軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

六角の使者に帳簿があるので数日かかると言い訳しながら六角との対面の際の方針を店の中で話し合う

六角方の使者たちには、ひとまず数日、松坂に滞在してもらうことになった。

六角へ行くにしても、すぐに出立するわけにはいかない。北畠へ筋を通すこともできた。

松坂の殿様も、白子から北伊勢を見せて帰す案に乗った。あとは、こちらの支度である。

博之は、六角方の代表に頭を下げた。

「では、何日か松坂に滞在していただいて、その後、海の道で白子へ出て、そこから

北伊勢の国人衆の案内で六角へお戻りいただく形がよろしいかと」

「それはありがたいお話です」

「その時、私も同行いたします」

六角方の使者たちは、少し驚いた顔をした。

「博之殿も、でございますか」

「はい。ただ、私も一応、商いをしておりまして」

「一応、という規模ではないと聞いておりますが」

「飯屋ですので」

博之はいつものように逃げた。

「それで、帳簿をきちんと見ないといけません。ちょうど締める時期ですので、数日かかります。

その帳簿を終えてから、白子へ向かわせていただく形にできればと」

「もちろんです。お仕事の邪魔をするつもりはございません」

代表は丁寧に頷いた。

「我らも、松坂を少し見させていただきたい。もちろん、案内役の言うことには従います。

勝手にうろつくつもりはございません」

「それは助かります」

「ただ、これだけうまい飯を食えるとなると、食ってばかりでは太りますな」

使者の一人が苦笑した。

「城下を歩きながら、横丁や飯場、市の様子を見させていただければ、それだけでも貴重な

経験になります」

「ありがとうございます。こちらとしても、隠すところは隠しますが、見ていただけるところは

見ていただければと思います」

「隠すところは隠す、ですか」

「飯屋にも、多少はあります」

そう言うと、使者たちは笑った。

その日の話はそこでいったん終わり、六角方の者たちは泊まる場所へ戻っていった。

湯浴みを使い、飯を食い、横丁を案内され、彼らの表情は来た時よりずっと柔らかくなっていた。

彼らが下がったあと、博之は奥の部屋へ戻った。

そこには、ヨイチとお花が待っていた。二人とも、妙ににやにやしている。

「旦那様」

「何や」

「帳簿がそんなにお好きだったんですね」

ヨイチが言うと、お花も続けた。

「六角の方々を待たせてまで帳簿を優先されるなんて、さすがでございます」

「そんなににやにやせんといてくれ」

博之は畳に座り込み、深いため息をついた。

「これも方便やろ。すぐ行く言うたら、何の準備もできへん。帳簿を理由に数日稼ぐんや」

「それは分かっています」

「分かってる顔やないやろ」

「いえ、分かっております。旦那様が帳簿を口実にしたのが面白いだけです」

「帳簿は嫌いや」

「知っています」

お花は笑いながら茶を出した。

「では、その嫌いな帳簿を本当にやりましょうか」

「やらなあかんのか」

「方便でも、口にした以上はやります」

「くそ」

ヨイチはもう帳面を開いていた。

「帳簿も大事ですが、まずは六角へ向かう方針を決めましょう」

「せやな」

博之はごろりと横になりかけたが、お花に睨まれて、半分だけ起きた姿勢になった。

「まず、九鬼水軍と話をする。松阪から海の道で白子へ出る。白子で北伊勢の国人衆と合流して、

亀山、関の道を見せながら近江へ戻る。草津の拠点まで行って、そこで飯と荷を整える」

「観音寺城へは、草津からですか」

「そうやな。草津の拠点で飯を用意して、六角様のところへ持っていく。

いきなり現地で全部やろうとすると危ないし、こちらの勝手も分からん」

「持っていく飯はどうされますか」

「派手すぎるものは避ける。海鮮焼きはまだ見せん。まぜ飯、肉あん、魚のすり身揚げ、

汁物、信楽焼の器。あとは、伊勢小物と信楽焼を少し」

「信楽焼は六角領とも関わりますからね」

「そう。向こうもそこは気にしてるはずや」

ヨイチが筆を走らせる。

「六角様と話す内容は、大きく三つでしょうか」

