軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

伊勢神宮の立ち上がりのお礼と年末の挨拶も兼ねて伊勢の城主のもとに参上する。店の立ち上がり、お礼札の話、来年の話

伊勢神宮での肉あん屋が無事に立ち上がったこともあり、

年の瀬、博之は伊勢の城主のもとへ挨拶に向かった。

手ぶらでは行けない。

肉あん、鯛味噌の混ぜ飯、魚のすり身揚げ、柚子蜂蜜湯、少しばかりの甘味。それに、

伊勢神宮で商いをさせてもらっていることへの礼として、寄進の包みも用意した。

「年末のご挨拶です。伊勢神宮の件も、いろいろお世話になりましたので」

博之が頭を下げると、伊勢の城主は最初からにやにやしていた。

「聞いとるぞ」

「何をですか」

「肉あんが馬鹿売れした話や」

「ああ……」

「それと、信楽焼で出すという不届きなことをした話や」

博之はすぐに顔を上げた。

「不届きではないです。器は器として使っただけです」

「それを不届きと言うとるんや」

城主は笑った。

「信楽焼に肉あんを乗せて出す飯屋がどこにおる。客が目を丸くして驚いとったそうやないか」

「驚いてはりましたね」

「おかげで飯も馬鹿売れした」

「それはありがたいんですけど、売れすぎたら困るんです。周りの店の腹を奪ってしまいますから」

「そこや」

伊勢の城主は、箸を置いて少し真面目な顔になった。

「お礼札を撒いた話も聞いとる。十五文引きにして、周りの飯屋へ客を流すんやろ」

「はい。うちで食べて終わりじゃなくて、他のお店にも行ってもらえたらと。割引分はうちで持ちます」

「それが良かった」

「そうですか」

「そらそうや。お伊勢さんで商いをさせてもろてるのに、自分のところだけ客を囲ったら、

すぐ恨まれる。けど、周りにも客を流す。しかも札の分は自分で持つ。太っ腹に見えるし、筋も通る」

博之は少しほっとした。

「正直、そこが一番怖かったんです。うちだけ売れても、周りが困ったら長続きしませんし」

「そうや。お伊勢さんでやらせてもらってる、という気持ちは忘れたらあかん。

飯がうまいだけでは足りん。周りを壊さんことも大事や」

「肝に銘じます」

上司は、肉あんを一つつまみながら頷いた。

「まあ、年末はその形で落ち着いた。正月も何とかなるやろ。人は増えるやろうが、

札と導線があれば、周りの店も巻き込める」

「正月、怖いですね」

「怖がっとけ。怖がってるうちは、まだええ」

そうしてしばらく飯の話をした後、伊勢の城主は茶を飲みながら尋ねた。

「で、来年はどうするつもりや」

博之は少し考えた。

「粛々と伸ばしていきます」

「粛々と、という顔ではないな」

「いや、本当に慎重にです。今、ふくふく焼きというものを考えてまして」

「また飯か」

「はい。小豆と砂糖が欲しいんです。縁起のよい甘い焼き物です」

「砂糖か」

「はい。砂糖と小豆、それから金型が欲しい。縁にちなんだ形で焼ける型を作れたら、

伊勢でも奈良でも売れると思うんです」

「どんどん思いつくな、お前」

「飯のことなら思いつくんです」

伊勢の上司は呆れながら笑った。

「砂糖となると、堺や京の筋も見ることになるな」

「そうです。だから、京都と堺は目指します。ただ、いきなり中には入りません。

ややこしいでしょうし、まずは郊外、街道沿い、寺社筋からです」

「それがええ。京も堺も面倒やぞ。商人も寺社も武家も公家も、いろいろ絡む。

飯屋の顔で入るにしても、雑にやったらすぐ揉める」

「はい。奈良方面から京都へ向かう道と、草津方面から京都へ向かう道、その二つが京都郊外で

交わるようにできたらと思っています」

「道を交わらせる、か」

「荷置き場、飯場、炊き出し、情報取り。京都の中に入る前に、外で足場を作る形です」

上司は感心したように目を細めた。

「ほんま、国取りみたいなことをしとるな」

「国取りではありません。飯場です」

「わしらの領地より、よほど広いやないか」

「領地という概念はないです。ただ、お金を撒いて、飯を出せるところに飯を出して、

荷を通しているだけです」

「その“だけ”が怖いんや」

上司は笑いながらも、少し鋭い目で博之を見た。

「その下から入り込むやり方で、長野家の懐を握ったんやろ」

「握るつもりはなかったんです」

「つもりがなくて握るから怖いんや。そんなこと言い出したら、北伊勢全部握りかねへん」

「握りませんって」

「握りかねへんから怖いと言うとる」

博之は困った顔をした。

「北伊勢から尾張方面は、九鬼水軍さんとも相談しながら、商いの範囲を伸ばしていくつもりです。

四日市、桑名、熱田、常滑あたりを見ながら。ただ、戦う気はありません。飯を配って、

買い付けして、炊き出しして、道を作るだけです」

「だから、その“だけ”が一番怖い」

奈良の僧がもしここにいたら頷いただろう、と博之は思った。

伊勢の上司は、少し声を柔らかくした。

「まあ、ええ。お前が怖がって進むなら、まだ大丈夫や。京も堺も無理せんでええ。

砂糖も小豆も、欲しいからといって焦るな」

「はい」

「金型もな。職人を探すなら、堺や京に限らず、伊勢や松阪でもできることがあるかもしれん」

「そうですね。まずは小さく試します」

「どうせまた当たるんやろ」

「当たるとは限りません」

「お前が飯で真面目に考えたものは、だいたい当たる」

「それはそれで怖いです」

城主は笑いながら、最後に柚子蜂蜜湯を飲んだ。

「今年はようやったな。お伊勢さんの件も、長野の件も、奈良の件も、

全部大ごとやった。

来年はもっと大ごとになるかもしれんが、まず飯をうまく作れ」

「それだけは変えません」

「ならええ」

博之は深く頭を下げた。

「今年もお世話になりました。来年も、飯はうまいままでやります」

伊勢の城主は、にやりと笑った。

「うまい飯で人の腹を満たして、気づいたら道を押さえてるんやろ。ほんま、油断ならん飯屋や」

「ただの飯屋です」

「ただの飯屋は、伊勢神宮で信楽焼に肉あんを乗せん」

座敷に笑いが広がった。

年の瀬の伊勢は、冷たい風の中にもどこか明るさがあった。

肉あんは当たり、札は回り、周りの店とも何とか折り合いがつき始めている。

そして来年、博之の目は、砂糖と小豆と金型を求めて、京、堺、尾張へ向こうとしていた。