軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

白子から関へ。関から草津へ。道中頼りない博之。草津で六角の一行と別れると奥の部屋で作戦会議。六角と何を話すか

白子で北伊勢の国人衆と別れ、六角方の使者たちと合流し直すと、一行は荷をまとめて、

関の方へ向かうことになった。

白子から関へ。

関から草津へ。

そこはもう、伊勢松坂屋にとっても、ただの道ではない。荷が通り、人が通り、飯場ができ、

炊き出しが行われ、少しずつ銭と飯の匂いが染みつき始めた道である。

ただ、当の博之はというと、その大事な道中で、あまり威厳がなかった。

荷車の端に、ちょこんと座っていたのである。

俵や木箱、信楽焼の包みや伊勢小物の箱。その端っこに、邪魔にならぬよう体を丸め、

揺られながらだらだら進んでいる。

六角方の使者の一人が、思わず苦笑した。

「博之殿は、思ったより威厳がありませんな」

「普段の私はこんなもんです」

博之は荷車の上から、まったく悪びれずに答えた。

「ごろごろしてるか、荷の端に座ってるか、飯のこと考えてるかです」

「それで、あれだけの商いを?」

「私が全部やってるわけじゃないですから。みんなが偉いんです」

そう言いながら、荷車が石を踏んだ。

がたん、と大きく揺れる。

「おおっ」

博之は荷の端をつかんだ。

木箱同士が当たり、がちゃがちゃと音を立てる。

「このがちゃがちゃ、何とかならんかね」

博之がぼやくと、お花がすぐに言った。

「これが普通です、旦那様。文句があるなら歩きなさい」

「歩いたら疲れるやん」

「皆、歩いております」

「わしは考える仕事がある」

「では、揺られながら考えてください」

六角方の者たちは、また笑った。

「お花殿は、なかなか厳しいですな」

「旦那様には、これくらいでちょうどよいのです」

「ひどい」

博之はしょぼくれたように肩を落とした。

それでも、道中は順調だった。

関へ近づくにつれ、街道の空気は少し変わる。白子の海の匂いが薄れ、代わりに山と街道の匂いが

濃くなる。荷を運ぶ者、旅人、武士、商人、寺へ向かう者。さまざまな者が道を行き交っていた。

途中、伊勢松坂屋の小さな飯場や、国人衆の顔役が用意した休み場に寄った。

そこでは、まぜ飯と汁物が出た。

「ここにも飯場があるのですか」

六角方の使者が尋ねる。

「大きいものではありません。荷を運ぶ者や護衛の者が一息つけるように、少しずつ作っています」

「これが、北伊勢の国人衆の言っていた“荷が通る土地の価値”というものですな」

「そうかもしれません」

博之は曖昧に頷いた。

「飯場があると、人が止まります。人が止まると、銭も少し落ちます。銭が落ちると、周りの人も

守ろうとしてくれます」

「実に分かりやすい」

「飯屋ですから」

「その一言で済ませるには、やはり大きすぎますな」

そう言われると、博之はまた目をそらした。

関を抜け、さらに近江へ向かう道中でも、荷はゆるゆると進んだ。急ぎすぎれば人も馬も疲れる。

器も割れる。飯場にも迷惑がかかる。伊勢松坂屋の道中は、思ったよりも地味で、思ったよりも

堅実だった。

六角方の者たちは、その地味さを見ていた。

派手な行列ではない。

武力を見せびらかすわけでもない。

ただ、荷を運び、飯を食い、休み、また進む。

しかし、その一つ一つに段取りがある。

どこで水を取るか。

どこで飯を食うか。

どこで荷を確認するか。

どこから先は誰の顔を立てるか。

どこで余計なことを言わないか。

それが、彼らにも少しずつ見えてきた。

「なるほど」

代表の男が、ぽつりと言った。

「松阪で見た横丁だけでは、分からぬものがありますな」

「何がですか」

「道です。飯屋が道を持つ、という意味が少し分かってきました」

「道を持ってるわけではないです。通らせてもらってるだけです」

「通らせてもらえる仕組みを作っているのでしょう」

博之は返事に困った。

そうこうしているうちに、一行は草津の伊勢松坂屋の拠点へたどり着いた。

草津は、また白子や松阪とは違う空気だった。

海の匂いはない。

代わりに、街道の匂いがある。

人と荷が交わる場所のざわめきがある。

伊勢松坂屋の拠点では、すでに連絡が回っていたらしく、飯と湯、寝床の支度が整っていた。

「長旅、お疲れ様でございました」

草津のまとめ役が、丁寧に頭を下げる。

博之は荷車から降りると、少し足を伸ばした。

「ああ、腰が痛い」

「荷車に乗っていただけでしょう」

お花が冷たく言う。

「揺れるのも大変なんや」

「歩いた方々の前で言わないでください」

六角方の者たちは笑いながらも、草津の拠点を見回していた。

