軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

十二月。伊勢神宮での肉あん150文が大盛況につき価格改定。それもあるが年末炊き出し多めにしよう。自分たちが根無し草スタートだった頃と当初の目的を見失わないように

十二月に入ると、博之は珍しく自分から帳場に顔を出した。

もっとも、顔を出したと言っても、畳にごろりと寝転がりながらである。

「十二月は、炊き出しを多めにしようかと思ってる」

ヨイチが筆を止めた。

「旦那様が自分から真面目な話をされると、少し怖いですね」

「怖がるな」

お花も茶を置きながら座る。

「炊き出しを多めに、ですか」

「うん。寒いからな。年の瀬やし、飯に困る人も増えるやろ。奈良も津も伊賀も、

まだまだ落ち着いたわけやない。伊勢神宮の肉あんも当たったし、肉あん全体の値段も見直すやろ」

「肉あんの値上げですね」

「そうや。伊勢神宮では、肉あん四つと海老あん一つを信楽焼の器で出して百五十文や。

あれは神宮価格やし、器の物語も乗ってる」

ヨイチが頷く。

「はい。あれをそのまま全店舗に当てはめるわけにはいきません」

「せやけど、“伊勢神宮でも出してる肉あん”って看板はできた。だから各店舗でも、

肉あん一つを八十文に上げる」

「八十文ですか」

「高いか?」

「安くはありません。ただ、神宮内での評判と、信楽焼の件、海老あんの話題性を考えれば、

通る値段です」

「なら、それでいこう」

博之はそこで少し真面目な顔になった。

「ただし、今年の十二月は、その値上げの分、炊き出しを多めにする。肉あんも、

炊き出しの中にちゃんと入れてやってくれ」

お花が少し驚いた顔をした。

「炊き出しに肉あんを出すんですか」

「出す。全部の人にたくさんは無理や。けど、一人一つでもええ。子どもや年寄りには

優先してやってくれ。普段八十文で売るもんを、炊き出しで一つ食べてもらう」

「かなり贅沢な炊き出しになりますね」

「採算はあんまり考えんでええ」

ヨイチが、すぐに眉を上げた。

「旦那様」

「分かってる。全部無視しろって話やない。けど、十二月だけは少し多めに使ってええ。

伊勢神宮で当たった分もあるし、肉あんを値上げする以上、こっちも“取るだけやない”

