軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

六角の殿様と会談。飯を食べて頂きながら、博之の略歴をなぞりながら聞き、矛盾がないかを確認する殿様。測りかねている

翌日、草津の拠点に六角方から文が届いた。

文面は丁寧なものだった。

観音寺城にて、伊勢松坂屋の博之と一度顔を合わせたい。飯を食いながら、互いに利となる話を

ゆるりとしたい。草津、大津、信楽焼、湖の道、そして北伊勢の動きについて、聞きたいことがある。

そういう内容である。

博之は文を読み終えると、深く息を吐いた。

「来たな」

ヨイチが頷く。

「来ましたね」

お花はすでに支度の段取りを考えていた。

「持っていく飯は、昨日決めた通りでよろしいですね。まぜ飯、肉あん、魚のすり身揚げ、汁物。

信楽焼の器も少し。海鮮焼きはなし」

「なしやな。あれはまだ撃ったらあかん」

「飯の火縄銃ですからね」

「その言い方、だいぶ広まってるの嫌やな」

博之は苦笑したが、支度は進んだ。

飯は派手すぎず、しかし伊勢松坂屋らしさが出るものを選んだ。まぜ飯は冷めても食えるようにし、

肉あんは信楽焼に乗せても映えるよう整えた。魚のすり身揚げは、伊勢松坂屋が魚に価値を

つける力を示すために入れる。汁物は、城内で温め直せるようにした。

草津の拠点から観音寺城へ向かう道中、博之はいつもより少しだけ静かだった。

「旦那様、緊張してます?」

「してるに決まってるやろ」

「松阪のお殿様のところには、あれだけ気軽に行かれるのに」

「あっちは気さくすぎるねん。多少無礼しても、まあ飯屋やからなで済ませてくれるところがある。

六角様は勝手が分からん。怖い」

お花が淡々と言う。

「怖いなら、余計なことを言わないでくださいね」

「努力する」

「努力ではなく、実行してください」

「はい」

観音寺城に着くと、博之たちは案内され、六角の殿様の前へ通された。

さすがに、いつものようにごろごろするわけにはいかない。博之はきちんと頭を下げた。

「伊勢松坂屋の博之にございます。本日はお招きいただき、ありがとうございます」

六角の殿様は、じっと博之を見た。

威厳があるような、ないような男だった。飯屋の旦那と言われればそう見える。だが、

ただの飯屋にしては、連れている者の目がよく、持ち込んだ飯の段取りも整っている。

「よう来た」

殿様は静かに言った。

「道中のことは、こちらの者から一通り聞いておる。松阪、白子、関、草津。なかなか面白いものを

見せてもらったようやな」

「見せられる範囲でございます」

「ほう。見せられぬものもある、ということか」

博之は頭をかいた。

「飯屋にも、仕込み場というものがございまして」

その場に小さな笑いが起きた。

殿様も少し口元を緩めた。

「まあよい。今日は飯を食いながら、ゆるりと話そう」

「はい」

「ただ、ゆるりと言うても、こちらも聞きたいことはある。そちらが持ってきてくれた飯を

食いながら、今後互いに何ができるかを話せればと思っておる」

博之は部屋の周囲を見た。控えている者が多い。重臣らしき者もいれば、武士もいる。

穏やかな顔をしているが、視線は鋭い。

「それにしては、お供の数が多くて、私どもは恐縮してしまいます」

殿様は笑った。

「松坂の城には行きまくっておるのやろう。そんなにびびることはあるまい」

「松坂のお殿様は、気さくすぎますので。こちらが少し無礼をしても、飯屋やからなで

流してくださるところがございます。勝手の分からないお城に来ると、やはり怖いです」

博之が頭をかくと、何人かが笑った。

「正直な男やな」

「隠せませんので」

「隠しておることはあるようだがな」

「それは飯の仕込みでございます」

「そうしておこう」

飯が運ばれた。

まぜ飯、肉あん、魚のすり身揚げ、汁物。信楽焼の器に盛られたそれらは、派手すぎず、

しかし品があった。

六角の殿様はまず肉あんを一つ取り、口に入れた。

「……うまいな」

「ありがとうございます」

「飯がうまいだけなら、松阪の城下に何店舗か出せばよい。だが、そなたはそうではなく、

手広く商いをするようになっておる。きっかけは何だ」

博之は少し戸惑った。

「きっかけ、でございますか」

「そうや。飯屋が、なぜ伊勢、伊賀、奈良、近江、藤井寺、津、白子まで広がる」

博之はしばらく考え、ぽつぽつと話し始めた。

「最初は、松坂だけでやっておりました。けれど、一箇所に固まりすぎるのが怖かったのです」

「怖い?」

「はい。病、戦、強盗、あるいは家が狙われて北畠様に潰されるかもしれない。そう考えると、

松阪だけに全部を置くのは危ない。だから、伊勢に伸ばし、別の町にも少しずつ伸ばし、

飯場を分けました」

「保険か」

「はい。言い方は悪いですが、逃げ道です」

殿様は頷いた。

「それで伊賀へ?」

「そこが少しおかしな話でして」

博之は苦笑した。

「上野の方から、助けてくれと無心に来た者たちがおりました。ただ、銭を渡すだけでは、

また同じことになる。施しだけでは立ち上がれない。だから、立ち上がる気があるなら、

何か成果を見せろと言いました」

「ほう」

「いろいろ考えさせ、銭を渡し、ひと月後にまた来いと。そうしたら、その者たちは地侍に

捕まっておりました」

部屋の空気が少し変わった。

「身代金か」

「はい。身代金を要求されました。それで、仕方なく話をしに行きました。説得したつもり

