軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

伊勢の港の横丁で伊勢神宮三軒目の肉あんやの最終確認。信楽焼で提供する。割れるのも想定済割れても責めるな。新店でうまい、なおかつ信楽焼で食べれるとわかり客が集まる

伊勢の港に着くと、博之はまず伊勢神宮ではなく、港側の伊勢松坂屋の者たちを集めた。

「今日は神宮の新しい肉あん屋の動きを見る前に、まず港の段取り確認や」

伊勢の女衆、焼き場の者、買い付け隊、魚のすり身揚げの店の者までが集まっている。

「港ではいつも通り、肉あん五つに海老あん一つ。これは今までの形やな」

「はい」

「で、神宮の中では、肉あん四つ、海老あん一つにする。五個入りで百五十文」

ここまでは、何人か頷いた。

だが博之が次に言うと、空気が変わった。

「それを全部、信楽焼の器に乗せて出す」

場が、ざわっと揺れた。

「……本当にやるんですか」

「え、言ってなかったっけ」

「聞いてはいました。聞いてはいましたけど、本当にやるかどうかは、直接旦那様の口から聞かないと

信じられませんでした」

「そんなにか」

「そんなにです」

女衆の一人が、顔を引きつらせながら言った。

「信楽焼ですよ。伊勢神宮ですよ。そこに肉あん乗せて出すんですよ。普通、緊張します」

「まあ、割れることも想定済みや」

「想定済みで済む話ですか」

「済む話にする」

博之は、やけに真面目な顔で言った。

「器が割れた時に、こっちが大声出したり、客を責めたりしたらあかん。お客さんがびっくりする。

申し訳なくなって、飯どころやなくなる」

「それはそうですね」

「だから、割れたらこう言う。“この器は、今日ここで役目を終えたんです”と」

女衆たちは、少し黙った。

「で、続けて言う。“もしお気持ちがあるなら、神宮さんに多めにお賽銭を入れるか、周りのお店で

何か買ってあげてください”と」

お花が、少し目を細めた。

「旦那様、それは良いです」

「やろ」

「はい。器を割った人を責めず、神宮や周りの店に気持ちを流す。とても良いです」

博之は、得意げに胸を張った。

「めっちゃいいこと言ったやろ、俺」

「その最後の一言が余計です」

場に笑いが起きた。

緊張していた女衆たちも、少し肩の力が抜けた。

「とにかく、今日は客をびびらせんこと。信楽焼は高い。でも、高いからといって、

飾って眺めるだけでは器がかわいそうや。飯を乗せて、人に使われてこそ器や。そう言うてええ」

「はい」

「あと、海老あんは当たりや。当たり言うと賭け事っぽいから、福を呼ぶ赤いあん、くらいでいこうか」

「福を呼ぶ赤いあん」

「肉あん四つに、海老あん一つ。誰が赤を食べるかで話になる。それが大事や」

そうして一行は、伊勢神宮の新しい店へ向かった。

店はまだ真新しい。

焼き台の前では、女衆が手際よく小さなあんを並べていく。じゅう、と油が鳴り、肉の匂い、

味噌の香り、海老の甘い香ばしさが混じって立ち上がる。

通りかかった参拝客が、足を止めた。

「なんや、ええ匂いやな」

「新しい店か」

「肉あんやて」

女衆が、明るい声を上げる。

「お伊勢さんのご縁に、赤い福をひとつ。肉あん四つに、海老あんひとつ。五つ合わせて百五十文で

ございます」

「赤い福?」

「海老のあんでございます。焼くと赤くなりまして、縁起がよろしいんです」

客の一人が笑った。

「ほな、一つもらおうか」

「ありがとうございます」

焼き上がった五つのあんが、信楽焼の小皿に並べられた。

客は、それを見た瞬間、目を丸くした。

「……これ、器、信楽焼ちゃうんか」

「はい。信楽焼でございます」

「こんな雑に使ってええんかい」

女衆は、にこりと笑った。

「うちの旦那様が、焼き物は使ってあげないとかわいそうやと申しております」

「太っ腹な旦那やな」

「太っ腹というか、少し変わっております」

