軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

藤井寺の親方と松坂の城主のご対面。今は鉄砲鍛冶がいいかもしれないが先々大名家が扱いに困るのが目に見えている。飯屋の金物屋の顔を持つのも案外いいぞ

翌朝、博之は藤井寺の鍛冶の親方たちを連れて、松阪の城主のもとへ参上した。

いつものように飯も持っていく。肉あん、魚のすり身揚げ、少しの鯛味噌飯。それに、

松坂の港で評判になり始めている海鮮焼きも、冷めぬように工夫して持たせていた。

上司は、博之の後ろに並ぶ鍛冶職人たちを見るなり、にやりと笑った。

「また変な縁を連れてきたな」

「変な縁って言わんといてください」

「藤井寺の鍛冶か。堺の手前から、わざわざ伊賀を越えて松阪まで来たんやろ。

難儀なもんやな、おぬしらも」

親方は少し緊張しながらも、頭を下げた。

「いやいや、来た甲斐はありました」

「ほう」

「伊賀越えは正直きつかったですけど、松阪港で海鮮焼きを見まして。自分らの作った鉄板で、

飯があれだけ売れていくのを見たら、来てよかったと思いましたわ」

親方は、少し興奮気味に続けた。

「それに伊勢神宮も見せてもらいました。お茶一杯三十文の世界も見ましたし、

伊勢松坂屋さんの肉あん、魚のすり身揚げ、マグロの汁物も見ました。お好み焼きの実演まで

見せてもらって、ようやく分かりました」

「何が分かった」

「うちに謎の発注をかけてきた鉄板は、間違いなく売れる道具です。あれは、

ただ飯を焼く鉄板やない。人を集める道具です」

上司は面白そうに目を細めた。

「ほう。鍛冶屋が飯屋に感化されとる」

「感化というか、見たら分かります。焼いてるだけで人が止まる。くるくる返したら歓声が上がる。

味噌醤油を塗ったら匂いが広がる。青のりを振ったら、もう買いたくなる。あれは流行ります」

博之は横で少し照れていた。

「そこまで言っていただけるとありがたいです」

「だから、うちは一応鉄砲鍛冶をやっていますけど、こっちの道具も少し本気で考えたいと思いました。鉄板だけやなく、返す道具、コテ、刷毛の金具、火の回りを良くする工夫。そういうものも