って姿勢は見せたい」

ヨイチは、少し考えた後、静かに頷いた。

「それなら筋は通ります」

「やろ」

「ただし、各拠点に方針をきちんと伝える必要があります。勝手に大量に撒かれても困りますし、

逆に渋りすぎても意味がありません」

「だから手紙を書く」

博之は、横になったまま天井を見上げた。

「各拠点に残しておきたい。うちは、もともと根なし草で、食うに困った者たちが集まって

始まった店や。俺自身もそういうところから来てる。だから、飯に困る人のことは、忘れたくない」

お花は静かに聞いていた。

「でも、全員を救うことは無理や。そこは分かってる。うちが全部を抱えるなんてできへんし、

やったら店が壊れる」

「はい」

「それに、安くしすぎて他の店を潰すのも違う。うちが肉あんを安売りして、

町の飯屋の客を全部奪って、ほかの飯屋の食い口を潰したら、それは善行やない」

ヨイチが筆を取る。

「大事な文言ですね」

「だから、うちはうちで稼ぐ。きちんと値段を取る。高いところでは高く売る。けど、その分、

炊き出しや寄進、読み書きそろばん、道の整備に回す。そうやって町や寺社や周りの店と

一緒にやっていきたい」

「旦那様にしては、かなり整っています」

「しては、って何や」

お花が少し笑った。

「でも、本当に良いと思います。値上げは反発も出るかもしれません。けれど、十二月に炊き出しを

厚くし、肉あんも出すなら、ただ儲けに走ったとは見られにくいです」

「そうやろ」

「ただし、いやらしすぎない程度に、ですね」

「そこが難しいねん」

博之はため息をついた。

「“値上げしたから炊き出ししてます”って言いすぎると、なんか恩着せがましいやろ。

かといって黙ってたら伝わらん。だから、各拠点の店の者にはちゃんと伝える。

でも客に向かって声高に言うんじゃなくて、聞かれたら答えるくらいでええ」

ヨイチが書きながら言う。

「では、手紙にはこう書きます。肉あんは各店舗八十文へ見直し。ただし、十二月は炊き出しを

厚くすること。炊き出しの品目に肉あんを入れること。採算よりも、年の瀬に温かい飯を出すことを

優先すること。ただし、無制限ではなく、各拠点の身の丈で行うこと」

「うん」

「さらに、安売りで周辺の飯屋を潰さぬこと。周辺の店へ客を流す工夫をすること。

寺社や町の顔役と相談して、揉めぬ形で行うこと」

「それも入れてくれ」

お花が続ける。

「子どもや年寄り、病み上がりの者、兵に駆り出されて疲れた者、旅人で困っている者。

このあたりを優先するとよいですね」

「ええな。それも入れよう」

博之は、少し起き上がった。

「特に寒い今や。十二月は大事にしたい。伊賀、津、奈良の郊外、草津の道中、関のあたり。

寒い中で腹が減ってるのはきついやろ。そこで肉あん一つでも食えたら、ちょっとは気持ちが変わる」

ヨイチは、静かに筆を走らせる。

「旦那様。肉あんを八十文にする理由も書きますか」

「書いてええ。伊勢神宮での扱い、材料費、人足、道中費、器、周辺店との釣り合い。

そのへんを考えて値を改める、と」

「はい」

「ただし、値を上げるからには、味を落とすな。小さくするな。雑に出すな。

八十文取るなら八十文の顔をして出せ」

「それは強く書きましょう」

お花が頷く。

「炊き出しの肉あんも、売り物より雑にしてはいけませんね」

「そこも大事や。タダで出すからって、雑にしたらあかん。炊き出しこそ、ちゃんと出す。

食った人が、“伊勢松坂屋の肉あんってこういう味なんや”って思えるようにする」

「それは、結果的に店の評判にもなります」

「そうそう。いやらしすぎない範囲でな」

「そこは本当に難しいです」

博之は、また畳にごろりと転がった。

「さじ加減が難しいなあ。稼がな寄進も炊き出しもできへん。けど、稼ぎすぎて恨まれてもあかん。

安くしすぎて他の店を潰してもあかん。高くしすぎて嫌われてもあかん」

ヨイチが、筆を置いて言った。

「だから帳簿が必要です」

「そこで帳簿に戻すな」

「戻ります。感情だけでは続きません。いくら炊き出しに使うか。どれだけ肉あんを回すか。

どの拠点でどれだけ出せるか。そこを決めないと、良い話で終わってしまいます」

「分かってる」

「分かっているなら、明日から数字を見ます」

「今日じゃないんやな」

「今日は旦那様が珍しく良い方針を出したので、そこをまとめます」

「珍しくって何や」

お花が笑いながら言った。

「でも、年末にこれを出せるのは良いと思います。各拠点の者も、自分たちが何のために働いている

のかを思い出せます」

「そうやな」

博之は、少し照れたように目をそらした。

「俺ら、根なし草やったからな。飯に困った人間を見て、何も思わん店にはしたくない」

「はい」

「でも、全員は救えない」

「はい」

「だから、今できる範囲でやる。無理せず、でもケチらず。十二月は炊き出し多め。

肉あんも出す。周りの店も潰さへん。寺社にも相談する。これを各拠点に伝えてくれ」

ヨイチは、手紙の末尾を書き上げた。

「では、このように締めます」

彼は文を読み上げた。

「年の瀬、寒さ厳しき折、伊勢松坂屋は飯を売る者である前に、飯を忘れぬ者でありたい。

されど、すべての民を救うことは叶わぬ。ゆえに、各拠点にて身の丈に応じ、炊き出しを厚くし、

肉あんを一つでも民に渡し、寺社、町、周辺の飯屋と和を乱さぬよう努めること。

値を取る時は正しく取り、返す時は静かに返すこと」

博之は、少し黙った。

「……ええやん」

「旦那様の話を整えただけです」

「俺、こんなええこと言ってた?」

「だいたいは」

お花がにこりと笑った。

「ただ、旦那様」

「何や」

「それ、畳でごろごろしながら言っても、全然説得力がありません」

広間に笑いが起きた。

博之は、寝転がったまま反論した。

「体勢は関係ないやろ」

「あります」

「心は真面目や」

「姿勢が不真面目です」

ヨイチも淡々と言った。

「手紙には、旦那様がごろごろしながら言ったとは書きませんので、ご安心ください」

「それは助かる」

お花は茶を差し出した。

「年末は、丁寧にやりましょう。派手に見せるのではなく、温かく残るように」

「せやな」

博之は茶を受け取り、少しだけ体を起こした。

「十二月は、飯をちゃんと出そう。寒い時に、あったかい肉あん食えたら、少しは救われるやろ」

「はい」

「その分、来年また稼げばええ」

「それも帳簿に入れます」

「最後に怖いこと言うな」

そうして、伊勢松坂屋の各拠点へ、年末の手紙が送られることになった。

肉あんは値を上げる。

だが、年の瀬の炊き出しには肉あんを入れる。

稼ぐ。返す。周りを潰さず、町と寺社と共にやる。

それは、四千万文を超える大店になっても、根なし草の感覚を忘れないための、

博之なりの年末のけじめだった。