横で聞いていた別の客が吹き出した。

「それ、店の人が言うてええんか」

「皆さま、だいたいそうおっしゃいますので」

客は椅子に腰を下ろし、小皿を両手で持った。

「ほんまに信楽焼か。ええ手触りやな」

「器も見て、あんも食べてくださいませ」

「贅沢やなあ」

まず肉あんを一つ食べる。

薄い皮の中から、味噌と肉のうまみが広がる。野菜の刻みも入り、重すぎない。

小さいので小さいので一口で食べられるが、熱くて思わず息を吐く。

「あつっ……けどうまい」

「こちら、お茶もございます」

「これはええな。小腹にちょうどええ」

隣の客が、赤い海老あんを見て言った。

「その赤いやつ、いつ食うんや」

「最後やろ」

「いや、最初に福を入れた方がええんちゃうか」

「いやいや、最後に残すからありがたいんや」

別の組でも、同じような会話が始まっていた。

「赤いの誰が食べる?」

「お前、縁談控えてるやろ。食え」

「いや、こういうのは年寄りに譲るもんや」

「わしは肉の方がええ」

笑い声が広がる。

女衆は焼き台の前で、次々にあんを返しながら声をかけた。

「赤い福は一皿にひとつ。譲ってもよし、願って食べてもよしでございます」

その言葉に、また人が足を止める。

「なんや、面白そうやな」

「信楽焼で出るらしいぞ」

「器を見るだけでも値打ちあるんちゃうか」

列が少しずつ伸び始めた。

博之は、店の裏手からその様子を見ていた。

「……なんか、思ったより人来てへん?」

お花が横で言う。

「来ていますね」

「まだ昼前やぞ」

「はい」

「六百、足りるかな」

「その心配をする段階に入りましたね」

ヨイチは、すでに帳面を開いていた。

「一刻あたりの売れ行きを記録します。器の回転も見ます。割れた数も記録します」

「怖いこと言うな」

「必要です」

その時、店先で小さく音がした。

客の手から、信楽焼の小皿が滑り落ち、端が欠けた。

客の顔が青ざめる。

「す、すまん。これ、高いんやろ」

女衆は、すぐにしゃがんで破片を集め、柔らかく笑った。

「大丈夫でございます。この器は、今日ここで役目を終えたのでしょう」

「いや、でも」

「もしお気持ちがございましたら、神宮さんへ少し多めにお賽銭を入れていただくか、

周りのお店で何か召し上がってくださいませ」

客は、ぽかんとした。

そして、深く頭を下げた。

「分かった。そうするわ。すまんな」

「いえ。お怪我がなくて何よりです」

そのやり取りを見ていた周囲の客が、感心したように頷く。

「ええ店やな」

「器も大事にしとるし、客も責めへん」

「飯もうまい」

博之は裏で小さく拳を握った。

「今の、よかったな」

お花が笑う。

「旦那様の言葉が、ちゃんと現場で生きましたね」

「最後の余計な一言は抜いてくれたな」

「それが一番よかったです」

「ひどい」

やがて、昼に近づくにつれて、肉あんの匂いと信楽焼の噂は通りに広がっていった。

「信楽焼で肉あんが出る」

「赤い海老あんが一つ入ってる」

「誰が赤を食べるかで盛り上がる」

「器を割っても怒られへんらしい」

その噂に引かれて、さらに人が来る。

五個入り百五十文。

安くはない。

だが、伊勢神宮で、信楽焼で、赤い福が一つ入った肉あんを食べる。

その物語を前にすると、客は不思議と財布を開いた。

博之は、裏でだんだん青ざめていった。

「……ほんまに六百いくんちゃうか」

ヨイチが淡々と言う。

「いくかもしれません」

「まかないに回す分、ないやん」

「嬉しい誤算です」

「怖い誤算や」

お花は、店先の女衆たちを見ながら言った。

「でも、これは当たりですね」

博之は、嬉しいような怖いような顔で、信楽焼の器に並ぶ小さな肉あんを見つめた。

器は器として使われ、飯は人の腹を満たし、赤い海老あんは笑いを生んでいる。

伊勢神宮の新しい店は、初日から確かに人の足を止めていた。