ここは、近江における伊勢松坂屋の顔である。松阪ほど大きくはない。伊勢のような派手さもない。

けれど、街道の拠点としてはよくできていた。

飯場。

荷置き。

簡易の湯浴み。

小さな市。

信楽焼や伊勢小物を置く場所。

旅人や荷運びの者が休める場。

「草津でこれほど整っているとは」

六角方の代表が言った。

「まだまだです」

博之はまたそう答えた。

「そればかり仰いますな」

「ほんまにまだまだです。これから六角様にお会いするとなると、ここからが本番ですから」

博之は代表に向き直り、丁寧に頭を下げた。

「ここまでお送りいただき、ありがとうございました」

「いえ、こちらこそ、道中いろいろ見せていただきました」

「お殿様とお会いする件ですが、ここからでしたら、文をいただければそれほど時間をかけずに

向かえるかと思います。お手紙をいただき次第、こちらで飯と品を整え、伺います」

「承知しました。我らも一度戻り、殿へ報告いたします」

「よろしくお願いいたします」

代表の者たちとは、そこで一度別れることになった。

博之たちは、草津の拠点前でひとしきり頭を下げ、六角方の者たちを見送った。

その背中が見えなくなるまで、博之はじっと立っていた。

やがて、姿が完全に消えると、彼はふっと息を吐いた。

「……疲れた」

「荷車に座っていただけでは?」

お花が言う。

「心が疲れたんや」

「便利な言葉ですね」

草津のまとめ役が、奥へ案内する。

「旦那様、奥へどうぞ。湯と飯の用意もしております」

「その前に」

博之は顔を上げた。

「できるだけ正確な地図を持ってきてくれ」

草津のまとめ役が、少し驚いた顔をした。

「地図でございますか」

「うん。草津、大津、観音寺、堅田、佐和山、今浜。あと琵琶湖の港と道が分かるもの。

できるだけ詳しいやつ」

ヨイチがすぐに頷いた。

「作戦会議ですね」

「そうや」

お花も表情を引き締める。

「六角様に会う前に、こちらが何を欲しがっているか、何を見せてよいか、何を隠すか、

整理する必要があります」

「まさにそれ」

博之は奥の部屋へ通されると、ようやく畳に腰を下ろした。

すぐに、草津の古参、買い付け隊、信楽焼の担当、大津との連絡役、護衛筋の者たちが集められた。

しばらくして、粗いが使える地図が何枚も広げられた。

草津。

大津。

観音寺城。

琵琶湖。

堅田。

佐和山。

今浜。

信楽方面。

京都へ抜ける道。

博之は地図を見下ろし、しばらく黙った。

「六角様に会ったら、ただ飯を出して終わりやない」

ヨイチが筆を構える。

「まず、草津と大津の拠点を正式に認めてもらうこと」

「うん」

「次に、信楽焼の流れを太くすること」

「うん」

「そして、琵琶湖の水運です」

博之は琵琶湖を指差した。

「ここやな。海じゃないけど、湖の道はでかい。草津、大津だけやなく、堅田、佐和山、

今浜。この辺が見えると、荷の動きが全然変わる」

買い付け隊の古株が頷いた。

「ただ、北近江に近づくと浅井の匂いが強くなります」

「分かってる。今浜はすぐには触らん。佐和山も慎重や。堅田も湖の者たちが強いやろうから、

雑には入らん」

「比叡山は?」

大津担当が聞くと、博之は即答した。

「後回し」

部屋に少し笑いが起きた。

「旦那様、本当に比叡山がお嫌いですね」

「嫌いや。偉そうな坊さんは後回しや。まずは飯を喜んでくれるところからや」

お花が地図を見ながら言った。

「六角様には、欲を見せすぎてもいけません。ただ、何も欲しがらないと、逆に怪しまれます」

「せやな」

博之は腕を組んだ。

「欲しいのは、城や土地やない。道と港と飯場や。信楽焼を運ぶ道、草津と大津の拠点、

湖の荷の流れ。そこを丁寧に話す」

「そして、伊勢の本当の売れ方は話さない」

「絶対に話さない」

草津のまとめ役が静かに言った。

「六角様は、伊勢松坂屋を試しに来るでしょうな」

「やろうな」

「飯屋として見たいのか、商人として見たいのか、あるいは危険なものとして見たいのか」

「全部やろ」

博之は地図を見つめたまま、小さく笑った。

「こっちも試すしかないな」

「何をですか」

「六角様が、飯をどう食うか」

お花が少し呆れた顔をした。

「結局、そこですか」

「そこや。飯を食う時、人はちょっと本音が出る」

ヨイチは筆を走らせた。

「では、まず草津で飯を整え、文を待つ。その間に、地図と荷の流れをまとめます」

「頼む」

博之は畳にごろりと転がった。

「旦那様、作戦会議中です」

「地図を見すぎて疲れた」

「まだ始まったばかりです」

「ほな、寝転びながら考える」

皆が苦笑した。

白子から関を抜け、草津へ。

六角方の使者たちは帰り、博之たちは近江の地図を広げた。

飯屋の旅は、ついに琵琶湖の道を見始めていた。