでしょう。けれど、ここまで来ると広がりすぎです。

もう国取りと似たようなものです」

「やめてください。飯屋です」

「飯屋の顔をした国取りです」

「違います」

「でも、買い付け隊も大きくなったのでしょう」

博之は、そこで少し顔をしかめた。

「もともとは、従業員に金を使わせるためだったんです。寝床と飯と湯浴みを整えると、

従業員に銭が残る。なら、市を開いて、信楽焼や伊勢小物を買えるようにしようと」

「それが物流になった」

「でかくなりすぎました。今は、それを市でお披露目して、周りに喜んでもらっている

感じではあるんですけど、物流が大きくなりすぎたせいで、大名から変な目で見られるように

なってきました」

「当然でしょうな」

「六角様には、従業員に銭があるという話はあまりしませんでした。数千人単位で従業員がいて、

それぞれに銭が残っていると知られたら、大名家も警戒するでしょうし、

あわよくば奪いに来るかもしれません」

「そこは隠して正解です」

和尚さんは静かに言った。

「銭があることより、銭をどう使うかの方が大事です。しかし、武家はまず銭そのものを見ますからな」

「難しくなりました」

博之はため息をついた。

「前は、何も考えずに頑張っていればよかったんです。飯を作る。人を雇う。炊き出しをする。

寝床を作る。湯浴みを作る。それでよかった。でも今は、どこに何を見せるか、

何を隠すか、誰の顔を立てるか、そういう腹芸みたいなものも必要になってきています」

「嫌そうですな」

「嫌です」

「けれど、避けられませんな」

「分かっています」

博之は茶をすすり、少しだけ海の方を見るような目をした。

「ただ、旅をして思ったこともあります」

「何です」

「飯の道を作るのは、結構楽しいです」

和尚さんは、少し目を細めた。

「飯の道」

「はい。北伊勢から近江に入って、気づいたんです。信楽焼の道は、今まで伊賀を通って

松坂へ来るものだと思っていました。でも、草津から関、白子を通れば、

伊賀を通らずに松坂へ入れる道もできる」

「道が二つになる」

「そうです。道が太くなる。片方が詰まっても、もう片方がある。そうなると、器も飯も人も回る」

博之は少し身を乗り出した。

「それに、京都郊外の話も聞きました。宇治の拠点と、大津から京都の端へ入る拠点。

ここがつながると、奈良の物も伊賀を越えずに回せます。奈良、宇治、京都郊外、

大津、草津、関、白子、松坂。ぐるっと回る」

「なるほど」

「これが面白いんです。飯の道が続く感じがする。物が回る。人が回る。書物も器も甘味の材料も回る。

すると、また飯が変わる」

「相変わらず、飯に戻りますな」

「飯屋ですから」

「比叡山はどうするのです」

和尚さんが尋ねると、博之は露骨に顔をしかめた。

「嫌いです」

「即答ですね」

「和尚さんのように、郊外で困っている人たちに飯を出すお寺さんを見ると、

やっぱり格式高いところはあまり好きになれません。もちろん全部が悪いとは言いません。

でも、格式を振りかざされると、私はどうにも腹が立ちます」

「そらそうでしょうね」

和尚さんは穏やかに笑った。

「旦那様は、根なし草の目で寺を見ますからな。立派な門より、今日飯が食えぬ者の方が先に見える」

「そうなんです」

「それでよろしい」

「よろしいんですか」

「全部を救おうとすれば潰れます。ですが、目の前の一人に飯を出すことを忘れなければ、

道は外れにくい」

博之は黙って聞いていた。

「とはいえ、広がりすぎております。ゆっくりやりなはれ」

「ゆっくり、ですか」

「はい。えっちらおっちらでよろしい」

「その言い方、私も近江でしました」

「似合っています」

博之は少し笑った。

「これからも、いろいろ見に行くことになると思います。草津、大津、京都の端、藤井寺、堺、

尾張、琵琶湖。道が見えてしまうと、行きたくなる」

「行くのはよろしい。ただし、帰る場所を忘れなさるな」

「松坂ですか」

「松坂であり、飯を食えぬ者に飯を出す心です」

和尚さんは、持ってきた菓子を一つ手に取った。

「これはまだ粗いですな」

「やっぱりそうですか」

「でも、悪くない。甘味の道を探す価値はあります」

「でしょう」

「ほら、また嬉しそうな顔をする」

博之は少し照れた。

「飯の話は楽しいんです」

「なら、それを忘れずに。大名の前でも、水軍の前でも、六角の前でも、結局は飯屋であることを

忘れなければよろしい」

「飯屋でい続けるのも、大変ですね」

「大きくなった飯屋ほど、そうでしょうな」

和尚さんは茶を飲み、静かに言った。

「ゆっくりやりなはれ。道は急いで作ると、人を踏みます。飯の道なら、なおさらです」

博之は深く頭を下げた。

「はい。丁寧にやります」

「それで、今日は愚痴ではなく報告でしたか」

「半分愚痴です」

「でしょうな」

二人は笑った。

松坂郊外の小さな寺には、六角や北畠や国人衆の大きな話とは違う、静かな時間が流れていた。

博之にとって、その時間はやはり落ち着いた。

大きくなりすぎた伊勢松坂屋の根っこが、まだここに残っている気がした。