作品タイトル不明
博之43歳12月1週目。楽しい楽しい帳簿の時間。4,000万文→4,800万文wwwまだお伊勢さんの肉あんのってきてないwww
「旦那様。楽しい楽しい帳簿の時間でございます」
ヨイチが帳面を抱えて入ってきた瞬間、博之は布団を頭までかぶった。
「いやいやいや、今回は大丈夫やで」
「何を根拠におっしゃっているんですか」
「昨日は疲れたけど、まあ肉あんが売れただけやろ。信楽焼の器を使っただけやし、
魚のすり身揚げでちょっと場をつないだだけやし」
「その“だけ”が全部おかしいんです」
お花が横で茶を置きながら笑った。
「旦那様、今回は大丈夫ではありません」
「もう嫌や」
「まず、前の期に立ち上がった拠点の収入が、今回まるっと乗ってきております」
ヨイチは容赦なく帳面を開いた。
「津の郊外二拠点と港横丁。四日市の城下。大和高田の拠点。奈良郊外五拠点。草津の立ち上がり。
このあたりが、じわじわではなく、かなり早く数字に出始めています」
「早すぎるやろ」
「旦那様が銭を厚めに撒いたからです」
「俺のせいか」
「はい」
博之は布団から顔だけ出した。
「でも、津は炊き出しもしてるし、保証もしてるから、そんな利益出えへんやろ」
「津単体で見れば、まだそこまで大きくありません。ただし、津を通る荷が増えました。
関方面、草津方面、桑名方面への流れが太くなっています。港と郊外を押さえた意味が
出始めています」
「それはええことやな」
「ええことですが、数字は増えます」
「それが怖い」
ヨイチは続けた。
「さらに、伊勢神宮の肉あんです」
「来たか」
「来ました」
「昨日のは初日や。たまたまや」
「初日で九百食近く出ました。魚のすり身揚げも、つなぎのつもりがかなり出ました。
しかも、信楽焼で出すという話題性により、今後も神宮内で一定数は見込めます」
「やめてくれ」
「加えて、伊勢神宮価格に引っ張られる形で、肉あんの値段を全拠点で少し底上げします」
博之は起き上がった。
「全拠点で?」
「はい。もちろん、神宮内と同じ値段にはしません。ですが、“伊勢神宮で売っている肉あん”という
看板ができた以上、松阪、伊勢、鳥羽、奈良、草津、津、四日市、大和八木、伊賀、信楽、
各拠点で値付けを見直せます」
「うわあ……」
「特に伊賀です」
「伊賀?」
「伊賀は店が少ない中で、肉あんを売っています。これまで道中の維持費や施しが重く、
収支が厳しかったのですが、肉あんの値上げと通行量の増加で、黒字化する可能性があります」
博之は少しだけ表情を明るくした。
「それはええことやん。伊賀の人ら、ずっと支えてくれてたしな」
「はい。それは良いことです」
「ほな、喜んでええやん」
「全体で見ると、もっと怖いです」
「結局それか」
ヨイチは、筆で大きく数字を示した。
「今回の半月の利益、八百四十一万文でございます」
博之は動きを止めた。
「……八百?」
「八百四十一万文です」
「前より増えてるやん」
「増えています」
「増える要素しかなかったもんな……」
「はい」
ヨイチは淡々と説明する。
「買い付け隊の方も大きいです。今、ざっくり百四十万文ほど買い付けております。
松阪、伊勢、鳥羽、津、四日市、草津、奈良方面、信楽方面、それぞれ荷が動いています」
「百四十万文、買い付けてるんか」
「はい。買い付け額そのものも大きいですが、伊賀越えで奈良へ流す荷、関から草津へ流す荷、
津から港を通って北伊勢へ流す荷が増えたため、利益率が跳ね上がっています」
「前は二・五倍くらいで見てたやつか」
「はい。今は一部三倍で計算しています。伊勢神宮、奈良、草津、津港を通したことで、
“遠くから来た品”として値が乗ります」
「そら乗るわな。伊賀越えとか草津回りとか、実際大変やし」
「その大変さを、きちんと値段に乗せる段階に入りました」
お花が頷く。
「安く出しすぎると、道を支える人たちにも失礼ですからね」
「そうやな。地侍、寺社、人足、買い付け隊、みんなおるもんな」
「はい。ですので、きちんと取ります」
博之は頭を抱えた。
「きちんと取ると、数字が増える」
「当然です」
「怖い」
「怖がってください」
ヨイチは帳面を閉じる前に、最後の数字を読み上げた。
「前回、ざっくり四千万文としておりました。今回の利益八百四十一万文を加えまして、
端数を整理します」
「端数って何文や」
「一万文ほどです」
「一万文を端数扱いするな」
「端数です」
「怖いなあ」
「切り捨てまして、総額四千八百四十万文でございます」
広間が静かになった。
博之は、ゆっくりと天井を見た。
「四千八百四十万文……」
「はい」
「もう五千万文やん」