「うん。まず一つは、六角の城下やその周辺で市を出すことに対して、後ろ盾というか、

少なくとも黙認をもらうこと」

「城下でいきなり横丁は難しいですね」

「難しい。だから、小市や炊き出しからやな。草津や大津でやってる形を広げる。

前に立つのは地元の寺や町屋でもええ。うちは飯と品を出す」

「二つ目は、琵琶湖の物流ですね」

「そうや。海運と言うたら変やけど、湖の道や。港というか、湖岸の荷の上げ下ろし。

草津、大津から、湖を使ってどこまで動けるか」

「長浜方面ですか」

「そこやな。北近江は北近江で、浅井やら何やら、ちょっときなくさいというか、

簡単にはいかん気がする。けど、湖の道がつながったら面白い」

「ただ、比叡山は後回し」

「絶対後回し」

博之は即答した。

「坂本、比叡山、延暦寺関係は怖い。坊さんが偉そうやし、僧兵もおるし、

麓にも顔が利く。今は触りたくない」

「旦那様、本当に比叡山がお嫌いですね」

「嫌いや。小さい寺で困ってるところなら飯持っていくけど、偉そうな寺は後でええ」

「三つ目は、信楽焼の流れですね」

ヨイチが言った。

「うん。信楽焼はもっと太くしたい。伊勢でも松阪でも奈良でも大津でも売れる。

器としても使える。寄進の種にもなる。従業員向けにも売れる」

「それと、六角様にはうちを抱え込もうとせんでください、という空気も出さなあかん。

あくまで飯屋として、草津と大津を使わせてもらい、信楽焼を扱い、互いに利があるようにする。

北畠とも関係があるから、片方にべったりは無理や」

「そこは慎重に言う必要があります」

「せやな」

お花が少し考えてから言った。

「同行者はどうしますか」

「ヨイチとお花さんには来てもらいたい」

「私もですか」

「もちろん。交渉で変なこと言うたら止めてほしい」

「旦那様が一番変なことを言いそうですからね」

「自覚あるから連れていくんや」

「それは偉いです」

「褒め方が雑やな」

ヨイチは帳面から顔を上げた。

「道中は、伊賀越えではなく、海の道から白子、そこから北伊勢を抜けて草津ですね」

「そうや。伊賀越えよりはましやろ」

「それは確かに」

お花が頷いた。

「私たちは、伊賀越えには慣れていませんからね。皆さんには散々通ってもらっていますけど、

実際やるとなると相当しんどいです」

「せやろ。だから海の道や。九鬼水軍に頼んで白子まで出る。そこからは白子、亀山、

関の国人衆に顔を立てる形で案内してもらう」

「物見遊山みたいですね」

ヨイチが少し笑った。

「物見遊山ではない。視察や」

「ほぼ物見遊山です」

「いやいや、道中は仕方ないぞ。見ないと分からんし、向こうにも見せなあかん」

「旦那様が楽しそうです」

「楽しそうちゃう。怖いんや」

「怖がっている人は、長浜方面とか湖の道とか、そんなに楽しそうに言いません」

「うるさい」

部屋に笑いが起きた。

だが、方針は見えた。

六角方には、松阪で数日滞在してもらう。

その間に帳簿を締め、北畠へさらに筋を通し、九鬼水軍と白子の段取りをつける。

その後、海で白子へ出て、北伊勢の道を見せながら近江へ戻る。

草津で飯と品を整え、観音寺城へ向かう。

話すことは、城下での小市、琵琶湖の物流、信楽焼の流れ、草津・大津の扱い、

そして京都郊外への道。

博之は天井を見ながら呟いた。

「飯屋の挨拶にしては、話が重すぎるな」

ヨイチが即答する。

「飯屋の規模ではありませんから」

「でも飯屋です」

「はい。飯屋として行きましょう」

お花が微笑んだ。

「ただし、ただの飯屋ではないと、向こうももう気づき始めています」

「それが怖いんや」

博之はついに畳へごろりと転がった。

「とりあえず帳簿やるか」

ヨイチとお花が同時に言った。

「本当に帳簿をやる気になったんですね」

「だから、にやにやするなって」

こうして、六角へ向かう前の数日間が始まった。

表では六角方の使者たちが松坂を歩き、横丁の飯を食い、湯浴みと寝床に感心している。

奥では博之たちが、帳簿という名の時間稼ぎと、六角との初顔合わせの段取りを詰めている。

飯屋の旅にしては、あまりにも大きな旅になりそうだった。