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作品タイトル不明

博之から肉あん値上げの話と手紙が各所に届く~名張のお寺での炊き出しで地侍と和尚さんの会話

博之からの年末の手紙は、伊勢松坂屋の各地の拠点へ配られていった。

肉あんは値を上げる。

しかし、その分、年の瀬の炊き出しを厚くする。

炊き出しにも肉あんを入れる。

安売りで周りの飯屋を潰すのではなく、きちんと値を取り、きちんと町へ返す。

その文は、伊賀の拠点にも届いていた。

名張に近い、伊賀越えの途中にある寺では、その日も大釜が据えられていた。冬の風は冷たく、

山から降りてくる空気は肌を刺すようだったが、境内には湯気が立っている。

具の多い汁。

炊いた飯。

漬物。

そして、いつもなら店で売る肉あんが、小さな皿にいくつも並べられていた。

寺の和尚は、火のそばで手を温めながら、地侍に言った。

「今年も、なんとか一年過ごせましたなあ」

地侍は、腰に手を当てて笑った。

「ほんまですな。色々ありすぎましたけど、終わってみれば、よう頑張った一年でしたわ」

彼は、かつてはこの道で旅人を襲う側にいた者たちを知っている。食うに困り、

銭がなく、道に出るしかなかった者たちだ。

だが今は、伊勢松坂屋の買い付け隊が通る。奈良の僧たちが通る。信楽焼が通る。

伊勢の小物が通る。荷が通れば人も通り、人が通れば飯が売れ、宿が必要になり、

道案内の仕事が生まれる。

「今年は特に、奈良のお坊様方が定期的に来るようになったのが大きかったですな」

和尚がしみじみと言う。

「あれは刺激が多かった」

「行きの時は、皆さん不安そうな顔をしてますからな」

地侍は笑った。

「伊賀を越える言うたら、そら怖いでしょう。足元は悪いし、山は暗いし、慣れてへん者には堪える」

「けれど帰りは違いますな」

「ええ。帰りは、皆さんよう喋らはる。伊勢神宮はこうだった、鳥羽の港はこうだった、

松阪郊外の和尚様にこんな話を聞いた、伊勢松坂屋の飯場はこうなっていた、と」

和尚は嬉しそうに頷いた。

「この名張の近くにおりながら、奈良や伊勢の話が向こうからやって来る。ありがたいことですわ」

「案内するこっちも、だいぶ慣れてきました」

地侍は、少し誇らしげに言った。

「最初は、どこまで気を使えばええか分からんかった。けど、今は足元の危ないところ、

休ませるところ、怖がらせんように声かけるところ、少しずつ分かってきました」

「行きは不安、帰りは満足」

「そうです。帰る時には、何か得たものがある顔をしてはる。そういう顔を見ると、

こちらも護衛のしがいがありますわ」

和尚は、釜の中をかき混ぜた。

「それにしても、伊勢神宮で信楽焼を器にして肉あんを出したという話には、驚きましたな」

「ほんまですわ」

地侍は大きく息を吐いた。

「五つ入りで百五十文でしょう。そんな値で売れるんかと思いましたけど、売れたどころか、

すぐなくなったと聞きました」

「信楽焼の器に乗せて出す。旦那様らしいと言えば、旦那様らしい」

「器は使ってこそ、でしたか」

「ええ。良い言葉です」

和尚は微笑んだ。

「ただ飾ってありがたがるだけではなく、飯を乗せ、人の手に渡り、人の腹を満たす。

器もその方が喜ぶ、ということでしょう」

「その話が回ったおかげで、ここの肉あんも八十文に値上げですからな」

地侍は少し苦笑した。

「最初は、高いなと思いました」

「私も思いました」

二人は笑った。

「けど、こうして年末に炊き出しを厚くしてくれる。肉あんも、売り物と同じように出してくれる。

そうなると、ただ値を上げたわけやないと分かりますな」

「ええ。取るところでは取り、返すところでは返す。じゅんぐりじゅんぐり回しておられる」

「さすが旦那様やなあ」

地侍は、炊き出しに並ぶ子どもたちを見た。

小さな手に椀を持ち、寒さで赤くなった頬をしている。肉あんを一つ受け取ると、

子どもは目を輝かせた。

「これ、店で売ってるやつやろ」

「そうや。熱いから気をつけて食べなさい」

和尚が声をかけると、子どもは大事そうに肉あんの乗ったお皿を持った。

その姿を見て、地侍は静かに言った。

「こういうのを見ると、来年もちゃんとやらなあかんなと思いますわ」

「やることは派手ではありませんがな」

和尚が言う。

「信楽焼を買いに行く。買い付け隊を守る。奈良へ流す。伊勢へ流す。大和のものを伊勢へ運ぶ。

伊勢の小物を大和へ運ぶ。道中で人を泊め、飯を出す」

「地味ですな」

「地味です。しかし、その地味なことが、人の食い口になります」

地侍は頷いた。

「信楽焼ひとつ、大和や伊勢へ行けば三倍になる。伊勢の小物も、奈良や草津で値がつく。

逆に奈良の香や写本、薬草も伊勢へ行けば喜ばれる。そういう荷をきっちり通すことで、

ここは宿場として生きていける」

「そして、人が働ける」

「ええ。食いっぱぐれてた者が、人足になり、荷運びになり、案内役になり、飯場の手伝いになる」

和尚は、寺の奥に目を向けた。

「子どもたちも、少しずつ読み書きそろばんを覚えています。数を数えられれば、売り場に立てる。

字が読めれば、荷札を見られる。そうなれば、ただ飯をもらうだけではなく、

自分で働く先が見えてくる」

「それがありがたいんですわ」

地侍は、しみじみと言った。

「昔なら、食えへん子は食えへんままやった。悪さに走る者も出た。けど今は、飯を食わせて、

字を覚えさせて、道に出す。全部が救えるわけやないけど、口がある」

「全員は救えぬ」

和尚は、博之の手紙の言葉を思い出すように言った。

「けれど、今できる範囲でやる。それが大事なのでしょう」

「来年も、こうやって年末に炊き出しをして、“今年もなんとか終わったな”と言えたらええですな」

「本当に」

二人は、しばらく釜の湯気を見ていた。

湯気の向こうでは、子どもが肉あんをかじり、年寄りが温かい汁をすすり、旅人が足を休めている。

派手な成功ではない。

大きな城を取ったわけでもない。

しかし、道が通り、飯が炊かれ、人が働き、子どもが字を覚える。

それだけで、この一年には十分な意味があった。

地侍は、ぽつりと言った。

「これも、旦那様様ですな」

和尚は笑った。

「ええ。けれど、旦那様だけでは続きません。来年は、我らもまた、我らの役目をきちんと

果たさねばなりません」

「買い付け隊を守る。道を整える。飯を出す。子どもに教える」

「そして、来た人を無事に帰す」

「地味やなあ」

「地味でよいのです」

和尚は、椀を手に取った。

「地味なことが、世を支えます」

冬の伊賀に、炊き出しの湯気が白く上がっていた。

博之の手紙は、ただの命令ではなかった。

それは、今年一年で得たものを、来年へつなぐための約束のようなものだった。