作品タイトル不明
年末の屋敷でゴロゴロしながら考え事をする博之。京都、堺の砂糖、小豆の道。堺は金型が欲しい。周囲が不思議がるから試作用のイメージを共有する。
年末の屋敷で、博之はいつものように畳の上でごろごろしていた。
外では年の瀬の支度が進み、各拠点には炊き出しの手紙も届き、伊勢神宮の肉あんも
ひとまず形になった。普通なら少しは落ち着くところである。
だが、ヨイチとお花は分かっていた。
旦那様がごろごろしている時ほど、何か考えている。
「旦那様。来年はどうされますか」
ヨイチが尋ねると、博之は天井を見たまま答えた。
「京都と堺と尾張やな」
「また大きい名前を三つ並べましたね」
「方針としてはやで。いきなり突っ込むわけやない」
博之は、寝転がったまま指を折った。
「まず京都は、草津の方が落ち着いてきてるなら、大津の郊外に店を出す。二十万文ぐらい
撒いてもええかなと思ってる」
「また変な額を」
「京都周りは大事に撒くぞ。雑に入ったら絶対揉める」
お花が頷く。
「大津は草津から京都へ向かう筋ですね」
「そう。関から草津、草津から大津、そこから京都郊外。こっちが一つ」
博之は、もう一本指を立てた。
「もう一つは奈良方面や。奈良から宇治を攻める。攻めるいうても飯場やぞ。宇治に足場を作って、
そこから京都郊外に入る」
「奈良筋と草津筋を、京都の外で交わらせるわけですね」
「そうそう。大津から来る京都郊外と、宇治から来る京都郊外。そこで伊勢松坂屋の荷が混ざる。
伊勢の小物、信楽焼、奈良の香や写本、魚のすり身、肉あん、そういうものが京都の周りで
見えるようになる」
「京都の中に入らず、周りで名前を出す」
「それでええ。京都の人らが面白がったら、少し入れるかもしれん。入らんでもええ。
まずは砂糖と小豆が手に入るかもしれんからな」
ヨイチが帳面に書き込む。
「草津筋は大津郊外。奈良筋は宇治。二つを京都郊外で接続。目的は物流混合、情報収集、砂糖、小豆」
「そうや」
「堺は?」
「堺は、砂糖と金型やな」
その言葉に、お花が首をかしげた。
「金型、金型と何度もおっしゃいますけど、結局どんな金型が欲しいんですか」
「それやねん」
博之はむくりと起き上がった。
「魚のすり身を持ってきてくれ」
「今ですか」
「今や」
すぐに台所から魚のすり身が運ばれてきた。さらに博之は油を用意させる。
「今、魚のすり身は棒状にして揚げてるやろ」
「はい。伊勢神宮でもよく出ています」
「これを球にしたいんや」
「球?」
博之はすり身を手に取り、小さく丸めた。
「こうや。小さい玉にして、三つほど揚げてみる」
女衆が油を温め、丸めたすり身を落とす。じゅわっと音がして、表面がきつね色に変わっていく。
揚がったものを皿に乗せると、たしかに一口で食べやすそうだった。
お花が一つ摘まむ。
「これはこれで美味しそうですね」
「竹串に刺してもええやろ」
「食べ歩き向きです」
「ただ、俺が本当に作りたいのは、これだけやない」
博之は、丸いすり身を見ながら言った。
「お好み焼きの種を、この形にできへんかなと思ってる」
ヨイチがすぐに眉をひそめる。
「お好み焼きの種は液状です。このようには丸まりません」
「だから金型がいるんや」
「金型」
「半分の円のくぼみが並んだ鉄の型を作る。そこに種を流す。ほどよく焼けたら、
外側が固まって引っ付くやろ」
「そこでどうするんですか」
「竹串でくるっとひっくり返す」
博之は手で回す仕草をした。
「半円が返って、もう片方にくっつく。そうしたら丸になるやろ」
お花は、しばらく黙ってから言った。
「その前に、種がぐちゃぐちゃになりませんか」
「やってみな分からへん」
「かなり難しいと思います」
「だから試作機でええねん。まず欲しい」
ヨイチは、少し考え込んだ。
「理屈としては、半円のくぼみを熱し、そこに種を入れて、表面が固まった段階で回転させ、
球状に近づけるということですね」
「そうや」
「鉄砲玉が作れるなら、球は作れるはずだと」
「そう。鉄砲玉を作るための丸い型があるなら、食い物用の丸い型も考えられるやろ。
もちろん火にかけるから、作りは違うかもしれんけどな」
お花は、少し呆れながらも興味深そうに言った。
「旦那様が作りたいものが、少し見えてきました」
「見えてきたやろ」
「丸いお好み焼き、ということですか」
「それもある。中の種をお好み焼きにするか、福福焼きの皮の種にするかで味が変わる。
小豆を入れたら甘い玉にもできる。魚や肉を入れたら飯にもなる」
「つまり、丸い縁起物ですね」
「そうや。形がかわいい。子どもも食べやすい。串にも刺せる。三つ並べたら見栄えもいい
ヨイチが帳面に大きく書いた。
「半円型の鉄製焼き型。目的、液状の種を球状に焼く。試作用。堺周辺、または鉄砲関連職人、
鋳物師、鍛冶師へ相談」
「それや」
「ですが、堺の真ん中で商売を始める話ではないのですね」
「違う。堺はややこしいからな。俺が欲しいのは、まずこの話を理解できる職人や。
鉄砲を作るなら、丸いものや型の考え方があるはずや。そこに頼みたい」
「かなり先の長い話ですね」
「先は長い。でも、できたら強いぞ」
お花がため息をついた。
「また旦那様が、変なものを思いつきましたね」
「変ちゃう。かわいい丸い飯や」
「その言い方は少し良いですね」
「やろ」
ヨイチは筆を止めずに言った。
「ただし、京都、大津、宇治、堺、尾張、全部を同時にやるのは無理です」
「分かってる」
「本当に分かっていますか」
「分かってるって。まずは道や。草津から大津。奈良から宇治。京都郊外で交わらせる。
堺は職人探し。尾張は九鬼水軍と相談しながら、桑名、熱田、常滑を少しずつ」
「それなら、まだ筋は通ります」
「尾張は、飯と買い付けで入る。戦の匂いがあるから、城下には入らん。港と郊外と道や」
お花が言った。
「来年も、また忙しくなりますね」
「忙しくしたいわけやないんやけどな」
「旦那様がごろごろしながら、京都、堺、尾張、丸いお好み焼き、砂糖、小豆、金型と並べるからです」
「ごろごろしてるのは関係ないやろ」
「説得力がありません」
ヨイチも淡々と頷いた。
「この話は、旦那様が畳でごろごろしながら考えたとは、職人には伝えない方がよろしいでしょう」
「それは伝えんでええ」
博之は、揚げた丸いすり身を一つ口に入れた。
「あつっ。でもうまいな」
「これはこれで商品になりますね」
「せやろ。金型ができるまで、丸いすり身揚げで練習してもええな」
「また増えました」
「増えたな」
広間に笑いが起きた。
年末、博之は相変わらずごろごろしていた。
だが頭の中では、すでに来年の道がつながり始めていた。
草津から大津へ。
奈良から宇治へ。
二つの道を京都郊外で交わらせる。
堺では砂糖と金型を探す。
尾張へは港と飯場で静かに伸びる。
そしていつか、丸い飯が焼ける日を夢見ている。
ヨイチは帳面を閉じながら、呆れ半分で言った。
「本当に、先が長い話です」
博之は畳にまた転がりながら笑った。
「先が長い方が、飯屋は続くやろ」