「まだ五千万文ではありません」
「ほぼ五千万文やん」
「ほぼ、ではあります」
「もっと撒こう」
即座に言った博之に、ヨイチとお花が同時に反応した。
「巻き方を考えましょう」
「ただ撒けばよいわけではありません」
「でも怖いやん。こんなん持ってたら狙われるやろ」
「ですから、持つのではなく、道、飯場、寺社、港、人に変えるのです」
ヨイチは落ち着いて言った。
「撒く場所はまだあります。奈良の炊き出し、津の郊外、草津の道、関から草津への宿場、
伊賀の安全維持、大和高田から奈良への荷置き場、四日市の港整備、信楽焼の器の補充、
伊勢神宮のお礼札。このあたりはいくらでも使えます」
「いくらでもは困るけど、まあ使い道はあるな」
「はい。ただし、焦って使うと無駄になります」
お花も続ける。
「旦那様、今は“全部を救う”段階ではありません。うまく回り始めたところに、少しずつ
油を差す段階です」
「油を差す、か」
「奈良は、郊外の炊き出しを少しずつ。津は、領民が安心できるように。草津は、
道を太く。伊賀は、無理をさせすぎない。伊勢神宮は、周りの店と共存する」
「なるほどな」
「そして、旦那様の思いつきには、必ず予備費をつける」
「それ俺が悪いみたいやん」
「悪いです」
「ひどい」
ヨイチは、また帳面を開いた。
「次に検討すべきは、お礼札です。十五文札をどれくらい発行するか。神宮内の提携店を
どこまで広げるか。肉あんの適正販売数を七百五十にするか八百にするか。
魚のすり身揚げを最初からつなぎ商品として組み込むか」
「めちゃくちゃ細かい」
「細かくしないと、伊勢神宮内で恨まれます」
「それは嫌やな」
「肉あんは当たりました。だからこそ、勝ちすぎない調整が必要です」
博之は、少し黙ってから頷いた。
「勝ちすぎない、か。うちだけ儲かったらあかんもんな」
「はい。うちは飯屋ですが、道を作る飯屋です。周りを潰す飯屋ではありません」
「ええこと言うな」
「旦那様が忘れがちなので」
「忘れてへん」
「時々忘れます」
お花が笑う。
「でも、今回の肉あんで、他の拠点にも良い影響が出ると思います。伊賀が黒字化するかも
しれないというのは、かなり大きいです」
「伊賀はほんま嬉しいな。あそこは苦しかったから」
「はい。苦しい道を支えてくれたところに、ようやく飯の種ができる」
「それなら、伊賀の寺社や地侍にも、ちょっと多めに返したいな」
「それは良い撒き方です」
ヨイチがすぐに書きつける。
「伊賀黒字化見込み。還元策検討。炊き出し、わらじ、道具、宿の補修、子どもへの読み書き」
「そこまで一気に書くな」
「忘れないためです」
博之はため息をついた。
「四千八百四十万文か……」
「はい」
「でも、これだけ動いてるなら、ただの金じゃないんやな」
「そうです。蔵に眠っている金ではありません。荷になり、飯になり、道になり、器になり、
人足の賃になっています」
「そう考えたら、まだマシか」
「はい。ただし、現金も多いので怖いです」
「やっぱり怖いやん」
「怖いです」
広間に笑いが起きた。
博之は茶を飲み、少しだけ落ち着いた。
「ほな、ぼちぼちやな。伊勢神宮は売れすぎ注意。奈良は炊き出しと信楽焼の会。
津は港と郊外を安定。草津は道。伊賀は黒字化したら還元。四日市は港と城下を見ながら」
「はい」
「あと、五千万文いきそうやからって、浮かれない」
お花がすぐに言った。
「旦那様が一番浮かれそうです」
「浮かれへん。怖いから」
「怖がっている間は大丈夫です」
ヨイチは帳面を閉じた。
「では、今期のまとめです。半月利益八百四十一万文。総額四千八百四十万文。
肉あんの神宮効果で全拠点の値付け見直し。魚のすり身揚げも神宮内で増加見込み。
買い付け隊は百四十万文規模、三倍計算の荷が増加。伊賀は黒字化の可能性あり」
「聞くだけで疲れる」
「次回は、もっと増えるかもしれません」
「言うな」
「言っておきます」
博之は布団に倒れ込んだ。
「もう、今日は数字見たから終わりでええやろ」
「はい。今日は終わりです」
「珍しく優しい」
「明日から、お礼札の設計をします」
「結局休めへんやん」
お花が笑いながら布をかけた。
「旦那様、また当ててしまいましたね」
「当てたくて当てたんちゃう」
「でも、当たりました」
「怖い」
その言葉に、ヨイチが静かに答えた。
「怖いなら、正しく撒きましょう」
博之は、布団の中から小さく言った。
「ぼちぼちな」
「はい。ぼちぼち、しかし確実に」
四千八百四十万文。
その数字は、もう飯屋一軒のものではなかった。
けれど、その金が飯と道と縁に変わる限り、伊勢松坂屋はまだ、
ただの金持ちにはならずに済むのだった。