作れるかもしれません」

城主は大きく頷いた。

「案外な、それは大事かもしれんぞ

親方が少し意外そうに顔を上げた。

「城主も、そう思われますか」

「思う」

城主は、海鮮焼きを一つ摘まみながら言った。

「今は鉄砲の時代や。そら鉄砲鍛冶は重宝される。十貫文、二十貫文の銭が動く。

戦をする者からすれば、喉から手が出るほど欲しい」

「はい。今は注文も多いです」

「やろうな。だが、考えてみろ。確かに鉄砲はすごい。けれど、まだ戦を全部変えるところまでは

いっておらん。大量の鉄砲を集め、訓練し、運用し、それで諸国を制するような勢力が出てくれば

話は変わる。だが、今はまだそこまで成し遂げた大名家はおらん」

城主は、少し遠くを見るようにした。

「三好のように畿内で力を持つ者はおる。堺に近い者もおる。だが、鉄砲を大量に集めて、

それをもって世を塗り替えるところまではまだ行っておらん」

親方は黙って聞いていた。

「仮に、先々そういう勢力が現れたとする。鉄砲を大量にそろえ、諸国を制圧し、

戦の形を変えたとしよう。そうなった後に、次に問題になるのは何やと思う?」

「鉄砲の扱い、でございますか」

「そうや。もっと言えば、鉄砲鍛冶の扱いや」

城主は親方を見た。

「今は重宝される。銭ももらえる。女も酒も飯も与えられるかもしれん。だがな、

平らかな世になってきた時、鉄砲鍛冶は危うい存在になる」

「危うい……」

「当たり前や。鉄砲を作れる者は、戦を起こせる者でもある。堺、国友、雑賀、その手の者たちは、

力ある者からすれば欲しい。だが、自由にはさせたくない」

親方の顔が少しこわばった。

「重宝はするが、縛るということですか」

「そうや。大名家は、あんたらに飯は食わせるやろう。銭も出すやろう。腕も褒めるやろう。

だが、自由は与えん。危なっかしくて仕方ないからな」

座敷の空気が少し重くなる。

「下手すれば、村ごと抱え込む。移ることも許さん。誰に作った、何を作った、どこへ流した、

全部見張る。もっとひどい者なら、危ないとなった時に丸ごと焼くことも考えるかもしれん」

若い職人たちが息を飲んだ。

城主は、そこでふっと笑った。

「だが、飯屋の顔を持っていれば、少し違う」

「飯屋の顔、ですか」

「そうや。鉄砲鍛冶です、武具を作ります、では警戒される。だが、飯屋に鉄板を作っています、

海鮮焼きの金型を作っています、お好み焼きの道具を作っています、となれば、見え方が変わる」

博之が小さく頷いた。

「飯屋を焼き討ちにするのは、少しやりにくいでしょうしね」

「そういうことや」

城主は博之を指差した。

「こいつを見てみろ。飯屋や飯屋やと言いながら、隣の長野の懐を握りかけた。津の港を動かし、

信楽焼の道を作り、奈良の坊主を伊賀越えさせ、伊勢神宮で肉あんを売っとる」

「言い方が怖いです」

「事実やろ」

「飯屋です」

「飯屋だから怖いんや」

城主は笑った。

「刀を持って領地を取るわけではない。だが、飯を出し、銭を落とし、仕事を作り、道を通す。

そうすると、いつの間にか町も寺も港も、こいつの飯に関わってしまう。飯屋の顔をしているから、

誰も最初は警戒しきれん」

親方は、松阪港で見た海鮮焼きの人だかりを思い出した。

自分の作った鉄板が、客を集め、港の流れを変えていた。

「……飯屋の道具も、侮れんということですか」

「侮れん。むしろ、これからはそういう道具が生きるかもしれん」

城主は続けた。

「鉄砲は戦があるから売れる。だが、飯は戦があってもなくてもいる。祭りでも、港でも、寺でも、

神宮でも、飯はいる。しかも、うまく見せれば値が乗る。あんたの鉄が、戦場ではなく、

人を集める場所で銭を生む」

親方は、ゆっくり頷いた。

「なるほど……」

「もちろん鉄砲を捨てろとは言わん。今は鉄砲鍛冶として根を張るのも大事や。だが、飯屋の道具、

金物、鉄板、返し道具、そういうところにも根を張っておくのは悪くない」

「保険、ということですか」

「保険でもあり、新しい商いでもある」

上司は海鮮焼きを口に入れ、少し驚いた顔をした。

「……これ、うまいな」

博之は嬉しそうにした。

「でしょう」

「むかつくな。話の流れで食うてもうまい」

座敷に笑いが起きた。

城主は、親方に向き直った。

「いっそのこと、金物屋として飯屋向けの道具を作るのもありやぞ。鉄砲鍛冶が飯屋の鉄板を作る。

最初は笑われるやろう。だが、周りはまだこの有用性に気づいてへん」

「飯屋向けの金物屋……」

「そうや。海鮮焼きの金型、お好み焼きの鉄板、コテ、返し棒、刷毛の金具、汁物用の大鍋、

持ち運び用の鉄具。考えたら山ほどある」

博之の目が輝いた。

「大鍋も欲しいです」

「お前はすぐ欲しがるな」

「飯屋ですから」

「怖い飯屋や」

城主は呆れながらも笑った。

「ここ数年、わしは伊勢松坂屋の動きを見てきた。飯屋が怖いことは、嫌というほど分かってる。

隣の長野の懐を握っとる。伊賀から信楽焼の道も握っとる。北伊勢や草津にも手を伸ばしとる。

下手な大名家より、よほど人の腹と銭の流れを押さえとる」

親方は、思わず博之を見た。

博之は気まずそうに目を逸らした。

「そんなつもりは……」

「お前はいつもそれやな」

城主が笑う。

「そんなつもりはないと言いながら、結果として握る。だから周りが怖がる。だが、

それでもお前が飯屋の顔をしているから、皆が笑って見ておれる」

城主は、親方に向けて静かに言った。

「だから、あんたも考えてみるといい。鉄砲だけに根を張るか。飯屋の道具にも根を張るか。

どちらが先々、生き残る道になるか」

親方は、しばらく黙っていた。

鉄砲は銭になる。

今は確かに銭になる。

だが、その先にあるのは戦であり、支配であり、警戒でもある。

一方、海鮮焼きの金型は、笑い声を生んでいた。

お好み焼きの鉄板は、若い男女の会話を生んでいた。

信楽焼の器は、客に体験を買わせていた。

「……面白い話ですな」

親方は、ゆっくりと言った。

「鉄砲鍛冶が、飯屋の道具で生き残るかもしれんとは」

「笑われるやろうな」

「笑われても、銭になって、人が喜ぶなら悪くない」

博之は、深く頭を下げた。

「ぜひ、うちの道具をお願いします」

親方は少し笑った。

「二万文の金型、もう少し作ったる。それに、返し道具も試作してやる。お好み焼きの鉄板も見直そう」

「ありがとうございます」

「ただし、今度はただの鉄板とは思わん」

親方は、松坂の港で聞いた歓声を思い出すように言った。

「人を集める鉄として作る」

城主は満足そうに頷いた。

「それでええ。鉄砲も作れる。飯の道具も作れる。そういう職人は、これから強いぞ」

そして、博之を見て笑った。

「それにしても、お前はほんまに変な縁ばかり連れてくるな」

「私が呼んだというより、金型が呼んだんです」

「屁理屈や」

「飯屋ですから」

「飯屋は関係ない」

座敷に笑いが広がった。

藤井寺の親方は、その笑いの中で静かに思った。

自分は鉄砲を作る職人だった。

けれど、ここで見た鉄の道は、それだけではなかった。

戦のための鉄。

飯のための鉄。

人を殺す鉄。

人を集める鉄。

どちらも鍛冶の仕事だ。

そして、伊勢松坂屋という奇妙な飯屋は、後者の鉄に、とんでもない値をつけようとしている。

親方は、もう一度海鮮焼きを口に運び、頷いた。

「これは、やる価値がありますわ」