だったのですが、なぜかその地侍たちがこちらの仲間のようになりまして」

六角の殿様が眉を上げた。

「なぜそうなる」

「私にも分かりません」

「分からぬのか」

「はい。飯を食わせて、銭の流れを作れば、そちらの方が得だという話をしたら、

向こうが勝手に乗ってきました」

重臣の一人が小さく笑った。

殿様は笑わず、しかし目は面白がっていた。

「それで伊賀の道ができた」

「はい。伊賀の道が見えると、その先に信楽がありました。信楽焼を買える。器が欲しかったので、

買いに行く。すると今度は信楽焼が飯場でも売れ、寄進にも使え、肉あんを乗せる器にもなる。

そこから近江の方へ、少しずつ広がりました」

「なるほど。だが、それだけではまだ一歩足らんな」

六角の殿様は、汁物を一口飲んだ。

「もう一歩、何かある。北畠の間者ではないのか」

博之は慌てて首を振った。

「いえいえ。そんな大層なものではございません。北畠様にはお世話になっておりますが、

私は飯屋です」

「皆そう言う」

「本当に飯屋です」

「では、そのもう一歩は何だ」

博之は少し困った顔をしてから、正直に言った。

「飯に対する欲でございます」

「飯に対する欲?」

「はい。広げていくうちに、あれも食わせたい、これも作りたい、これを運べば別の飯ができる、

という欲が出てきました」

「それでここまで広がるのか」

「たとえば、伊賀の者たちは信楽焼の道が見えたことで、やりがいを持ちました。

けれど、名張の方の者たちは、最初はそこまでやりがいを感じていなかった。なら、

別の方向が必要になります」

「それが大和か」

「はい。大和の方には、情報収集もありました。三輪そうめんのようなものもございます。

それから、私が作りたいと思っている菓子がありまして」

「菓子」

「はい。甘味です。砂糖、小豆、蜂蜜。そういうものが欲しくなりました。甘いものを作りたい。

ふくふく焼きのようなものを、もっときちんと作りたい」

殿様は思わず少し笑った。

「甘味を探すために、奈良や京都や堺を目指したと」

「はい」

「規模がでかすぎる」

「自分でもそう思います」

博之は頭を下げた。

「けれど、飯を作るには材料がいります。材料を得るには道がいります。道を通すには

飯場がいります。飯場を置くには地元の方と揉めないようにせねばなりません。

そうしているうちに、今のようなことになっておりました」

殿様はしばらく黙っていた。

飯はうまい。

話も妙に筋が通っている。

しかし、何かがずれている。

普通、商人は利を求めて道を作る。武家は力を求めて道を押さえる。寺社は信仰や寄進で道をつなぐ。

この男は、飯を作りたいから道を求めている。

砂糖が欲しい。

小豆が欲しい。

器が欲しい。

魚が欲しい。

人に食わせたい。

その欲が、いつの間にか物流と雇用と外交の形を取っている。

「なるほどな」

殿様は静かに言った。

「飯の才があることは分かった。だが、飯の才だけで、ここまで大きくなるとも思えぬ」

「周りの者が優秀なのです」

博之は即答した。

「帳簿を見る者、現場を締める者、買い付け隊、各拠点のまとめ役、飯を作る女衆、荷を運ぶ者、

護衛の者、寺社と話す者。私は思いついて、あとは怒られながら進めてもらっているだけです」

ヨイチが横で静かに頭を下げた。

お花は何も言わないが、博之が余計なことを言わないか目を光らせている。

殿様は、その二人も見た。

「なるほど。飯屋の皮をかぶった仕組みか」

「飯屋です」

「そこは譲らぬのやな」

「譲れません。飯屋でなくなったら、たぶん終わります」

殿様は少しだけ目を細めた。

「どういう意味だ」

「飯屋だから、人に飯を出せます。飯屋だから、地元の寺と炊き出しができます。飯屋だから、

武家の面子を潰さずに町へ入れます。飯屋だから、兵でも商人でも子どもでも、同じ飯を食えます。

もし私どもが領地や権威を欲しがる顔をしたら、たぶん一気に嫌われます」

部屋が静かになった。

六角の殿様は、ゆっくりと頷いた。

「面白い。だが、どう扱えばいいか分からんな」

「私も、自分がどう扱われるべきか分かりません」

「正直すぎる」

「ただ、草津や大津では、できるだけ丁寧にやりたいと思っております。信楽焼の道も、

揉めないように太くしたい。琵琶湖の水場も、いずれは見たい。けれど、六角様の顔を

潰してまで何かをするつもりはございません」

「北畠の顔は?」

「もちろん潰せません」

「つまり、両方に気を遣うと」

「飯屋ですので。揉めると飯がまずくなります」

殿様はとうとう笑った。

「揉めると飯がまずくなる、か」

「はい。人が怒っているところで食う飯は、あまりうまくありません」

殿様は肉あんをもう一つ取った。

「なるほど。うまい飯を食わせるために、道を作り、銭を回し、武家の顔まで気にする。確かに、

規模がでかくなりすぎて、どうしたらいいか分からんな」

博之は深々と頭を下げた。

「私も、どうしたらいいか分からなくなる時がございます」

「だが、飯はうまい」

「ありがとうございます」

「まずは、飯を食い終えてから話を続けよう」

そう言って、六角の殿様は箸を進めた。

観音寺城の一室に、伊勢松坂屋の飯の匂いが広がっていた。

その飯は、確かにうまかった。

だが、うまいだけでは説明できない何かがあった。

六角の殿様は、それを見極めようとしていた。

そして博之自身もまた、自分がどこまで来てしまったのか、まだはっきりとは分かっていなかった。